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素敵な人たちと

素敵な人たちと一緒に素敵な写真を撮ります。 なお写真のコピーはご遠慮ください。

素敵な人たちと  by 蒼樹   篠笛とギターと   Ⅱ

先日(3/8)、鴨川で久しぶりにお会いした若いジャズトランペッターさんへ
 もしこの文章を読んだら私にE・メールをください。素敵なお知らせがあります。


・・・・・・・・・・

 Tik Tokを覗いているととても興味深い動画がありました。海外のものです。
 ストリートフォトを撮っているんですが、街行く素敵な女性に声をかけて撮らせてもらったり、男女問わずにお願いしたり、仕事をしている人を対象としたり、ファッションに注視して撮影したりと、撮影者によって様々ですが。
 それを動画撮影用のカメラも駆使して伝えているのです。(おそらく)成功例ばかりが出てくるのではありますが、被写体となっている人たちの容姿や姿やファッションが素敵なばかりではなくて対応仕方が素敵なこと!
 またお願いの仕方が快活で率直なこと。

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 電車内で向かいの席の乗客の似顔絵を描くものもありますが、絵の技術が素晴らしいばかりではなくて描き手が対象に対してリスペクトしていることがよくわかる絵です。そういう絵だからこそ、できた絵を件の乗客に渡したときのその乗客の笑顔と感謝の様子がとても素晴らしいのだと思います。
 
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 うらやましいと思います。ではこの京都で同じことができるかというと、私にはとても自信がありません。
 若い世代ならできるかもしれません。
 その国の人々の水準でやるしかないですね。

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 「悲~しくて 悲しくて とてもやり~切れない ♬ 」
 「こんな歌ならご存じじゃないですか。一緒に歌いませんか?」と歌ってくれました。
 ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」ですね。私が高校生の頃から聞かれた京都発の曲ですね。
 だから選んでくれたんでしょう。 当時の京都はフォークの一大拠点でしたよね。 
 ラジオからあまり度々流れるし大学生になると周りの友人たちが歌うしでよく歌いはしましたが、関心は別の方面に向いていましたから詳しくはなかったですね。
 

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 「別の方を向いていたので・・・。」
 「どっちを見ていたんですか?」
 「左の方ですね。」
 「(写真をやるような)芸術系の人には左翼の人が多いですもんね。」

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 立て看板は毎日のように書きましたがそれが芸術と呼べるかというと ・・・・。
 そういえば6枚張り8枚張りの大きな立て看に素晴らしい絵を描くサークルがありましたね。

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 ここを離れて自転車をこいでいると自転車で移動中の写真家の甲斐 扶佐義氏と行違いました。
 なるほど写真をやるような人は高校大学生のころから左翼ですね。

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総務省のある行政文書が捏造されていると高市氏が強弁している件。
◆その捏造されているとされる行政文書が、高市氏自身が総務相であったときに作成されていたことが世論の批判を浴びている。そのことから高市氏は、そういう捏造が自らの監督下で行われたことについて反省の弁を述べることになっている。その反省は実にもっともなことで、これ自体についてとやかく言うことはない。ただ河野太郎にもこれに学んでほしというだけだ。が、しかし、それはそれとして、待てよ!と言いたい。

◆高市氏が言うところを信じたとすれば、の話。
そうであれば、立憲民主党の小西参院議員が追究した時に、高市氏は自身の言動が捏造されていることに即座に気づいたに違いない。だったら直ちに総務相に巣食う捏造官僚に対して指弾し、捏造の経緯や背景、それを可能にした総務省の弛緩し腐敗した体制について顔を真っ赤にして怒り、かつての当事者として反省し、事態の解明にあらゆる努力を尽くすというはずであった。現総務相に対しても、同じ政府要員として他省のことではあるが、ことは重大だから急いで文書を捏造して総理や担当大臣を陥れようとする、いわばクーデター勢力を暴き出して放逐すべきだというべきであった。しかし、それは「はず」ではあったが、彼女はそうは言わなかった。

◆私は高市氏が、そうしなかった時点で、彼女は真実を述べていないと判断した。
実際の彼女は、「私は(事前に安倍総理と電話でやり取りするなど)そんなことをしていない」と人々を信じさせることに全力を傾けていた。
そうなれば彼女の説明を聞く側の多数は「ええ?!まさか役人が文書を捏造するなんて。そんなことある?!」と、信じられないなあという話になるだろう。そこで高市氏は自分が総務省とはぎくしゃくしていたという状況証拠を持ち出して、「捏造はありうる」と言ってのけたわけだ。彼女の話では、役人は行政文書を捏造することがあるんだということになった。
(なるほど多くの国民は安倍総理のために行政文書の捏造や削除や廃棄が都合よく行われたということを忘れてはいない。だから国民の常識として既に役人たちは捏造をするだろうとは考えている。が、それは安倍や高市氏のためであって、逆に彼らを陥れるためにやるなどと言いう話をにわかには信じられないのだ。忖度官僚・官庁となっている霞が関で「そんな安倍一党に逆らうようなことを誰がすすんでする?いったい役人としてどんな利益があるというのだろう。誰が庇ってくれる?」と。)

