着ものでも帯でも、絵柄の下絵を描く人がいて始まる。

この方たちは古典的な作品からも新たな日本画の作品からも貪欲に学んで下絵を考案する。

だから美術館で絵を見て回っていると、「あの方は確かどこかでお見かけした・・・・。」などということがたまにある。

下絵作家の著作権などというものが未だ未成熟な世界だから、下絵は丸ごと買い取られていく。そしてその下絵の色の組み合わせをかえたりして同じ下絵から何本もの反物が織られて帯となり着ものとなっていく。
そういう仕組みが職人にとって有利なのか不利なのか・・・門外漢には分からないけれど・・・・

だから意匠のオリジナリティーなどということについては、アメリカ流知的財産権の思考方法とはいささか異なっていることだろう。

下絵が買い取られて、それに従って織られた着ものをどこかの誰かが着る。
着物雑誌などにその下絵をもとにした着物を着たモデルの写真が載っていたりすると「うれしいもんだよ。」と顔をほころばせる。

筆を同時に二本お持ちなのは何故か。水彩をする方はお分かりだと思います。

既に描き尽くされた感のある世界にいて、なお工夫に工夫を新たに加えていくための勉強。

職人と作家。 何度も逢着する問題です。

今日は「終戦記念日」
なぜ今日が「終戦の日」なのか。
日本軍の降伏は9月2日に東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ号の甲板上で降伏文書に調印することで法的な取り決めになった。この降伏には「ポツダム宣言の受諾」が上位にある。その受諾を国家元首で最高戦争指導者であった天皇が国の内外にラジオ放送を通じて、戦争の継続をあきらめたと告知した日が8月15日だから、その日を「終戦の日」だとするという理屈もあるにはあるだろう。
しかし、このまま戦争を続けていたら罪もない人々が連合国軍によってますます多く殺されるので、それはとても見るに忍びないから、ポツダム宣言を受諾したという内容の、「原」と「因」を転倒させたラジオ放送をして、あまつさえ「天皇のご聖断によって戦争が終わった」、だからありがたく思えという、そういう「作り話」を受け入れることは断固としてごめんこうむりたい。
( 無辜の国民を塗炭の苦しみに突き落とした張本人が、「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍」べなどということをしれっといえてしまうということ、そしてそれを無批判に受け入れることが戦後の日本社会の無哲学・無責任の精神の第一歩になっている、と私は考えている。 )
「侵略」戦争を指弾されて、ポツダム宣言の受諾を迫られた。そのポツダム宣言を受諾せず戦争を継続すれば連合国は徹底的に攻撃する、そうなれば日本の壊滅あるのみだと戦争指導者たちは脅された。天皇(制)の存続だって保証できないぞと。そこで天皇を初めとする政治指導者たちはポツダム宣言を受諾したのだ。そしてその宣言の求めに応じて、しぶしぶ「平和的で民主的な国家(憲法)」を造ったのである。
おそらくある人々は「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍」んで自由や民主主義、基本的人権、そしてなにより平和主義を受け入れたのだろう。 それがどうにも我慢できない、悔しくて仕方がないという人々がいる。たとえば安倍晋三という人や石原慎太郎などという人たちだ。
だから彼らは「武力による威嚇又は武力の行使」によって国際間の問題を解決してはならないのだということを初めから理解しない。戦争をするのは「政府」なのだからその「政府の行為によって再び戦争の惨禍の起こることのないようにすること」を憲法≒国民は決意した。だから、政府は「戦争を準備してはならない。「抑止力」などと言って「武力による威嚇」を国際間の問題解決の道具にすることは許されないのだという理屈が、初めから彼らには納得できない。
独立国なら「自衛権=独自の軍隊の保有」をもつことも、他国と軍事同盟を結んで力を誇示し、それをもって威嚇し、時にはそれを行使して国際関係を処理する=国益を追求する(集団的自衛権)のが世界の常識なのだと考えるわけである。
戦争終結の論理にごまかしがあった。欺瞞があった。
ある人々は帝国の版図を広げ植民地保有国家として大日本帝国を英米などに伍する、世界に冠たる大国にするという政略・戦略を持って進めてきた戦争において「敗けた」のだということがはっきりする日を選びたくなかった。天皇とその公僕の戦争責任も棚上げして戦争を終わりたかったのだ。
単に戦争の勝ち負けではない。彼らの論理が否定されることに耐えられないのだ。だからそれらを曖昧な「聖」の霧のかなたに置きたかった。そのためには戦争は8月15日に終わらねばならないのだった。
