ここで作業をしてる中で、どうも責任者らしい方がいて、まずその方に「仕事中ですが写真を撮らせていただけますか?」と「社」としての考えをお訪ねしました。
そうすると、どうぞどうぞという事でしたので「では、それぞれの方に同意していただけたら撮らせてもらいます。」ということに。
すると社長さん、私が作業をしましょうか、と。

無論、大変ありがたいお話だったんですけど、その直後にこの方が、いいですよと振り向いてくださったので・・・・。
さて、話が変わりまして、
最近、庭師がいい仕事をしていないなんて風聞があります。
何故、唐突にこういう話になるかと言いますと社長さんの方からそういう話が出たんです。というのも・・・・私の憶測から言うと・・・・この樹木医という仕事は大変有意義だとしても、従来の庭師からしたら二番手扱いがあるからではないかと。

「しかしね、それは職人の責任ばかりではないんですよ。」
というの職人に良い仕事をさせるような「発注者」がとても少なくなっているということ、お客さんの求めることが水準の問題があるという事です。なるほどと私も思います。
西陣の職人さんたちも同じことをおっしゃいます。画家たちもまた同じです。

文化のパトロン論というものについては根本的に論じられるべきですが、今まあ目先の事としていえば、日本の金持ちたちの質が大きく劣化しているということが問題です。
いわゆる明治維新では薩長の田舎武士が権力を握り、その後の日本をバーバリックなものにしてしまった。そのことが基底にあります。・・・・中略・・・・・中曽根、小泉などの民間活力導入の裏にある新自由主義という資本のバーバリズムに魂を売ってしまった富裕者たちの「文化力」の減衰です。

稼いだ金はため込むばかり=内部留保は激増する一方で、決して賃金や社会保障、社会福祉には金を使わない資本家たちの貧しくなった思想が背景にあります。
こんどあのNHKが渋沢栄一を取り上げるのは、その意味で大変、皮肉なことです。
今様々な分野のl職人たちが歯を食いしばって技術や思いを継承しています。
それに現代の富者たちが応えることができないならば、資本主義的な致富は国民の生活・文化の存続発展とは相いれないということを自ら告白していることになるでしょう。
- 2021/03/06(土) 00:00:03|
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