ところどころ雪をかぶった北山を背景に、鴨川と賀茂大橋に夕日が明るく差しています。
いいじゃない?!と見ていると、鴨川の飛び石に腰を下ろしてその景色を撮っている人がいます。
背後の雲がいくつも流れていますから、太陽が出たり隠れたりです。それでベストタイミングを待っているようです。

「いい写真は撮れましたか?」

聞くと中国からの留学生だそうです。
東京湾と山東半島とはほぼ同じくらいの緯度です。京都はやや緯度が低いですが、同じくらいの寒さだそうです。
「だから服装も間に合っています。」 と言いますがちょっと中国のほうが寒いのかな。

写真は風景を良く撮るのだそうで、スマフォの画面で見せてくれました。
αセブン系統ですから撮影が好きなんでしょうね。いい写真が撮れています。あの光を意識して撮るんですから、それはそうですよね。

「いやあ、僕は人ばかり撮っていて・・・・。」
ということで横で撮らせてもらうことになりました。
川の水は冷たそうです。

今日のポストオンで2022年はお終いですね。
毎年同じことを言いますが「一年が過ぎるのは早いですね。」 ほんと、そう感じます。
今年だって夏のグループ展があり11月の個展があり、それに向けてテーマの設定や写真のセレクトや展示法の工夫やなどなどでそれなりに長い期間ウンウン言っていたはずです。
それがいつの間にかもう大晦日です。

今日アップさせてもらったこの人で2058人となりました。
撮りはしましたがブログの記事としてアップできていない人たちが何人かいます。
それで2022年12月31日までに撮らせていただいた方は総計で2065人。
見かけ上男性が1152人、見かけ上女性が913人です。 12月は見かけ上女性のほうが有意に多かったです。
10月に20人、11月20人、12月25人となりました。 これは今までにない高水準です。どういう訳でこうなったのかわかりません。
どうしてなのか原因がわからない以上、私の意志で同じような結果を出すことはできません。
定年退職直後の自転車での走行距離/日と最近のそれを比べると、おそらく半分とまではいわないにしても三分の二くらいに減っていると思います。好奇心のままに知らぬ山に入り、道のろうじを抜けて走るということがなくなりました。
それだけ撮る写真の多様性が減っているといえます。これはまずいなあと思います。
もっといろいろ働く人を撮りたいですね。
そして30代から40代の女性。
また新しい出会いを求めたいと思います。

世界の経済、政治も、日本のそれも「危機」と言ってよいような状況に直面していますね。
習慣上まもなく『新年』を迎えますが、危機的状況が寸毫も変化するわけではありません。タモリ氏も言っているように日本の来年は「新しい戦前」になる可能性が小さくはありません。日本の政治がそれを呼び寄せています。
除夜の鐘をどんな気持ちで聞いらたよいのでしょうか。

昨年はCOVID-19感染予防のために近所のお寺の鐘は一般の人によっては撞くことができませんでした。
今年はできるようです。私も撞きに行こうかな。
痛いような寒さの夜に背を丸めて近在の人々が集まって鐘を撞くのもいいものです。
また来年もお会いしましょう。
- 2022/12/31(土) 00:00:04|
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「いけたにいさむ写真展 肖像・その他について」
の会場で歓談しながら撮らせていただいた。

氏の写真レベルから言えば、私の個展にご足労いただくのは僭越至極なのですが、それ以前に写真展を拝見していた関係もあって、個展のDMを投函させていただいた。
そうしたら・・・・。

この日も作品を見せていただきながら、私なりの感想を申しあげたのですが、その間ご自身からああだこうだとは話をされない。 私の話から、そうかこういう話を聞きたいのだな、ああいうことは話して大丈夫なんだなと感じてから少しずつやがて広い流れとなってと話しいただける。それでも「広い」流れだとは言ってもそこのけそこのけという話では決してなくて、自然に流路が開いていくに任せてといった具合。

私などが自分のしていることにあれこれ言い訳をしたり、口実をひねり出しているようなそんなせせこましさは少しもない。
自然に、どんどんやるという感じなのです。
御年は、私より一回り以上も年かさなんです。ですが、この若さです。
つい先日私は自分のフェイスブックに「働けよ 団塊世代。老いるにはまだ早い。棺桶までが青春だ。」(・・・働けよというのは賃労働をしろとか金にあくせくした労働をしろという意味ではありません・・・)と書きましたが、それを地で行っているような方です。
多分にアナーキサーを持っているゆえのことでしょうか。

私の写真展で「おじさんシリーズ」をご覧になっていただいていることもあってか「無駄な抵抗」なしに撮られてくれています。
レンズが85ミリで、すぐ向かい合ったソファと椅子の距離ですから撮られるほうも難しい。
相手が、その界隈で知られた写真家というか二次元作家というか・・・・ですから、私の「撮りたい病」に対して憐憫の情もあって「しかたないなあ」ということで、それがちょっと楽しいし、うらしい。

写真家のハービー・山口氏がよくイギリスでの若いころの経験を語るときがあります。のちに世界的なトップ、パンクロックアーティストになったクラッシュのジョー・ストラマーに地下鉄で遭遇した時に旧知の仲ではなかったけれど撮らせてくれないかと頼んだら即座に「いいよ」となったことがあったというエピソードをたびたび取り上げます。地下鉄の列車を降りるときにジョー・ストラマーが言った「You can click away of whatever you want: That's PUNK」という言葉とともに。
そうなんですよね。
それができなければカメラを置けって話です。

「・・・だよね。」
- 2022/12/30(金) 00:00:04|
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まるで着ぶくれだるま状態でした。
だって寒いですからね。
この日は時々狐が嫁入りに出かけて、パラついてきます。 なのに屋根がない!
「今日がデビューで何をどう準備したらいいのかよくわからなくて・・・。」

私が10年と少しばかり前に手作り市を回るようになった頃は、私が何も知らなかったので物珍しさばかりでした。
そしてそこに出店している方々を見るのは初めてでしたから、ずっとお仕事として出店しているような人を想像できませんでした。
毎回、新たな人との出会いがありましたからウキウキワクワクでした。
でもさすがに10年以上来ていますと。

それで、今日がデビューという人を見るとなんだかうれしくなって。
頑張ってくださいね!

