ポツリポツリと降っていた雨もようやく上がり「西の空に少し晴れ間が見えますねぇ。」
なんて言いながら・・・・・。
自撮りをするところを撮ってもらって、それをまた誰かが撮って・・・・・・・うん? これっていつか聞いたセリフだなあなんて・・・。
私は一方で平均年齢が還暦を大きく上回ったお仲間たちとの会に度々出入りして、その人たちの会話に参加させていただいているのですが、他方で20代の若い人たちともこうしてお付き合い願えるのは脳の活性化には大変ありがたいことで・・・・。
それに、世代によって、「今」の姿がいくらかずつ違いますから、いい勉強にもなるわけです。

小雨がぱらついていて、私はその雨に濡れているんですが、西の空からは日が射し始めて・・・・もう長くは降らないでしょう。
私は時々ネット上でも、いろいろな方たちのいわゆるポートレート写真を見せていただいていますが、この人たちのような表情をする人を撮ることができていることを幸せに思います。
こういう何の変哲もないポーズの写真を撮っても、とても気持ちがいいのは、フォトマヌカンのお二人のお蔭です。






8月15日は日本の戦後の「壮大な嘘」の出発点です。
この日を「終戦記念日」にすることが現在の安倍政権に繋がっています。ボタンの意図的なかけ間違いです。
日本の政治は日本国憲法体制と日米安全保障体制の巨大な対抗的なねじれの中にあります。(長谷川正安氏による)
そしてその底流にアジア太平洋戦争についての壮大な嘘(自衛のための聖戦論・天皇無責任論がその代表的な例)がどす黒く流れています。今や書店の平積みの棚はそうした黒い「論」でほとんど埋め尽くされていますが
それで戦争の中で核兵器を投下されて大量虐殺をされた経験を持つ国の宰相が核兵器廃絶の国際会議にその国の責任ある代表を送ることさえしないという国民多数の希望に真っ向から背くことをする。
北朝鮮という東アジアの火種に油を注ぐトランプにすり寄り激励するという戦争をもてあそぶ暴挙をする。
戦前を美しい国と言ってはばからない倒錯した政治思想の宰相をこの日本国憲法下に誕生させる悲劇的な現実が生まれるのはこの「八月十五日」を「終戦記念日」としてきたことの一つの帰結なのだ。
稲田元防衛相などのケースに見られるように日本の政治的道徳性が常に危う理由の一つはここに胚胎している。
今日は八月十五日です。
- 2017/08/15(火) 00:00:46|
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