春に撮るのと、秋に撮るのと、女性はどちらがきれいなんだろうか。
この夏は、SARES-Cov2の感染問題もあったし、この人自身の身の上に大きな変化があって、撮影に機会が得られなかった。
この人も、「8月9月に撮れなかったのはとても残念だ。」と思ってくれている。そこに「何をどう撮りたいか」という考えを共有していてくれていることが感じられる。

夏に撮るのと冬に撮るのとでは女性はどちらがきれいなのだろうか。
秋になると少しずつ服を重ねるようになる。
するとその服にその人の好みや性格が浮き出てくる。
服がフレームになり、化粧になるので、その人の持っていうものが浮き出てくることがある。
画面の色をコントロールすることもできるようになる。絵の具が増える。

それは魅力的な条件である反面、素の稟質を隠したり、ごまかしたりすることにもつながる。
なかなか難しい問題だ。

「若い魅力的な女性を愛でて撮っているだけの事なのに、何をそんなにごちゃごちゃと屁理屈をこねるのだ。」と
言う人がいるだろうことは想像するに難くない。
何か後ろめたいから合理化したいのだろうという人がいてもおかしくない。
だが、 9×9のマスの中に40枚の駒を置いて、お互い生涯をかけてやりとりする将棋の世界にさえ❓りする、全宇宙・人生の根源を考察するくらいの世界が広がっている。

写真を撮ることを通じて、こうして森羅万象に通じる色々なことに気が付いたり、愚考したりする機会が得られるということは、実に有難いことだと思う。
それでこそ趣味というものだし、他人に恥じない道楽というものだ。

そもそも石本正という優れた画家の労作・仕事と、私の手慰みを同列にしてものを考えているところに間違いはあるものの、同じ人間のすることなのだから何か触発されて発奮するくらいの事はあってもいいだろう。

そしてそれもこれも写真を撮っていればこそ発送できることなのだから、私にとって写真は、文字通り、ありがたいものだというほかない。
そして、私の写真が「人を撮る」ものである以上、写されてくれる人に対しては感謝の言葉よりほかにない。
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- 2020/11/30(月) 00:00:52|
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石本正という画家がおられた。 2015年に逝去されている。1920年生まれ。
日本画家として多数の裸婦を描いている。
京都信用金庫の美術館はこれまでこの石本氏の作品を何度も展示してきた。 それで縁のなかった私も彼の絵を見るようになった。

見初めて当初は彼の裸婦が気に入らなかった。むしろ嫌悪していた節もある。
なぜそこまであからさまなのだという気がしていた。

しかし、見るごとに惹かれてきていて、今では石本氏の1970年以降に描かれた裸婦のように充実した女性像を撮りたいと思うようになった。
しかし、裸婦は絵に描くのと写真で撮るのとでは大きな隔たりがあるように思えて、撮る機会を得ていない。

これまで見てきた多くのヌード写真を肯定的に評価できないということも原因している。
ヌードを撮る私の気持ちの必然性もはっきりしない。
というか、どうして撮ったらいいのかとか、何が撮りたいのかがはっきりしないということもある。

はっきりしないということと撮りたい何かがないという事とは同じことではない。
何かがあるけれども言語的にも形象的にも自分で明確にできないということだ。 だから、一歩も先には進まない。

多分、撮ればそれが明確化してくると思う。
ただ、撮ってそれを明確化する意味があるかどうか、そのこと自体に確信が持てないので、撮らないということもある。
撮ってどうするんだということもまた大問題。 それはこうして撮っていることにも通じるのだが。
というより、そもそも撮る条件がないということが決定的な制約ではある。

着衣ではなぜいけないのか、そこに自分がしたいことの制約を本当に感じているのかということが、これもまたそもそも的に問題になる。
裸を撮れば、何かすごいことをしたように・・・・実際世間的には、大きなことだろうけれども…思う空気にも抵抗を感じるし。
でも、石本氏の裸婦を見ていると、自分も人をこういう熱量で形象化してみたいなあと思わないことはないのだ。
などと、秋の日の夜に、少し温めた酒を飲んで、酔いが回るのに任せて幻想してみる。
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- 2020/11/29(日) 00:00:39|
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若者っていいなあと思うのはこんな時でもありますね。
川のほとりのと言えばロマンチックですがここは大きな橋の下で薄暗く、冷たい水がすぐ横を流れています。
コンクリートに座れば冷たいでしょう。 そんな場所でもお構いなしに練習できる情熱ですよね、羨ましいのは。