ここは京都盆地の中でも北寄りの場所で、しかも背の高い樹木が枝を広げていますから、日が当たったり当たらなかったり。
もっと奥で出店している人、「ならの小川」の岸辺に店を出している人はちょっと辛い。冷房完備状態です。

市内からの出店ですが交通の便から言ったらここに来るのは条件がいいとは言えない。
搬入も大変だったでしょう。
次は「梅小路ではどうですか?」

思い返せば、モノづくりの拘りのある人の表情を撮る…それが出発点の一つでしたね。
そしてここでいろいろな勇気、気概を見て励まされました。

だからちょっと、僭越なんではありますが、恩返しの気持ちもあって撮ります。
- 2022/12/29(木) 00:00:02|
- 手作り市
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よく晴れてはいましたが、やはり寒いですから、暖かいものを売る店が人気です。
どうです、鍋いっぱいのおでんの具。あふれんばかりですね。

セットメニューだけなんですって。 つまり「あれが欲しい、これ入れて。」はダメなんだそうです。
商売の効率なんでしょうね。それに具によって注文が偏ったんじゃ売れ残り商品が出てしまい、損が出ますからね。
お客さんが戸惑ていましたが、おかみさんは強気です。

寒さが応援しますし、強気なんでしょうね。
ウナギのかば焼きは臭いで客を呼びますが、おでんは湯気で呼ぶのでしょうか。

家庭で作るおでんよりこうした場所で食べるおでんをおいしく感じるのはなぜなんでしょうね。
子供のころに駄菓子屋で食べたおでんはおいしかったなあ。こんにゃくを、大きな鍋の真ん中で温めている味噌のツボに浸けて「味噌田楽」
静岡県では灰色の「黒はんぺん」が人気です。 サバやイワシを骨ごとすり身にしますからちょっと骨のゴリゴリ感がありました。
おやつにもよく食べたものでした。
かみさんも静岡県人ですから、わざわざ黒はんぺんの入ったおでんのネタを買い求めます。最近は京都でも手に入ります。

私はおでんネタとして「牛筋」が大好物なんですが、かみさんは「え~、入れるの??????」で却下です。臭いが嫌なんだそうです。臭いじゃなくて匂いなのにねぇ。
牛筋を食べた~~い。
たこ焼き、たい焼き、お好み焼き…火を使う露店の人はいいけれど、そうでないお店の人にはつらい寒さです。
でも終い天神は多くの人出です。これを逃しては年を越せませんね。ねえ、寅さん。

正月も三日くらいからはまた厳しい寒さが列島を包むようです。
- 2022/12/28(水) 00:00:03|
- 働く人々
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終い天神です。
12月25日です。 押し詰まってきましたね。 この日は高校駅伝の日でもあった空にはヘリコプター、地上波交通制限。いつものこととはいえ、行動がしにくいです。
終い天神の露店の一つです。
ご自身が鍛えた刃物を研いでいました。

砥石と刃物の間で心地よい柔らかな、ほんのわずかな音がしています。
砥石はダイヤモンドが使われている中砥石だそうです。 中国製が手に入りにくくなっているそうです。
COVID-19の感染と感染予防対策で中国経済はかなり困難な状況になっているようですね。(中にはそれを見て拍手を送っている人もいるようですが、たちまち日本との輸出入に大きな悪い影響が出ているというのに…というかすでに相当影響が出ているというのに、マスコミがしっかり事実を知らせないせいもあって・・・・自分の首が閉まっているのを見ようとしない人が多いですね。)
砥石の輸入にも影響が少なくないようです。

わたしもたま~に包丁を研ぎますが、皆さんはいかがですか。
「研ぐに足りる包丁かどうかが問題ですね。機械的に刃をつけたものは後で研ぐのが難しい。」のだそうです。

刃物ってなぜか魅力的ですよね。
奥に並べられている、台所用や革を着るのに使うものや『川魚用』などが、美しい刃と本体を見せています。
外国人女性が盛んに質問しています。

最近見つけた料理を教えるユーチューブ動画で、料理人が持つ包丁は実に手入れがよくてよく切れます。
ネギやキャベツを切る音がとても心地いいです。
その影響もあって、砥石を出して研いでみました。 熟練が必要だなあと・・・。

それでも帰宅して台所に立ったかみさんが「あれっ。」とすぐに気づいていました。
切っ先の切れ味がいまひとつなので、また研ごうと思います。
肉の筋切りなどがしにくいですからね。

砥石の全面を使って大きく刃物を動かしています。
一見、ゆったりとした動きですがよく動いています。そして傾けた刃の角度が実に安定しているように見えました。
さすがですね。
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- 2022/12/27(火) 00:00:03|
- 手作り市
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「記憶はいつか消えてなくなるのでしょうか。私たちの中にある記憶は他者からみることはできませんが、表現によって何らかの形が与えられる時、それは他者にも共有することが可能になります。そのように個別体験が、ある技術や意志によって外部化され、鑑賞体験を通じて他者の記憶の一部になることで、記憶は多くの人に伝播していきます。…以下略」
「私はメモリー展」の印刷物の冒頭の言葉にありました。

写真などは極めて直接的に、このように言える「表現」だと思いますし、絵画その他のさくひっももまたそう言えるのだと思います。
「モナリザ」と称されるレオナルドの絵はレオナルドの体験≒記憶が時間と空間を超えて「共有」され続けています。

私のこの写真に閉じ込められた記憶も、皆さんが見てくれることで、私から皆さんにジャンプして行きました。
そのためにカメラがあり、現代では写真データとその画像変換装置が介在して、記憶の連鎖を作ります。

そしてこの会場に並べられた作品から、作者たちの記憶をひも解いて追体験しようと熱心にご覧になっていたこの人の存在について「共有」してもらえるわけです。

記憶、それはまた情報でもありますが、私たちは、そうして共同の「記憶≒情報」を持つことができます。
それが「コモンセンス」の醸成に一役買うのだと、私は思います。

ここに展示された作品。それはある意味で作品=表現とは言えないかもしれません。
これを描いたり制作した人は、他者に見せるとか評価してもらうとかいうことを度外視しているかもしれないからです。
制作過程が全部的にその方の生、そのものであるということです。
制作者の呼吸であり鼓動が外部化した。生の物質化に他ならないのです。
作ること自体が生命活動であり、生の感覚の租借だということでしょうか。

「作品」からは、あまりに「いじらしい」生を見る気がしました。
そういう感じを呼び起こさせる作品を時間をかけてじっと見入るこの人はきっと「素敵な人」なんだと私は感じました。

この人自身も絵を描かれるんだそうで、つい先ごろこの建物の二階で開かれていた美術展に作品が出されていたとのことでした。
私のカードをお渡しして、写真を撮らせていただきました。

世間の表側には、まるで鍋の上に浮き出したあくのような吐き気を催させる人間が大手を振っていますが、しかし、ちゃんとこういう感性を持った人がいるんだということがうれしいですね。
私の「人を撮る」活動は、そういう人の記憶を多くの人に共有してもらう活動だといってもいいのです。
- 2022/12/26(月) 00:00:01|
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この2週間くらいの間にあちこちで見せていただいた写真展の作品はよいものが多くて楽しかったです。
この写真展でも写真自体の内容がいいなあと思うものや、それとよくマッチした見せ方で勉強になるものがありました。
人物写真でもストレートに撮れているものが素直に良かったです。
そんな写真展会場で、作品を出している方です。

