KG+(京都グラフィーの際の周辺会場・・・というとちょっと意味が違うかな)のほとんどを見たんだそうです。
その話になると、ぱ~っと顔を紅潮させて話してくれました。

私のメイン機はソニーα900なんですが、目下入院中です。完治はしないんだそうです。
シャッターユニとは交換できるんですが別の不具合のある部品はもはや在庫がないんだそうです。製造発売が2008年なんですがたった10年でハードのサポートができないなんて生産者としてどうなんでしょうね。安い買い物ではないのに。
もしそういう部品が売り切れて、その後に修理の希望があれば部品を手作りするくらいがクラフツマンシップだと思うのですがいかがでしょう。
カメラも単なる大工業製品なんですね。そしてどんどん買い替えさせる。消費者も買う時から数年後の売却を考えて、箱も説明書も残しておくという考えが一般的になり、それが賢い消費者の選択だということになっていますね。
ただこんな私のような考えでモノを言っているとカメラが皆ライカ並みの価格になって私など庶民には到底手が出せなくなるでしょう。企業経営も維持できないということになるかもしれません。困ったものです。

消費者自らが、「電子機器は最新のものがいいもの」だという価値観を・・・・企業サイドと一緒になって・・・・お互いに刷り込み合っています。
まあ妥当する面がないことはないのですが、そういうことでカメラというものが本当の熟成の道をたどるかどうか、消費者が写真撮影に熟達して、こういう技芸を楽しめるようになるのかどうか、私はすこぶる疑問に思うものです。ユーチュ-バーの責任も大きいなあと思います。
あの「夢の実現」だったはずの数年前のカメラがもはや時代遅れの色あせたものにされていくのはどうにも解せない話です。そして、あの話題騒然だったはずの、しかし今や霞んでしまったカメラで撮られたあおの「素晴らしい写真たち」は一体何だったのでしょう。 あれじゃダメなんですか?!

「完治」しないので、もしよければ多少の金額で引き取るがどうかという問い合わせがありました。
他のカメラの修理に使える部品をとるために買い取っておくんでしょうかね。意図はよく分かりません。随分使い込んでくれたのでこのままおしゃかでは忍びないからせめていくらかでも値を付けて下取りをしてあげようと、そういう企業の親切心なんでしょうか。修理にお金がかかるところをほんの僅かな金額であっても下取りしてもらって、まだ使用可能な中古品を購入する道もありましたが、私は機能不全のまま愛用のカメラを息絶えるまで使う道を選びました。
あのファインダーに代わるファインダーがないのですから仕方がありません。

今、EVFのカメラを使っていてつくづく思います。(α7RⅢのファインダーならもっと良く見えるという方もおられるのかもしれませんが、販売店でカメラに触ってファインダーを覗いてみても私の心は動きませんしね。) やはりOVFがいい、と。
もっともカメラはファインダーだけが決め手じゃないですから、変に固執していてもいけませんが、あくまで趣味、好みの問題ですからこれで、私はこれでいいんです。

うまく使い分けていこうと思っています。
現に同じ2400万画素でもα99の方がゆとりがあるというように感じます。錯覚かも知れませんが。
でもα99の開発段階ではスイッチを入れて立ち上がるまでのタイムラグが大きすぎて、そこからおもむろに設定ですから、それだけでも撮り損ねる~っ!!といらだちます。
その点フジの思想の方が理にかなっているように思います。

などなどとつぶやきながら、まずは撮ることが一番です。
これがだめなら、もはや時代遅れの5Dがありますし、それならツァイスレンズをMFで使う楽しみがあります。ですので、それはまたそれでよいとしましょう。
不便なことも、案外悪くはありません。
- 2018/06/30(土) 00:00:35|
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