10月になりますと中旬頃に沖縄に撮影に行くことになりそうです。
その撮影はまた、私にとってある転機になるのではないかと期待しているのです。
私も写真を撮るものとして少しずつではあっても成長しなくてはいけませんから、そういう機会は大切にしたいと思っています。
そして、そういう機会と並んで、こうして物事に本気で取り組んでいる人たちに出会い、お話を伺い、その取り組みの様子を撮らせていただくのは私にとってかけがえのない栄養です。

この練習場には壁に時計がかかり背後には椅子が重ねられています。
ハンガーもかかっています。
黒い服に身を包んでステージに立つ演奏家たちの別の姿ですが、私はとても好きです。

ステージの上で彼らは私にとって特別な人です。よく冗談で天上の人だと言います。
ですが、その外では普通の人・・・・・・いえ、実はその外でも彼らは特別の人なんです。そうではなくては決して特別な世界を作ったりはできません。私はそう思っています。 例えば一日に8時間も10時間も練習するという事はなまじの気持ちではできない事だと思うのですし、それを日常にしっかり実現している人が特別になるのですから。
私はそうした普通と特別が混然とした現実的な存在としてのアーティストを「見たい」と思うのです。
そのことはジャンルを問わずに関心があります。

この会場は私の高校の後輩が主宰されています。
若い音楽家たちの良い練習場であり発表の場であり、さらに学びの場です。
その貴重な場が11月には閉鎖になるという事で、彼らはとても残念がっています。
おそらくただ残念というでけでない実際上の「負」も感じていると思います。


私は別の場所で異なった人たちのリハーサルを撮りましたが、それはただ事前の打ち合わせ、調整としか感じられない緊張度の低いものでした。
音を追求するではなく、楽想を共有するというのでもなく。
おそらくベテランの音楽家同士ではそれで済むのかもしれません。私は自身が演奏をしませんのでよく分かりませんが。かつて撮影した、まるで寝食を共にするほどの長い時間一緒に組んでいる演奏家同士のリハでも、「うん、まあこんな風でいいよね。」という感じでは全くありませんでした。

このお二人の間にも「磨きこんでいく」という感じがとてもして私には快い時間でした。
- 2017/09/21(木) 00:00:17|
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