すでに外国を訪ねて撮った写真を国ごとにまとめた写真集を出されています。
そして元来はイラストを描かれているのだとかで、写真と一緒に作品が出されていました。
写真の見せ方も「なんだろコレ」と、この違和感がいいんですよね。

声をかけたときにこの人が言うには、「私を知っていますか?」「あなたは有名な方で私は知っている?!」・・・わたし:「えっ?! ナニ? へっ?!」という感じで話がかみ合いませんでした。
最近聞こえなくなっている私のポンコツ耳がいけないのでしょうし、マスク越しの返事がいけないのでしょう。
話が三次元空間で交わらずに交差しています。

この人のお知り合いが来られたタイミングで辞去しましたが、何か落ち着かない気持ちが残って、再び…。

「前回の個展では『人間交差点』という表題にしたのですが、これではどうも交わらなくて出会った感じがない。改めて写真を撮って「点」を作って残したいんだけど・・・・・。」ということでレンズの前に立っていただきました。

この写真のグループ展はすでに27回目だということで、私たちの京都ファインダークラブとほぼ同じ回数ですね。それだけグループを維持して続けられるということはすごいことだと思います。良いリーダーがおられるのでしょう。
この人は比較的最近に参加しているのだそうです。私たちのグループにはごく少ない年恰好の方です。

京都ファインダークラブの新年会の「お知らせ」が来ました。
来年の写真展にはどういうテーマで臨もうかなあ。

皆さん年賀状はもう投函しましたか?
この写真いい感じでしょう?!
- 2022/12/25(日) 00:00:02|
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つい読書を中断させてしまいました。
これから道を切り開こうとしている青年を見ると、ついこちらも力が入ってしまいます。
音楽家は衣装にもお金がかかりますね。
ドレスを着てプロフィール用の写真も撮らねばなりません。
関西の人なら撮ってあげるんだけどなあ。…「無料で撮っちゃだめですよ。」と自分の内外から声が聞こえますが、たぶん撮っちゃうんでしょうね。

撮った写真を送ってあげるといったら連絡先を出そうとしたんですが・・・。
私のカードを差し上げて・・・それにメールアドレスや電話番号、そしてこのブログのURLが記載されていますから・・・メールをいただくことにしています。そして返信に写真データを添付して。
私がアドレスのアルファベットなどを見てメールしようとすると文字が見えなくて間違いが多くていつまでたっても送信できないから、相手の人にまず送信してもらいます。

これからどこかでおいしいものを食べて、帰りの電車の時刻まで「どこか観光しようかな。」
それにしても寒いですね。そして東海道新幹線が早く完全に元のダイヤに戻るといいですね。

オーディション合格の通知を手にできますように。
- 2022/12/24(土) 00:00:01|
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東海道新幹線が、停電で大幅に遅延した翌日のこと。
鹿児島にさえ雪が降って、各地で大雪の情報が。 TV報道で見るそれは、大変な積雪で各地で混乱が生じていました。あのような積雪では、老人独居者には一段とつらいだろうなあと思いました。
京都も寒かったのです。 風が冷たかったです。 それなのに・・・・鴨川の岸で。

「寒くないですか?」
「はい、寒いです。」
こんな寒い中で読書です。
「どちらから来られたのですか?」
「○○です。(…江戸湾のほど近くですね。)」
「そこなら京都より暖かいでしょうに、なぜわざわざこの季節に京都に?」
お隣の滋賀県に「オーディションを受けに」来られたんだそうです。
それで翌日この京都に。
なるほど。
写真を見ると日差しがあるし、・・・と思われるでしょう。でも風があるんですよ。つ、冷たい風が。

新進の声楽家さんでした。
それで「オーディションを受ける」必要があるわけですね。
芸術家として生きていくのはなかなか大変です。私もクラシックの若い演奏家の写真を幾度か撮ってきましたので、その一端はわかります。
音楽の世界に限らず、芸術・芸能(いわゆる芸能界の芸能じゃなくて)で道を切り開こうとする若者にとって、日本は・・・OECD各国の中で・・・あまり条件のよい国ではないようです。

あ~っ 寒いっ
思わず体が丸くなります。
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- 2022/12/23(金) 00:00:05|
- 人物
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この日の寒さは幾分ましではありましたが、やはり外での仕事は大変です。
「普段はどんなお仕事なんですか。庭師さん?!」
「いや、私は大工ですよ。」

建物の一部として仕事をしているんですね。
大工さんはいろいろなジャンルの職人を束ねるコーディネーターでもあるわけで、仇やおろそかにできる人ではないですね。

それにしても私のこの「人物写真を撮る」は、モノづくりの人、働く人を撮るのが主題のはずだったんです。が、「思えば遠くに来た」ことになりますね。

でも初心『も』忘れずです。

さすがに道具の切れ味が違います。
それが音に出ますよね。

いい仕事は道具から。
私もいい道具は持っているんですがねぇ。「道具『から』」ですからね。
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- 2022/12/22(木) 00:00:03|
- 働く人々
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師走ですねえ。
先生方、走っておられますか? 一年中走らされているのですから…誰に?・・師走と正月くらいはゆっくりしてくださいね。
そんな、すでにあるお店の前には門松も立っているこの時期に料理屋さんの壁に「犬矢来」作りです。
しばらく仕事ぶりを見ていて、写真を撮らせてくださいなんて声を掛けたら「こんな忙しい時に・・。」なんて言われるんじゃないかと思って、いったん通り過ぎました。
そして、こんなことだからダメなんだよな。 今、思いなおさないと仕事が終わっちゃうよ。 後悔先に立たずだからね。

とても柔和な表情で「いいよ。でもポーズは取れないからね。」
「もちろんです、どうぞそのままいつものように仕事をしてください。」

「犬矢来」
京都の町だけでなく古い町の建物には見られますよね。 何のために作られるようになったのか諸説あるようですが・・・。
昔、京都に野良犬が多くて建物に小便をするのでそれを防いだとか、馬が壁を蹴るのを防いだとか・・・・泥棒の足場をなくしたんじゃないかなあと・・・私は。

青竹の色に変わるとすがすがしく新年を迎えられますね。 ただ、あまり永くはその色は保ちませんが、黄色く変色しても建物壁や柱の色にマッチしていいものです。 中には弁柄に塗って贅沢にしているものもありますが。
竹は寒くなって成長が止まった時期に切るものだそうです。
竹の節は調子よくずらしていきます。
ドリルで穴をあけて鉄の釘を打って止めるのですが・・・・。

ドリルであけた穴に釘を差し込んでいますね。
この釘1本のお値段。 100円だそうです!
ちなみにあるネット通販では長さ38mm、軸の太さ(線径というそうです)2.15mm、の釘が「約893本」で569円だそうです。 一本当たりでは70銭です。
142倍の高級品!!

