美人やかわいらしい人がフォトマヌカンをしてくれるからといってよい写真になるとは限りません。
撮るほうが「きれい・可愛い」に夢中になってしまうと写真が独りよがりになります。
そして、私の欠点がそこにあります。
今日は持ちだしていませんが、プラナーの85ミリをつけていたりすれば、よほど気をつけていてもいつの間にか「きれい・可愛い」の池に沈んでいます。

つい先日「繭」という名の写真ギャラリー兼喫茶のお店で、風景写真などに混じった一枚のポートレート写真を見ました。(このお店では毎週のように写真のグループ展や個展をされていますが、時にとても良い作品を見ることができます。)
とても気持ちの良い写真で、「若い女性を撮った写真」の魅力を改めて感じました。
「命」だなあと思いました。
私の年齢故でしょうか。
この人と出会ったのも偶然でした。
写真を撮ることをお願いしたところ快く引きうけてくれましたが、その時にも、とても似合った帽子をかぶっていました。
帽子がお好きでいくつも持っているんだということです。
今日の帽子もとても良いと思います。

一度目から、何か特別なニュアンスのある写真を撮ることは、プロ同士ででもない限り難しいと思います。

それであちこちよい場所を探しながらお互いの好み・趣味をすり合わせていきます。
あそこがいいね、という時のこの人の呼応する感覚がとてもいいんです。
実はこの人「油彩」をしていたことがあって、今は「自宅では『油彩』はちょっと無理なので」ということで別の画材で絵を描いている人なのです。

ですから、フェルメールのように・・・なんて言ってもすぐに分かってくれるんです。

バンダナを見ればこの人の色彩感覚の良さが分かります。

すると、「いい人に出会った。」と思うので、
前から、こういうのも撮ってみたかったんですね。
- 2014/08/28(木) 00:01:38|
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