この仕事は織り手さんにどの色の経糸が表面に出るのかを指定する作業図を制作することです。
ですからこのきれいな絵(に見えるもの)は、表舞台には出ません。
建築の設計図が表に出ないのと同じです。

こうした技術を伝承する人はすでにとても少ないのですが、この技術を必要とする織り方をする人がもはやほとんどどこにも見当たらないのですから、仕方がありません。
今ではデジタルでコンピューターの読みとる情報としてやり取りされているのです。

しかし、伝統工芸士と言われる人は皆これが描けなければいけないのだそうです。

この方も今はデジタル情報としてコンピューター上でこの仕事をしておられるのだそうですが、この作業がきちんとできるかどうかで、仕事の内容の理解度がずいぶん違うのだそうです。
この仕事の前後の仕事もよく理解しないと、適切に作業していができないのだそうで、そういう意味で、単なる色塗り作業ではないということです。

つまり織りそのものを理解していなければ、いい作業指示ができないということですね。

金彩(ほとんど最終工程になります)の方が、それまでの工程の不十分さや、やり損ねをカバーしながら作業をするのだとおっしゃっていましたが、西陣や友禅の職人さんたちは単に細分化された分業の一部を消極的に担ってきたわけではないのですね。

下絵の良さを一層引き出し、次の人の技量や特質も考慮しながら仕事がしやすいように仕事をしていくのです。
しかもそこに自分を密かに織り込んで。

それで京都の友禅や西陣の高い品質が保たれてきたわけです。
ですから京都の伝統産業の産物は、まさに地域の総合的な力の結晶ということですね。
- 2014/12/27(土) 00:05:18|
- 伝統工芸
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