なぜかというとこの釘は、一本一本、職人が手作業で鍛いて製造しているんだそうです。
なるほど寺院などの歴史的建造物の修理などの際に見かける鍛造の釘と形も表面の様子もよく似ています。そして不ぞろいです。
機械による大量生産の工業製品じゃないですからね。
さすが京都の料理屋さん・・と思いましたね。 我が家の竹の垣とは偉い違いです。
- 2022/12/21(水) 00:00:04|
- 働く人々
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この方の個展会場です。

実はこの日、外に出るときに、どのカメラを持って出るか迷いました。
「ベストで行こう! それしかないじゃないか?!」
それでよかったのです。
あまり広くないこうした場所では、下がれませんので85ミリだと全身を撮りにくいです。
でも、この85ミリだからこそ撮れる絵というものがありますからね。
こういう表情が出てくるといいですね。昨日の写真と比べるとずいぶん違うように感じます。

なんだかモジリアーニの描いた女性に似ている人がいたように思うんですが、どうでしょう。
雰囲気がですよ。
こういう微妙な表情が出るというのはいいですね。
それを撮るのが人物写真の妙でしょうかね。
そういう意味でも無理なポーズなんていらないですね。

- 2022/12/20(火) 00:00:04|
- 絵画
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きまじめな方です。
写真を撮られることはあまりないそうです。
硬くなっておられますね。 当然です。 初めて会った人間に大きな口径のレンズをつけたカメラを向けられて緊張しない方はいません。しかも、至近距離ですからね。

大きな開口部を通して優しい反射光が入る部屋です。
立って撮ると「どうしたらいいか分からない。」のが普通ですから椅子に掛けていただきました。

古典や伝統と現代作品などについていろいろなお話をしてくれました。
音楽を長くされてきて、今また絵に戻ったといいます。長いこと『描けなかった』とおっしゃっていました。
そういう紆余曲折をたどってこられたことが表情に魅力を与えますね。話しぶりもまた同様です。

見た目を気にする方は多いですが、「話し方」「しぐさ」にもっと気をつけ、改善したほうが良いと私は思っています。
だからこういう方とお話しすると、安心していろいろなことを話題にできます。 その人の背景が多様で奥深いということが感じられるからです。
そうするとただ腰かけていただいて、それを撮るだけで楽しいものです。
難しいポーズなんていりません。
むろんその人の良さをより良く浮き出させるためにあるポーズを撮ってもらうこともまた大切なんですが。
マスクを外していただきました。

背景の作品との重なりに注意が向きませんでした。
こういうところが相変わらず迂闊です。

目、口元の表情。いいですね。
大人の魅力ですよ。
- 2022/12/19(月) 00:00:02|
- 絵画
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私は競技ダンスの世界をまるで知っていませんし、まして大学でこういう種目の大会がどんな日程で行われているかはさらに知りません。
この人たちが学生生活のどんなステージにいるのか、だからまるでわかりませんが、こうして熱中して練習でてていることがきっと深い思い出になるんだろうと思います。

そんな一ページを記録してあげられたのも何かの縁ですね。
これもまた、人間交差「点」・・・です。

つい最近大学の後輩とFbのメッセンジャーでやり取りをしていて、彼と寮で同室だったM・・・その彼とは私は特別に親しかったんですが・・・のことが話題になりました。私たち二人ともMと縁が深いはずなのにここ数十年間、音信が途絶えています。
たまたま2006年はある、卒業以来継続していたのでしょう・・・企業に所属しているということが分かりましたの連絡を取ってみてはどうだ何ということが話題になっています。

彼とは、二枚の食パンとレトルトカレー一袋を持ち寄って充実した食事をし、後輩のステレオでベートーベンを何度も聞いた仲ですから、「今更連絡を取っても・・」問題はないはずですね。
あの時の彼の顔よりカレーを乗せた食パンの情景のほうが鮮明に記憶されている点が問題でしょうか。

私の悔やむことは学生時代私自身の写真がほとんどないということです。そして撮った写真はみな写ったそれぞれのものの手にわたって散っていったということ。
この二人にとって貴重な思い出の写真になるでしょうか。

大学の交響楽団員やジャズバンドのメンバーの演奏は、さすがに素晴らしいものです。
同じようにダンスもまたさすが大学生なんですね。
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- 2022/12/18(日) 00:00:03|
- パフォーマンス
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伝統工芸の衰退が言われて久しいのですが、だからと言って若い人たちがまるで無関心かと言うと決してそうではありません。
直接何かのジャンルに飛び込んで技術を身に着けようという人がいる一方で、若い世代の感性や新たな知識を携えて伝統工芸を盛り立てようとする人もいます。
カメラを構えるこの人もそういう人の一人です。

こうした職人の技術を紹介したり新たな世界と結びつけたり、提案をしたりすることに関心を持たれているようです。
もう足しげく通っていてすでに信頼されかわいがられているようです。

ここで実演されているのは組みひもですが、この職人さんとカメラをもった彼女との会話はまるで祖母と孫のようでもあります。
私ではこうはいきませんし、それは関心の持ち方、スタンスから言って同じようにはなりはしませんが。
カメラ女子のまなざしがとてもやさしくてしかも親しげです。

よく割りませんが、私が来る前に動画を撮っていたのでしょうか、チルト式の背面液晶画面が開いたままです。
こんな状態でファインダーをのぞくなんて、たぶん私の世代にはないことでしょうね。
まあ、背面液晶画面がない分、鼻がボディーに強く当たらなくていいのかもしれません。液晶画面も鼻の油で汚れませんしね。
そうか、案外そういう理由でわざとこうしているのかもしれませんね。私などからすれば新方式です。
レンズは下から支えながらピントリングを回すものだと、そんな風に慣れてきました。

でも今のレンズはプラスチックでできていて軽いために手ぶれしにくかったり、カメラやレンズに仕込まれた手振れ防止装置の性能が高くて、少々の手振れはものともしませんから、下から支えて、脇を閉めて、足は肩幅に開いて体を安定させて…なんてことは考えなくともよいのかもしれませんね。
オートフォーカスにすればこんな一眼レフ機でも、片手で持って撮れるかもしれません。
いや、実際私も片手で撮ることがまれにありますし、体を倒れるままにしてその刹那に撮ることもあります。
撮り方も工学的な技術に助けられてどんどん変わるのでしょう。

そんなことよりも、こうして若い人が職人さんと直に話して色々教えられながら自分の学びを生かしていこうとするのはなんといっても頼もしいものです。こういうところに期待するしかないですしね。
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- 2022/12/17(土) 22:28:38|
- 伝統工芸
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このダンスを別の一人の女子が撮影しています。スマートフォンでの動画撮りです。
そしてひとしきり踊るとその動画を見て反省会。
その撮影女子がいるところが正面ですから、私はこうして指さしてもらえません。

なぜまたここで練習をしているのか、その事情を訊くことはできませんでした。度胸づくりもあったかもしれませんね。
撮影のための広さや明るさも考えたのかな。
そのおかげで私は珍しい被写体に出会うことができて「動きもの」を撮る経験ができました。
ダンサーのポーズや表情を考えて撮るにはミラーレスカメラ、なかんずくソニーやフジの追随精度の高いオートフォーカスシステムがあればありがたいことでしょう。
ピント合わせと絵作りの両方を意識するのはなかなかの難事です。

