10月24日の事です。
京都市の東山にある知恩院。その塔頭の一つである信重院。華頂学園がすぐそばにあります。
この週、画家の長谷川透氏の屏風が完成し個展を開かれていましたが、その一環として楠田さんの二胡の演奏がありました。

背景の屏風は陣中屏風。狩野永徳の作と言われる(と言っても彼がひとりで描いたのではなくて、仏師たちと同様に工房の人たちがよてったかって描いているののですが。)唐獅子図の模写です。この原画は、織田信長による中国(毛利)攻めの中で羽柴秀吉勢が毛利との講和交渉に臨むにあたって急きょ設えられたもののようです。

長谷川さんはこの屏風絵を模写するにあたってこの屏風の歴史的な意味合いや作画上の技法について眼力紙背に徹する研究を尽くしてこられました。
それでこの絵を描いた人たちの技能上の到達や違いを明らかにしつつ、陣中屏風の持つ意味をつかみ取られました。
その解釈は卓見というべきもので、多くの識者によって追研究され広められて良いものと思いました。
長谷川氏は初めこれが陣中屏風であることからこれを見る人を威嚇し権威・権力を示すものだと理解して制作に入ったのだそうです。
しかし、いよいよ目を入れる段になってどうにも落ち着きが悪い、それは自らの体調に異変を生じるほどの違和感となり大きなストレを氏に感じさせたようです。
それを説いたのが古典芸能に携わる方だったそうで「獅子は仏を意味するのではないかな。」と。
そしてこの陣中屏風にはさらに左に屏風がありその二つが一対となっていたという伝えがあるのだそうです。そしてそちらには小獅子が描かれていたと。
つまり、この獅子はこの屏風の前に坐する毛利方の使者(安国寺恵瓊)を威嚇・恫喝するのではなくて、慈愛の目で見、親と子の繋がるを描いて、毛利の軍事的壊滅ではなくて、犠牲者の無い講和、和睦を実現しようというメッセージであり、また今後は近親のつながりをもって同盟しようという示唆ではなかったかというのです。
安国寺恵瓊のごとき教養人であればその隠されたメッセージを読み取り、警戒心・不信感をもって交渉するのではなく、復讐心の残らない名誉ある講和に努力で来たのではないかという事です。
政治家、外交官に豊かな文化協があればこそ言外に意志を伝え読み解くことができるのですね。
今日の我が政府の外交はどうでしょうか。

一般にこうした作品はガラスケースの向こうにあったり、人が近づきすぎないように結界があったりしますが、ご住職と長谷川氏のご厚意で顔を間近にして見ることも写真の撮影も許されていました。
何人もの方が作者・長谷川氏と並んで写真を撮ったり、動画をFBに流したりしています。(ただ、無論のことですが、楠田さんの演奏については動画撮影は禁じられています。)

会場の空間があまり広くないこと、お客さん50人ほどはぎっしりと詰めて着席していることもあり、マイクを通さないでの演奏です。
それは結果的に今日の撮影に対するご協力でもあります。

このような姿勢で楽器の位置が低いと、遠くの方に聞きにくいのではないかと、後半は立って演奏され、またぐるっと向こうに回ってお客さんのすぐ横で演奏されました。
こういう気づかいが楠田さんの魅力の一つでもあります。

立っての演奏の準備のためのしばしの休憩時間や、演奏終了後にかわされる会話のにぎやかさから推して、お客さんの反応はすこぶる上々でした。
- 2018/11/04(日) 00:00:10|
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