私は写真を撮るのが好きなのですが、そうかといってどこかの先生に教えていただくとか、何かの写真の同好の会に入れていただくとかいうことはしてきませんでした。
すでにある特定の「写真」のイメージに取り込まれることがイヤだったからですし、魅力的な団体も見当たらなかったからです。
少なくないグループ展を見せていただいて、むしろそういうものに対しては私にとってはあまり好ましくないイメージが付いて回りました。
写真コンクールにも出品しません。
そんな私が昨年暮れにある写真の同好の会に入れていただきました。
それが「京都ファインダー倶楽部」です。
この会は、すでに今回を含めて20回を数える写真展をしてきています。ですから、京都の写真の世界をよくご存じの方は、この会についても知っておられて、この会に対しては毀誉褒貶様々なようです。 そういうことは加入後に知りました。
私はこの方の推薦で入れていただきました。 現代画作家です。
関西の芸術系大学の教授でご自身が作家だという事は知っていましたし、個展で作品も見せていただいたことがあります。
そして、たまたまその個展会場で写真を撮らせていただきました。 私よりずっと先輩なのですがとてもおしゃれでダンディーだったのです。
その方が、私の個展に来られて・・・・実はこういう経歴と実績の方が私の写真展に来られるという事は普通はないのですが、そこにはある事情がありまして・・・・一回りしてお話をする機会に「ど~や、ファインダー倶楽部に入らへんか。わしが推薦するから…。」と言っていただいたのです。
この会に入るためには会員二人の推薦が必要なのです。

誤解があってはいけませんので、早めに書いておきますが、この方が私の写真に見るべきものがあって私の作品展にいってみようと思われて来てくれたわけではないのです。
じつは、この方は私が以前、足しげく通っていた洋食屋さん・・・・このお店の料理はおいしのです。・・・・のご常連だったのです。そんなわけで時折席を並べて食事をする機会があり・・・・カウンター席に腰を据えることがお互い多かったのです・・・・時に芸術論や学生の育成などについてお話を交わしていたという関係なのです。
そしてその店のマスター夫婦が先に私の個展に来られて「先生の写真が展示されてる。」とご注進に及んだというわけです。
それに加えて、会のメンバーも高齢化が進んでいますから、相対的に若手に属する私のようなモノでも入れようという心づもりもあったのでしょう。

会の創立のメンバーです。
会の気質を形作っている方だという事を、今度の写真展を通じて知ることになりました。
写真展らしくない写真展はこの方の性格や価値観によるところが大きいようです。
かなり強い個性をお持ちで、その言うところは時に爆弾のような破壊力を持ちます。人によっては心証を悪くすることは大いにあるかと思います。 私自身写真展の間にも「その発言は控えたほうがいいなあ。」と思うことがありました。
しかし、

強い信念の持ち方は決してかたくなではなくて、子供のような無邪気さを内包しているのです。
そして、他人の在り方に強い批判を持っていて激しい言葉を口にしたとしても、その一方でその人の挑戦的な試みについては「ええやないか、好きにやれば。それができんようではアカンで。」とおっしゃる方でもあるのです。

タバコがお好きなんですが、会場では喫えません。ですから「君、珈琲飲みに行かんか。」と人を誘うのです。
「いえ、今、受付の当番ですし・・・。」
「ええやないか、他にも居るし・・。」
「えっ?! しかし、そういうわけには・・・。」
すると周囲から「いいですよ、行ってきてください。」
事情がお分かりの方たちはコーヒーはタバコの口実に使われていることをよくご存じで、この方をいたわり大切にする気持ちからこういうのです。
そして私が席を外しているときに私のお客さんが来場されたとすると、この方の携帯電話に連絡が入るのです。
「君、お客さんが来とるらしいで・・・・。」

この方の作品展がグループ展の翌週に同じ建物でありました。
洋を学んで和を高めたというんでしょうか。 京都生まれで京都育ちの教養や趣向がにじみ出ています。
滲み、ぼかし、筆の勢い、そして何より「間」≒空白が生き生きと緊張感をもって呼吸しています。

私は抽象画が苦手ですが、この方のものにはとても関心があります。
- 2015/09/23(水) 00:01:27|
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