この女性ダンサーは魅力的な人ですね。
私もついこの人に惹かれてしまいますが、男性のダンサーの表情やポージングに注目しました。

傾向的には男性のほうがこうした表情づくりを苦手とするんじゃいかなと、ジェンダー論的には先入観がありましたから。
その頑張りを撮りたいなあと。
ただ私の場所取りにも問題があったようで・・・・。

バリアングルモニターを利用しながらの撮影もまた習熟程度は相当低くて・・・・。
課題は多いですね。

以前のことなら迷うことなく仰向けに寝てちゃんとファインダーを覗いて撮ったものですが、なまじバリアングルモニターがあるばかりに「怠け心」が出てしまいますね。
ふぁおんだーを覗くと、やはり「ファインド」の熱量、集中力が違ってきますね。
傍から見てどう見えようとも、寝て撮るべきでしたね。 「いい年をして・・・」という人の目を気にしちゃ何もできないのにね。
- 2022/12/17(土) 00:00:03|
- パフォーマンス
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被写体としての「楽器の演奏」を動きものというのかどうか知りませんが、私はそれ以上に速く動くものはごくごく稀にしか撮ったことがありません。
「うまく撮る自信ないけど挑戦させてもらっていいかなあ。」

対岸をペダルをこいでいると何やら面白いことをしているのかなあ。撮影をしているようでもあるけれどカメラは見えないし。
女性のコスチュ-ムがよさそうだなあ、なんて好奇心がわいて、「見てみなくちゃ始まらない」と向こう岸にわたりました。

ヒップホップ系のダンスを練習する人は、時々いて、また高校生が文化祭に向けてダンス練習をするのを見たこともありますが・・。
競技ダンスです。体育会系です?
一時、「周防正行が監督・脚本を務め、役所広司、草刈民代、原日出子、竹中直人、田口浩正らが出演する。」映画のヒットで関心も高まり、やる人も増えたダンスですね。
社交工ダンスといわれるものがありますが、競技ダンスはその派生形でしょうかね。

どこの大学の人たちなのかは聞き漏らしましたが、関西で強いのは神戸大学、京都大学、大阪大学だそうですから、京大の学生かもしれませんね。
ちょと休んだ間に近づいて撮影交渉をしましたが、この踊っている女性のはきはきとした対応を見て京大かなと思いました。が、さてどうでしょう。

これは相当に体幹を鍛えないとできないダンスだなあと思いましたし、手指の先からつま先まで、優雅でもあり力強くもあるこうした表現力を身に着けるのは並大抵ではないし、小さいころからの何らかのダンスの経験が必要だろうなあとも思いました。
男性も女性もこうしたプロポーションを作ってきただけでも練習量を感じますね。生得的なものだけでは難しいのではないでしょうか。

それにしても日本古来の?女性美、奥ゆかしい美とは対極的な表現になるでしょうから、メンタルの面でも自己改革が必要かもしれません。あるいはそういうメンタルを持った人に有利なスポーツと言えるかもしれないですね。
私はチアリーディングなどを見て、自分で何か気恥ずかしくなってしまうタイプですので近づけません。
でも、この女性の表情はいいです。 いや、ただの私の好みですが。
- 2022/12/16(金) 00:00:05|
- パフォーマンス
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時々、鴨川に来て吹いているというんですが、どうもそれは四条より下流でのようです。
五条、七條、九条と下流は広いです。
そして私は五条ろ紙下流は「徘徊」していません。それで今まで気づかなかったのでしょうかね。
それにしてもこのあたりで管楽器は珍しい。

私が「撮らせて」と言ったとき、スクッと立ち上がって吹いてくれました。
私は音を出さないポーズだけの写真は嫌ですから、さっそく噴き出してくれたのはありがたかったですね。
太陽の位置などを話して、だからこういう角度で撮りたいなどという私の言葉に対する反応はとても速いし適格です。
たぶん指導者の言葉に対しても受容力、感応力は優れているんじゃないでしょうか。
ついこんな評価をしてしまうのは旧職の性ですかね。

個展を意識するとリリカルな絵を撮りたいと思ってしまいます。
「個展を考えて撮る」ということが最近少し強くなってきています。
最近て?! 遅すぎないか?

「その人を撮る」ということ重視してきたから、絵の効果というか、そういうことは二の次だったかもしれません。
それが会場のこんなところにこういう絵が欲しいよねというような意識がちょっとあるのです、いいことなのかどうか、わかりません。
たぶんこちらを二の次にしたほうがいいと思うのですが。写真集を作って売る作家じゃないんですから。

でも、まあ、それも経験値が増した成長の一面だと思って・・・。

ポートフォリオを作らねばなりません。
- 2022/12/15(木) 00:00:01|
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まだ紅葉の残る晩秋の川辺です。
土手に腰を下ろしてトランペットを吹いていました。
川面の色がきれいなのでそれを背景に撮れないかと思って声を掛けました。

この人実は高校三年生。 もう冬休みなんだそうです。
「高校生だから保護者の承諾が必要かなぁ。」「大丈夫です。もう18歳ですから、自分で決めます。」

話を聞いてみると、私など比べ物いならない、その世界では有名人です。 だって日本一ですから。
そうなんですよ。
「第・・回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会金管楽器部門高校生の部は、○○○○(トランペット、京都◇高3年)が優勝」 のご本人です。
まあ、陸上でいえば100メートル優勝の桐生君に会ったようなものですね。
実はこの鴨川というところは、そういう人がいろいろ出没するんです。

来春は大阪の芸術系大学で学ぶんだそうです。
背筋の伸び方をご覧になってあたることに気づかれる方もおられると思います。

写真を撮りながら「ほら、『天空の城ラピュタ』のパズーが吹いた・・・。」
「吹けますよ、部活で練習しましたから。吹きましょうか?」
鳩と少年ていうんでしたっけ?!

