今日も対岸でこの音を聞きつけて遠回りをしてきました。
しばらく藪の向こうに隠れて聞いていました(盗聴ですなあ)。
そしてじわじわと姿を見せて、じっくり聞いて・・・・・。

上手いです。
橋の下ですから反響も大いに影響してはいるのですが、それにしてもです・・・・。
同じ部分を何度も繰り返して修正に修正を重ねています。
その削り出すような掘り起こすような練習が魅力的ですね。

「写真は一瞬を切り取る」なんて言われることが多くて、私にもそういう言葉がときに向けられるのですが、私はどちらかと言えば「彫りこむ」とか「描きこむ」とかに通じるような「対象を削り出す」感じの撮り方をしたいのです。
「人柄を写し撮る」なんてことはそうやすやすと一瞬にしてできるものではないと思うからです。
物理的事実としては一枚一枚の写真はなるほどある瞬間≒一瞬を切り取っているには違いないのですが、私たちの撮る行為そのものをセンスに任せた直感≒一瞬のひらめきにだけ任せること、すなわち一瞬を切撮ることという風に解釈してそれを丸ごと肯定してかかるのは、ちょっと違うのではないかなと・・・。
私は写真の落とし穴はそういう風に言われて、自分の実践に落とし込んで確かめてみもしないで言葉だけを流通させているところにもあると思っています。
少なくとも私の様に凡庸な人間には「見た、撮った」という瞬時のうちに事の本質(私の場合はその人の素敵さ)をつかみ取るなんてことは到底できません。
金色のサックスの色を出したい思いと、画面に集中力を持たせたい思いとが交錯します。

でも、カラーにするとこの場ののほほんとした平和そうな雰囲気が写りこんで、練習への真剣な集中の感じがでにくいような・・・・。
楽しそうにはなりますけれど・・・。

でも周囲は穏やかでのっびりしている感じなのにという風に対立を含む写真の方がきっと良いのだろうと思います。
それをどう形象するかが問題ですが、そこをつかめれば私も写真家の足もとくらいには近づけるのでしょうが。

まさかとは思うが・・・・・。
稲田氏を防衛相として庇護し続けたり、お友達とのゴルフや酒食に興じる首相の姿を見て「北朝鮮の挑発の危機が高まっている」は『政権保身のための煙幕』かと思いきや、首相らの認識や思惑とは別に、現実は危険ゾーンに一挙に入り込んでいるのかもしれない。
安倍内閣が秘密保護法であれ戦争法であれ、はたまた共謀罪であれ・・・・こんなに一挙に悪童法を通すのはさすがに難しかろうという保守層も含めて大方の予想に反して、国会の占有議席さえ多数を握っていれば公明も維新も思いのほかすり寄ってくるし、閣僚や国会議員がどれほど不始末を犯そうと「断固としてやれば、岩盤突破はできるんだ!」ということを示してしまったように、北朝鮮も同じ思い込みを持って事を進めているのかもしれないという危惧が起こる。
アメリカであれ韓国であれ、はたまた中国・ロシアであっても「俺やっちゃうもんね。」と・・・それを阻止する手立てを各国が打てないと本当に北朝鮮政府が思い込んでいるような気配がある。
どうも嫌な予感がする。杞憂であればよいが。
- 2017/08/02(水) 00:00:38|
- 音楽
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0