そしてその道具立てを失いたくもなかった。
その道具立てを残してくれた者に対しては足を向けて寝られない。彼らの心理はそこに根差す。
彼ら(安倍晋三とその一群の人々は)は、あの1945年の9月2日に(あるいはそれは8月15日でもいいが)、たとえ「戦闘」には負けても「戦争」には負けていないと考え、今着々とリベンジしつつあると考えている人々だ。
未だかつて一度も新たな憲法を受け入れたことがないような人々がその憲法のもとで政権を担当し続けてきた。
なるほど彼らにとってポツダム宣言受諾は屈辱以外の何物でもない。日本国憲法は「押し付けられたもの」以外の何物でもない。
彼らは戦後の社会に背を向けた「昭和の妖怪」たちなのだ。
8月15日。
この日を「終戦記念日」とすることには異議がある。
父の死に顔を思い起こせば、私はこのことを決して曖昧にはできない。
- 2014/08/15(金) 00:03:19|
- 伝統工芸
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今日ほど平和の意味を考えたことはありません。敗戦記念日を終戦と言い換えごまかしてきた付けが、今頃亡霊を呼び起こしてしまっている。本来安倍一族は国政に携わってはいけない人たちなのに。
- 2014/08/15(金) 19:21:22 |
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- だちょう #-
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職人が仕事に対するひた向きな姿がとてもいいですね。日本は技術立国、素晴らしい技を絶えることなく、後世に伝えていける国であれと、願わずにはいられません。
- 2014/08/15(金) 21:20:34 |
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- いけの鯉 #-
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国民が「ゴースト・バスター」にならないといけませんね。
そのためには自己合理化や目先の利益のために柳を幽霊と見間違え・・・ようとす・・る「目」や「心」を直さないといけないと思います。
大きなことはできなくともちょっと呟くことはできますね。
- 2014/08/16(土) 09:57:07 |
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- soujyu2 #-
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技術立国の優位性を兵器産業でも発揮しようという動きがあります。
テレビや液晶技術で競争に負け始めている焦りが、「貧すれば鈍する」見境のなない姿に陥っています。
「誰のための何のための技術なのかを考える国民でありたいと思います。
「原子力ムラ」に巣くう魑魅魍魎たちのような人類より己というような強欲なものになりたくないです。
- 2014/08/16(土) 10:02:07 |
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- soujyu2 #-
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毎年戦火で傷ついた記憶、失われた命については語られますが、殺し、奪った記憶は小声でしか語られません。
戦没者を慰霊することは意味がありますが、ただ哀れであったわけでも、哀しい記憶であるわけでもないと私は思っています。
武器を持たされ鬼畜の行為を強いられた罪責や悔恨、飢えの果てに犬死させられた同胞たちの悶え、嘆きをわがこととすることが大切だと思います。
何より欠けているいるのは侵略を受けた側の怒り、痛切、辛苦、恨みへの想像力です。連合軍兵士とその家族の被害への想像です。
そうしてこの戦争を計画し実行して、国民を牽引・教唆したモノたちへの怒りと解明的告発です。また、その潮流に加担したことに対する悔悟です。
そういうこと無しに悲しみに暮れるだけで終わることは全ての(加害者に仕立てられたという被害も含めて)被害者に対する、重ねての罪だと私は思います。
- 2014/08/16(土) 14:29:19 |
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- soujyu2 #-
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