なかなかの舞台度胸と見ましたね。

送った写真は「宣材」に使いたいと書いていました。
未来をちゃんと見ているんですね。
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- 2022/12/14(水) 00:00:05|
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クラシック曲の練習です。 楽器が素朴なだけに却って味わい深いです。
陽が傾いて川面や河原の石に反射する中での演奏。それを意識して撮ろうと思いましたが、もう少し絞りを絞るべきでしたね。
ただ楽器や指先の光を少し強調したかったので・・・。

50ミリぐらいンレンズでもっと寄って撮るのもいいのでしょうか。
シグマのレンズは大きくて重いので、もし仮に50ミリを手に入れたりすると、一択ですから、今日は50、明日は85と・・外に出るまでずいぶん迷うでしょうねぇ

今のところD850は、私にとっては白黒で撮るならいいカメラ・・という感じでしょうか。
もちろんレンズはシグマです。 というか他にはNIKON28-70 F2.8のズームが一本あるきりですから。

私がとっていると一人の男性がゴープロとソニーα7系のカメラをもって「撮っていいんでしょうか?」と声をかけてきました。
わたしがかってに、「ええ、どうぞ。」というようなものではありませんから「撮りたいって言ってるけど、どうかな?」と仲立ちをしてあげました。
その人は動画を撮ったようです。ですからもちろん音入りなんでしょうね。ずいぶん熱心でした。
すると第三の人が近づいてきて、その人は少し遠くから無言で撮り始めました。 う~ン、こういう人はどうしたものでしょうかねぇ。
下の写真のような場合はカラーの意味がありますね。
白黒では光の強弱で表現するものが色で表現するようになります。
カラーにすると光の対比が弱く見えますから、その点をどうするかですよね。
- 2022/12/13(火) 00:00:02|
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「夕日にリコーダーを奏する」なんてキャプションをつけるような写真展はしたくないですね。
それが「言葉のまんまの写真じゃん」ってことですもんね。
対岸を走っていて発見。

以前も書いたことがあるかもしれません。(何しろ10年位以上書いているので)
私がまだ小学生の頃だったと思います。いろいろ楽器に興味を持ち始めた私に父が言いました。
「小学校で使うハーモニカでは何が足りない? トンボのハーモニカで世界の人を感動させている人がいる。そのハーモニカで素晴らしい演奏ができるようになってみなさい。」 中学の音楽ではリコーダーでしたから「リコーダーで」ということでした。
でもギターをやりたい、トランペットがいいなどと子供のわがままは膨らむのでしたが・・・。
ある時に楽器店で見つけたトランペット。 価格表の「0」を一つ間違えて、「買って!」と。
父親もそれならとわざわざ楽器店にいったのですが。 今思えば父親にも恥をかかせてしまって、がっかりして帰ってきました。
以来、ハーモニカ、リコーダーそして口笛くらいしか自分に手の届く楽器はないんだなと思ったことでした。

それでも近所の家の「お姉さん」が使っていたガットギターを手に入れてもらいましたが、「熱しやすく冷めやすい(母の弁)」私はひとしきり弾いたものの埃をかぶらせてしまいました。

閑話休題
声をかけるとすぐに少し前に会って写真を撮らせてもらった人間だと思い出してくれました。
最近リコーダーを新調してグレードアップしたそうです。
ただまあ、ほかの楽器のようには高価ではないようですが。
- 2022/12/12(月) 00:00:05|
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12月も中旬になると陽が傾くのは本当に早くなりますね。
冬至は22日らしいですから、今は一年中で一番日が短い、底の時期に当たりますね。
ですからこうして撮っていてもすでに光は斜めにさしています。夏の真上からの光よりはずっといい感じですが。
特に白黒で撮る場合には、です。

コロナ以前から見れば、ずいぶん静かですからこの楽器の音も周囲に長く余韻を残しますし、小さな音でもよく聞こえます。
観光客の回復をなんて言っていますが、これ位がいいんじゃないでしょうかね。
コロナ以前なんか人が住めるような街ではありませんでした。オーバーツーリズムを今のうちによ~く反省して、現実的に京都経済の在り方、暮らしの在り方を見直さねばならないのに、京都府市も京都経済界も危機感などさらさらありません。

この日は、日を浴びるとさほど寒くはないのですが、それにしても、この人は裸足です。

来年の個展では、音楽を楽しむ人たちと取り上げようかなとも思っているのですが、京都写真美術館がギャラリー申し込みについてのハードルを上げましたから、それに対応できるかどうか不安材料ができました。
申し込みはできるのですがその際にポートフォリオを提出して審査を受けねばなりません。
私は一年前に企画を完成し、作品も準備するなどということはできない活動をしていますから、困った事態です。

ぜひ展示したいという写真は数点、すでにあるのですが、それじゃ足りませんしね。
ただし、出会ったら撮るというというようなボーとした撮り方ではすみません。その都度「写真展に出せるクオリティー」を意識して、なおかつ楽しく撮らねばなりませんねぇ。
撮る側の人間に楽しさの写真は見ていてつまらないですから。
そういう緊張感をもって来年も撮りたいですね。
- 2022/12/11(日) 00:00:05|
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調べてみましたらロシア発祥の楽器のようです。
ラブ・ドラムというらしいです。ヒーリングにもってこいのような音が出ます。ヨガをするときにももってこいだそうです。

場所は哲学の道。
観光客が増えたとはいえ、桜の季節ほどのことはないですし、やはり哲学の道にとってはシーズオフでしょうかね。
それでその比較的静かな中にこの楽器の音が静かに響きます。

人類はいつ頃から楽器というものを手に入れたのか知りませんが、世界じゅうではずいぶん様々な楽器を生み出してきたのでしょうねぇ。
今では欧米発の楽器、それも合奏ができる楽器が世界中に広がり楽器の典型のようにされています。
ですが、それらだって起源をたどれば意外にアジアだったりしますし、兄弟分がいろいろな地域にあったりします。。

今だって新たに楽器は生まれています。
新たなルールを案出してスポーツのゲームが生まれているのと同じです。
音楽に対する要求もまた時代とともに変化するので、それは音に対する要求の変化でもあるでしょうしね。

私たちの世代の音の変化といえばエレキギターの登場でしょうねぇ。
「デケデケデケデケ・・」ですよね。 ああいう音が人を動かしたというか若者に響いた時代だったというわけでしょうね。
アコースティックギターじゃ足りない何か。ドラムスの激しいリズムがないと物足りないと感じた時代。それはどういう時代だったのでしょうねぇ。

70年安保が「敗北した」と・・・いったいだれがどんな意味でそう言ったのか、またどうしてそれを少なくない若者が無批判にだらしなく受け入れてしまったのかということは反省されてよいことだと思います。・・・・いわれるとアコースティックのフォークギターが復活?してもそもそとして発声で力なく歌うようになったのはなぜなんでしょうかね。
- 2022/12/10(土) 00:00:05|
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12月18日(日曜)までの日程で京都彫刻家協会員(他)の作品約40点が展示されています。「野外彫刻展」です。
知り合いの作家さんも参加していますので見に行きました。

抽象的なものもあれば具象的なものもありますが、私はどうしても「撮る」意識で見てしまいます。
まして人物(人体)が形象化されているとなおさらです。
この作品は現代の女性を象徴しているんじゃないかと思って撮りました。
男女平等という言葉がありますが、男女不平等の現実は実はあまりきちんと意識されないまま日常の中に浸透しているのを感じます。
それで女性自身も(男性はもちろん?)存外に自身の不平等、無権利な状況を分かっていないのではないかと感じています。
この布がそうして抑制・抑圧されている(あるいは内面化して自らということもあるかもしれません)ことを象徴しているのかどうか、作者の意図はわかりませんが、私にはそう見えました。

