金彩とか刺繍は染め物の最終工程になります。
ここで損じればこれまでの幾人もの職人さんの努力が水の泡です。
逆に言えばこれまでの行程の良い点も悪い点もすべてここに結果してきていますから、それらをどう塩梅よくするかということも含めて、最終総括になります。

私が見せていただいているときに、裏から針を刺すのは二度三度、針をさして出てきた場所が良ければ針をつまんで糸を通します。
裏から針を刺すのですから、必ず最適の場所に張りが出るとは限らないのだし、いくら暦年の職人さんだからと言って一発で決まるということはないのだろうなあと思います。
ところがです。この方は表から刺す時にも、いえむしろ表からの方がやり直しが多いのです。

集中して目を凝らすと、針を刺す点は間違っていないように見えます。なのに幾度もやり直すのです。
高齢になって目が悪くなって、さすがに一発で決められないのだろう・・・・とは思いませんでした。針を刺す点に本当にこだわっていて、安易に自分に妥協できない・・と、そんな感じを受けました。

そのことをお訊ねすると、経糸横糸を見定めて、ここしかないと言うところに刺しているのだと言う事なのです。
「まあ、ええ加減にしても分からない人にはその違いは判らないから、適当でいいじゃないかという人もいますが、私はこうしたいんです。手間が余計にかかってお金にはなりませんが。」

糸の山の背に針をさせばその針に通った糸を引く方角に生地の糸がよじれます。そうすると糸の輝きが他と違ってくる。何しろ生糸ですから。
針に付けた糸が生地の上でよじれればこれまた光の照り返しに微妙な乱れが出ます。それも修正しながら、時にやり直して修正します。

ご自身を「発達障害かも知れんなあ。」とおっしゃいます。
この微細な不具合を許せないでとことんやり直してしまうのだそうです。
「それが職人さんの矜持なんでしょうね。」と私。
世渡り上手でない職人さんです。

今作業している生地はカード入れになるのだそうですが、ずいぶん価値のあるカード入れです。
でもだからと言って他のものと値段は変わらないんだそうです。つまり職人の手間賃は同じだと。
これが職人の世界の一面なんですね。
いい仕事がしたい。
ぽつりと漏らされた言葉です。
- 2019/01/10(木) 00:00:39|
- 伝統工芸
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