日本の企業は働く人を「終身雇用」する力も、社会的責任感も道義性も失ってきた。ことに巨大企業においてそれは劇的だ。
人々は強いられて転職を余儀なくされる。あるいは失職していく。
これからの日本では自分の人生を穏やかにまっとうすることは難しくなる。・・このまま企業の論理を社会の論理として受け入れ続けるのならば・・・。
そのこと
もあって人々は人生を単純に構想しなくなった。強いられたキャリアアップから、自分の人生の主人公として我が道の主体的な開拓者、選択者となろうともしている。
「終身雇用」は「保障」でもあったが、従属・忍従と自己犠牲でもあった。そこからの解放でもある。
社会の変化はただ単に暗いみじめな方に進むのではない。そういう姿をとりつつ「自由」の拡張へと進んでいく。ただその自由には危うさと痛みを伴っている。
この方もある転機をとらえて積極的に「コーヒーの焙煎」を仕事にしようと決意された。

私にはコーヒーについて蘊蓄が書けるような知識は何もない。
ただこの方がおいしいコーヒーを提供できることにワクワクする楽しさを感じておられることは分かる。

手作り市に出店するのは最近だそうで、この梅小路では、珈琲を立てて販売することはできないので焙煎した豆を販売しておられる。
二種類のホットコーヒーとアイスコーヒーを試飲用に提供されている。

私はShin-luさんが誤解されているような「コーヒー党」ではないが、毎日飲んではいる。
「違いが分かる」と言えるほどの舌も持ち合わせていないが、ある種さわやかなコーヒーだ。

コーヒーの美味しさはその「酸味」の如何にあるのだそうだ。
この方はSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会・・・がどのようなものかよくは存じ上げないが)の会員だそうで「コーヒーマイスター」を名乗っておられる。

少し前までは個人経営規模の店には輸入のコーヒー豆が買えなかったのだそうで、そうしたものは大手が独占していたようだ。
それを少量販売するような業者も出るようになって、個人で焙煎してそれぞれの特徴を生かして豆を提供できるようになったのだそうだ。
そう言えば町のあちこちそうした焙煎して小売りする店が増えたように思う。
先日の猪田さんにしても「喫茶お多福」のマスターにしても、コーヒーを立てるときの集中した姿勢はどなたも美しい。
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テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真
- 2012/10/22(月) 00:11:39|
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