一見したところ「どうなんだ、この作品。」という印象を受けてもどのように見たらいい感じになるのかと周囲をうろついてみているとふとひきつけるところを見出したりします。
だって作家は、ずいぶん苦心して作っているのですからね。

写真は「私はこう見ましたよ。」というものになりますね。
そうすると作家さんにとっては不本意かもしれませんが「そう見えちゃうのか」なんてこともあるかもしれません。「よしよし、そう見てくれなくちゃいけない」ということも。

こうした野外展示の場合は、どんなロケーションに作品を置くかということも大きな問題になりますね。
私の写真には抽象作品はわずかにしかありませんが、例えばこの植物園では植えられて健やかに繁茂している木々の前では人工的な枝葉を組んだ作品は、それでもしっかり自己主張で来ているものやそれと融合した美しいものもありますが、往々にしてみじめに見えます。
- 2022/12/09(金) 00:00:04|
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「 機材に悪態つく前に 」とタイトルに書いているのに関連の話が出てきませんでしたね。
実はこの日の機材はアルファ99+ミノルタ85ミリ F1.4 です。
先日、この組み合わせでひどく色の悪い写真、しかもピントがさっぱり来ていないという写真を撮ってしまいました。
そういう時に「アルファ900ならなあ」とか言って、その不首尾を機材の責任にしてしまう私です。
そしてそののちにD850にシグマの85ミリをつけて、「ほらやっぱり」と機材の責任にしているのです。(α900に戻らないのは、α900がもう動きたくないというので戻れないのです。)
でもね、違うんです。
一つは、一度目の失敗が「ホワイトバランスの調整に失敗していたこと」にあるんだということは、はっきり意識しないでも感じていたのです。それが二度目に生かされていたんです。
それと、α99について「今一つのカメラだなあ、使いにくいし、工作的な精度が落ちるなどと私の中の低評価が災いして、カメラに習熟する努力を怠って来ましたので、ただ私が使えないだけだったのです。
私の未熟をカメラのせいにしていたのですね。
まあ、私によく「あるある」ではありますが。
私にとってソニー機の良さは青に透明感があるということなんです。
それで人物の肌の色も暖色に傾きすぎないということ。
でも室内の照明が黄色なんですから、それを過小評価すれば黄色く汚くなるのは理の当然です。
RAWで撮って編集ソフトで調整する方法もあるんでしょうが、私はその道を選ばないので・・。
そのためにはせめてカメラの持っている力を生かしてやらないとね。 そうなんです、スペックの多くが私にとっては「潜在」能力なんですね。

やっぱり人物写真の一つの側面は「人柄」を撮るということかな。
- 2022/12/08(木) 00:00:09|
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私のお願いにこたえてくれた方々には大変失礼な言い方をしますが・・・・・。
「犬も歩けば棒に当たる」が私の行動準則です。
そして「「柳の下にドジョウ」を求める、も。

「柳の下にドジョウ」を求めても「切り株を守ってウサギを待って」も、二度と土壌もウサギも得られませんよというのが古来の教訓ではあります。ですが、「一度あることは二度ある」とも言いますし、「待てば海路の日和あり」とも言いますからね。

ま、「求めよ さらば与えられん」でしょうかね。
それで、またこうして「素敵な人」に追い出来るわけで。
家の中でじっとしていては先に進みません。 (いまはSNS時代ですから、居ながらにして「モデル」は見つかるかもしれませんが。ただそうしても付けた「モデル」さんがこの人のような良い表情をしてくれるかどうか。))

この人はとあるギャラリーに居られた方なんですが、「今日だけ頼まれて」詰めているスタッフさんなんです。
その「今日だけ」の人に出会えて、こうして出会えた「点≒跡」を残せるのがうれしいですね。
某芸術系大学で日本画を学んだということ人の「おばさん」は写真を撮っているんだそうで「、一眼レフ気をもらいました」とのこと。
で、私が部屋の照明がとか、そこに外光が加わるのでとか言いながら撮るのを興味深く見ていました。
絵心とカメラへの関心とがあればこそですね。

この前の写真展にフォルムカメラをもって身に来てくれた暗人は今頃写真を撮っているでしょうか。
みんな集まって『自主ゼミ』をしましょう。
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- 2022/12/07(水) 00:00:04|
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妙光寺での「三人展」に彫刻で参加された石橋秀康さんは、尺八の導主という別の顔をもっておられます。
そちらのお名前は「聲月」。

石橋さんがそうする姿を撮りたいなあと委員スト、「そうですか、では吹きましょう。」とさっそく応じていただけました。
しかし、尺八は「吹禅一如」を追求する禅の一つの姿でもありますから、「♬ フフフん ♪」といった調子で臨むわけでありません。
袈裟をつけ居住まいを正して、気持ちを静めて臨みます。

そうなると、撮ろうとする私のほうもおのずから気持ちが違ってきます。
そうされる脇でごそごそするわけですが、できるだけ空気を乱さないようにと務めます。
立ったり座ったり寝転んだりして撮りたいのはやまやまなんですが・・・。

息を吹き込んで音にする、音になるその刹那「ブオーォ」という響きが身を包みます。
尺八から発せられているのに仏さんが安置されている壇のほうから響くようにさえ感じます。
その無声音?の後に続いて有声音?が響きます。

オーケストラのような演奏形式を発達させてきた西洋音楽では、一音は「ある特定の波長」の「一つの音」ですが、尺八では「一音」は「多様な音とその音の長さや揺らぎ」が混成して生まれてきます。
尺八もまた一本一本が出す音が異なります。フルートとは違うわけですね。

そして奏者の身体性や精神性がもろに出てきます。そのように聞こえます。
禅の実践ですから、「音楽を演奏する」というのとは違うとおっしゃいます。

この妙光寺自体が虚無僧の普化宗と深いかかわりのある禅宗寺院です。
ですからここには多くの尺八を吹く方が来られます。

庭に臨んで竹をゆする風の音を聞きながら尺八の音に身をゆだねると心が静まるのがよくわかります。
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- 2022/12/06(火) 00:00:03|
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右京区宇多野上ノ谷町に臨済宗建仁寺派の寺院で妙光寺という古刹があります。
京都五山に次ぐ寺格を有するわけです。
そのお寺は普段は公開されず拝観ができません。
今回もまた水墨画家の小森氏の作品も出されるというのでお邪魔しました。 「Sumi 小森文雄・イトウナホ・石橋秀泰 三人展」です。

小森氏とは数年前からの顔見知りで、彼のライブを撮ったりもしてきました。ですから、まあそれなりにお話はできます。
この日は暖かい秋の陽射しが注いでいて、寺の廊下は気持ちの良い歓談の場になりました。

