設定やポーズなどはいくらかは私の方から提案します。そしてそこにこの人の参加を待ちます。
写真は撮る側一人では完結しませんしね。

設定やポーズなどについて説明するときには言葉を選ばなくてはなりません。
言葉や要求する仕草については男女の差や年齢の違いで感じ方受け取り方が違いますから、その辺はお互いが不愉快になるようなことは避けなくてはなりません。
こうして公表をさせてもらうのですからなおさらです。
日本で「ポートレート」というと、いわゆる肖像写真ではなくて、ちょっと悪口的な揶揄したような表現を借りると「お姉ちゃん写真」「二コパチ写真」のことになります。
私は、そういう言い方をされても仕方ないなあという現実があることを知っていますし、そう言われてしまう様な写真群についてはどちらかと言えば肯定的に評価していません。けれどその一方でそうした写真をくさすがために「ある設定で男をとっても女をとっても同じ意味を持つのが肖像写真(=ポートレート)でなくてはならない」という意見にも加担できません。それは一方の極端だと思います。

で、問題は私が撮っている写真がどうかという事ですね。
どうなんでしょう。 実際のところどう評価すべきか分かりません。

「撮られている側として、どう思いますか?」
「さあ、どうかしら。」

私が撮ってきた若い女性たちの写真について、言葉に出して「いいね」と言ってくれるのはどちらかと言えば女性が多いです。
こうして撮らせてもらった人たちに集まってもらって何か食べながら、展示した写真やスライドショウを見ながら、こういうことについてどう考えているかおしゃべり会をしてもらったら面白い話になるかもしれません。
今度、個展の時に企画してみたいですね。・・・・以前にもそんなことを書きました。
- 2019/05/08(水) 00:00:29|
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