◆いささか回りくどいいい方になっていて恐縮ですが。
つまりこういうことなのです。
仮に総務省の役人が総理大臣と自身の所属する省の長たる高市氏についてありもしない事実を捏造している、しかもそれがチェックされずに公的に有権的な行政文書として保管されているとしたら、それは役人たちによって文書を武器にしたクーデターといってもよいことが進行していたということに他ならない。ことは高市氏個人の名誉だとか進退だとかをはるかに超えた大ごとである。で、あれば、高市氏は自分が電話で安倍氏とやり取りをしていないんだし、テレビ局に対する政治圧力を強めるような法解釈拡大の意図もなかったんだし、そんなことについて弁明しているような悠長なことではなくて、霞が関中心部で・・・決して一人や二人ではできることではないから、相当な勢力が・・・自公政権を揺るがす「政変」を仕掛けていたということに狼狽・驚愕し、そこに発言の中心が向くはずである。少なくとも自身が担当大臣としてこうした大不祥事を発見もできず、監督もできていないことを猛省するはずだった。
この捏造を見逃すということが反省すべきことだということについてはごく最近彼女自身がそのように発言している通りだから私だけの考えではない。
加えて、現担当大臣に対して、捏造の事実、背後関係、それを許している総務相の体制について全面的かつ抜本的に究明せよと迫るはずだ。内閣あげての問題として取り上げよと岸田総理に迫るはずだ。国民としても、・・・捏造が事実であるとするならば・・・そうしてくれなければ困る。
それが最近になってようやく彼女が気づくことになったということは・・・・問題が軽いということではなく、また彼女が事の重要性を時間の経過とともに次第に理解したということではなくて、・・・そんな文書行政によるクーデターは、つまり文書の捏造などなかったということを彼女は十分わかっているから、「ことの重要性」などに思いが至らなかったということだと考えるのが筋だろう。
思い至らないのは当然なのだ。
 捏造がないということはほかの誰でもない、彼女自身が知っているのだから捏造があったとすればなどということを想定する心理、思考など働くはずもないし、実際、働かなかった。
 だから、もし捏造が事実だとすれば、あなたが担当大臣として責任を問われることになるんですよと指摘されて、ああ、そういうことになる、ではその捏造があったということを事実としてそれに応じた演技をしないといけないという段取りになったわけだ。そうなると今度は、自分の指揮下で捏造があったことについてとてもとても深く反省しているということで、捏造が事実であるらしく見せる必要が出てくる。捏造が存在している、だから私は反省しているということを示し、返す刀で「私が反省している」のは「捏造が存在している」証拠だともいいたいわけだ。
 捏造ではないということを「そっちが証明」せよといいつつ、私はこうして「反省」している事実によって「捏造が存在している」と証明しているという訳である。

 ◆しかし、モノにはタイミングというものがある。
当初は、自分がやったことをやっていないというように弁明することに熱中する必要があった。だから、そこに意識がとらわれてしまって、捏造が事実なら当然に起こるはずのかつての担当大臣としての反応を彼女は演技しなくてはいけないということに気づかなかったのだ。こういう心理は極めてありそうなことだ。
 
 こういうことをコロンボやポワロや右京は見逃がさないのである。
 後の祭りである。

 そして、事実に後追いして演技するとそれが演技であるが故に余計に大げさに真剣な振りをしなくてはならないことになる。自然な感情として反省するのとは違って、演技として反省するときには大げさに強い感情をもって「捏造されたことを反省している」とふるまわなければ、人々にくっきり印象されないのではないかという心理が働くのである。
 武士階級出身でなかった新撰組の近藤がことさらに武士の魂や精神を振りかざしたのと同じ心理だろう。自然のままで武士である者は、三味線に合わせて小唄など唄って武士らしくない振る舞いをして他人から武士であることを疑われたとしても、気にしないのである。事実、武士だから。

◆繰り返そう。
このような捏造がされたということは安倍氏や高市氏自身にクーデターと言っていいほどの罠が仕掛けられたということなのだから、高市氏の言動には強い怒りなり恐怖なりが表出しなくては自然ではない。
が、質問された当初、彼女は「捏造」という事実を人々に認めさせることで精いっぱいなのであった。当然である。捏造でなければ安倍氏と高市氏が放送行政に介入して、自由で民主的で事実に基づいた公正な番組作りを押しつぶそうとしていたということ、番組「偏向」を迫ったということが白日の下にさらされてしまうからだ。
 そのことがばれてはいけないということが彼女の意識のすべてだったから自余については意識に上らない。
 「捏造があってはならない」という意識ではなくて、「捏造があった」ということでなければならないという彼女の意識は、「捏造があった」ということでこそ満足する。だから、その先など考えもしないのだ。
語るに落ちている。
 もういくら弁明しても取り返しはつかないのだ。

 高市氏は自分自身で「私は黒を白と言いくるめようとしている」と告白してしまっている。

さて、これを俯瞰してみよう。彼女は政府の中枢メンバーの一人として行政文書は捏造されている、容易に捏造されるのだと国会で述べているのだが、そうなると事は重大だ。
いずれにしても、一方で大臣が「行政文書は捏造だ」といって、霞が関には捏造が横行しているとののしり、総務省は事実上「大臣が国会で公然と嘘をついている」と言って、現政権の安倍亜流の有力大臣が国会の場で公然と・・・安倍流をそのままに・・・嘘の垂れ流しをしていると言っている。そのいずれが正しいとしても、日本は近代国家、法治国家ともいえないような状態になっているということだ。
誰がこういう状態をもたらしたのか。自公政権は自らの姿を鏡に映して国民に説明すべきだ。

私にはこういうことが起こっているんだと見えて仕方がないのですが、皆さん、いかがお考えでしょうか。
  1. 2023/03/14(火) 00:00:01|
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Author:soujyu2
 人はいろいろな場所で様々な思いを抱いて頑張っています。そんな人々の素敵な表情を追いかけてみようと思います。
 「素敵な人たちと」の出会いが私をワクワクさせます。

People hold various thoughts and are doing their best at various places.
I think that I will pursue such people's great expression.
Encounter of "nice people"
excites me.


 大変恐縮ですが、無理をお願いして撮らせていただいている写真です。ご本人のためにも無断でのコピー、転載は固くお断りします。

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