若い時から、あっちこっちのギャラリリーで「出入り禁止」になってきた棘だらけ角だらけの人ですが、・・・・私とはケンカ腰になったりすることは未だかつてありませんが・・・この日は何か物腰も、ものの言いようも穏やかで笑顔たっぷりでしたので、「今日は機嫌がいいのかな。」と聞いてみました。

「そりゃ、自分の作品を展示して見てもらっているんだから機嫌の悪かろうはずがない。」
成程、道理だ。だがその道理がなかなか・・・・。
先日の私の写真展にも義理堅く足を運んでくれたので「次の『おじさんシリーズ』のために・・・。」と、返事も待たずに、撮り始めました。
こんな表情を撮り逃がす手はないですからね。

小森氏が寺の前の空き地?で畳三枚くらいの紙に画いた墨の絵は前日の雨に流されいい具合に流れ、ボケていました。そこに紅葉したモミジが散り落ちて何とも言えない妙なる絵になっていました。
二人して「いい絵になったねえ。」としばらく眺めていました。
この絵が竹林だったら「宗達を越えたかもしれんね。」と小森氏。
というのもみなさんご存知の俵屋宗達の「風神、雷神図屏風」は元来この寺にあったもので、この周辺には画家を始め京焼の大家・野々村仁清をはじめとする文人が沢山住んで制作していた・・・・鷹峯の尾形光琳をはじめとする芸術家村に匹敵する地だという・・・・ことを意識しての発言です。

その意気や良し・・・というところですね。
このお寺をお借りできるのは、明日ご紹介する石橋秀泰(聲月)氏の縁によるものだそうです。
石橋氏の「聲月」という雅号は尺八の導主としてのものです。
そう、この寺院は尺八・虚無僧と縁が深いのです。
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- 2022/12/05(月) 00:00:04|
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そもそも絵画展をしている人を対象にしているのに、カテゴリを「人物」にしてしまっているのはこの方に失礼ですよね。
でも、お許しくださいね。 率直に言って「見つけちゃった!」だったのです。
ふつうは避けるこの角度で撮れる人なんですよ。
とにかくシグマの85ミリのレンズで撮りたかったんです。
二回目はあまり時間がないとおっしゃるので、5分10分で済まそうと急ぎましたが、この方の学習力という反応力というか、それが素晴らしくて、初回とは既にずっと違った反応をしてくれます。
「モデル」をすることの表現的な楽しさも感得されているようです。 やはりデザイン、イラストをされている人らしい一面ですかね。
そういう意味でも、改めて「見つけちゃった」です。

私が三十歳前後から四十歳前後のあいだのゾーンに「モデル」をしてもらう対象を移したいなあと思っていた矢先でしたので、その意味でも「ラッキー」でした。
この黒の服もいいですよね。 ネック、袖口の形、ボタン・・・言いセンスです。デザイナーにも〇。
深い緑色系の耳飾りもまたこの黒にあっているし、この人の肌の色にもあっている。
背後に見える作品にもその色に近い色が見えますね。 マニキュアの色にも気づかれましたか。

はは、ちょっとテンション上がり過ぎですね。
気持ちを盛り上げるために、敢えてはしゃいでみました。

さて、しかし、10月11月で撮影させていただいた方たちの人数は40名でした。
個展中に「あなたの写真撮ります」に応じていただいた方を含んでいますが10月が20人ですから単純に高水準です。
複数で撮らせていただいたケースが意外に多かったからかな。
いつも「これからも見知らぬ人に会って写真撮影をお願いできるんだろうか。」と、あまり自信がないので、この数字には驚いています。

数だけではなくて、撮らせていただけるその時その時に写真の質も上げたいですね。
先日オーケストラのゲネプロの最中に撮らせてもらっている間中、これじゃダメこれじゃダメと頭の中で繰り返していました。
もっと撮りたいアングルがあるのに、そうはできない。もっと寄りたいのにそれが制限される。そういう撮影は消化不良になりますね。
その点こういう方の協力を得られるときは、少しずつ少しずついい方向に動いている手ごたえがあるので楽しいです。
一緒に写真を作らせてもらっている感覚があるとおっしゃっていただけました。
撮影でそういう感覚を持てる人とご一緒した時に、後々にも「いい感じだなあ。」と思える写真として残ります。
- 2022/12/04(日) 00:00:04|
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私は、たま~に「おっ!! 見つけちゃったぞ。」ということがあります。
この時もそうでした。
先日の写真展に出した素敵な女性たちもその時々に「見つけちゃった」人たちではありましたが、特に「節」になるような人が、数人います。
多分この人も後に振り替えれば「節」だった人になるに違いないと予感しています。

先日の写真の中の女性たちの多くは20歳代半ばまでの人でした。 多分。
それで30歳代40歳代の人は?ということが常に頭にありました。
それがなかなか「これはという人」に、わずかにしか出会うことができなかったのですね。

とにかく私の前に現れない。現れてもハードルが高い。
結婚し、子供を産み育て、家事をし、そして仕事もこなしている。さらにその間隙をぬって?楽しい趣味も充実させているなんて活発な人は、私の目の前を風のように横ぎっていくことはあっても瞬時も立ち止まらないのです。

そして結婚すると女性自身の意識も変わったり変えられたりすることが多いのです。
先日も、撮るには撮ったけれど夫君の意識の壁にあって敢え無くなんてことがありました。男性の女性に対する支配意識も相当なものですからね。またそれを喜んで内面化している女性も少なくない、というかとても多い。従属することを幸せと読み替えている人も少なくないのです。
ですから、難しい。
・・・旧統一協会の女性観、家庭観(≒自民党などのそれ)が批判されても、ジェンダー平等の意識が進まないのは、案外多くの(若い)男女が旧来のジャンダー意識に埋没したままでいるからなんですよね。
まあ、そ言いうことはまたおいおい考えるとして・・・。
実は、最初に伺った時にはソニーα99にミノルタの85ミリ、50ミリをリュックに入れていたのです。
私にとってα99は使いにくいカメラで、その点はちょっと難があるけれど、色の心配はしなくていいしレンズはミノルタだしと高をくくっていたのですが、案に相違してホワイトバランスも良くないしAFも迷う。 まあ、それは私が使い方を忘れてしまっていたからなのです。…というのもD850に慣れよう慣れようとした成果?でもあるんでしょうが。

それで、失礼かなと思ったのですが翌日にカメラとレンズを取り換えておっとりカメラでお訪ねしたのです。
チャンスの後頭部は剥げているので、この時に良い写真を手にしておかなければと。
幸い快く受け止めていただけて。
色の具合から言うと初めの二枚がいいのですが、やはり暖色に振れますね、ニコンは。

この方は、現在はイラストレーターをされていてなんとお店の壁画も手掛けるなど多方面に活躍されているようです。
初対面の時といい、この日と言い、ファッションセンスの良さが光ります。なるほどと思いました。それは拭くだけではなくマニキュアなども含めてですが、私はファッションセスの良い人が好みなんですよね。
- 2022/12/03(土) 00:00:05|
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