人の目もあらばこそです。これもいい。
こんなことのできる若さこそ失いたくないですね。

「若者」を「バカ者」と言ったり「若さ」を「バカさ」と言って揶揄する人もいますが、私はこういうバカさが大好きです。
私がたまに人目があっても、地面やコンクリートの堤に腹ばいになって撮ることがあるのは、かっこつけてるというより私の中のバカさを失わないためなんです。

バカでなければ自分の常識や良識や惰性に凝り固まって楽しさを失ってしまいます。そうなれば写真もまた面白いものが撮れないでしょう。
旧世代に泥み切ってしまうまでの青年が魅力的なのは、破れているからです。

年をとってまで破れているのは愚かでみっともないという考えもありましょう。
けれど世の中、世間に折り合いをつけてだけ生きていくなんてつまらないじゃないですか。世の中や世間がロクなものじゃない場合はなおさらです。
「少年よ 大志を抱け!」ではなくて、やはりよりましな訳は「少年よ 野心家たれ。」でしょう。
勿論、「少年」に「少女」も含むということで。 年少者よ 野心家たれ 常識を疑え
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- 2020/11/28(土) 00:00:02|
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まあ何とこんなところで・・・・。
予想していませんでしたね。 ギターの練習をする人は良くいますし、自分のCDを並べてマイクをたてて歌う人も時に這いましたが、ファゴットとオーボエとは。

もっとずっと上流ではこうした姿を見るのはまれではないのですが、ここでねぇ、と思って自転車を停めました。

オーボエは胡坐をかき、ファゴットはコンクリートの上に正座しての練習です。
その姿も、なんとも不可思議というか奇妙というか。
それでその面白さもあって・・・・こういう常識をちょっと踏み出した人が私は好きなんですね・・・・声をかけました。

するとオーボエ君が「蒼樹さんでしょ?! そうですよね。」と。
「えっ? 君はどこかで撮らせてもらった人かなぁ。・・・・・???」
「はい、琵琶湖の・・・・・。」 「あっ! えっ?! あの時の。」
「はい、○○です。」 思い出しました、琵琶湖畔で美声を聞かせてくれた、そうあの青年でした。
その時には無論オーボエの演奏も。

ファゴット君は「初めまして。」なんですが、「ぼくは○○先生の弟子なんです。」
その○○先生なる人は先ほどの琵琶湖岸での演奏会などで何度もお話しし写真を撮り一緒に会食に参加した魅力的な女性ファゴット奏者でした。
ということは君も・・・・なんだね。

アルバイトの時間まで、少しの時間も見つけての練習だそうです。
なるほどなあ、彼らが如何に打ち込んでいるかよく分かります。
この姿を○○先生に見せてやりたいものです。あなたの弟子はこんなに一生懸命練習していますよ、とね。
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- 2020/11/27(金) 00:00:27|
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例年の今頃はカエデの紅葉の見ごろもようやくピークを越えて、枯れ枝の目立つ晩秋ですね。
というより初冬の空気を感じるころです。
でも、1月2月に比べれば12月の寒さはまだ「かわいい」くらいのものです。

芸術の秋に音楽はつきものですが、この人はピアノが弾けるそうです。
そういえば綺麗で長い手指をしています。

こういうポーズが似合いますね。

手の甲まで入れるべきでした。

敢えて影を入れて全体も暗めにしてちょっと物思い気になりましたか?

撮影日の事等をメールでやり取りしましたが、文章に聡明さを感じました。
そして昔で言う「育ちの良さ」ですね。

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- 2020/11/26(木) 00:00:31|
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見せていただいているブログでも、交流しているFBでも「紅葉」の季節が溢れていますね。
そんな中で私はというと・・・・やはり秋の中で、です。

この日のこの人の服装は、本人曰く「ピアノのレッスンに行くときの服装」だそうです。
芸術の秋に相応しい。

着て来ていただく服については多少の注文をすることはありますが、今回は何も言っていません。
他の人の場合も、おおむねご本人任せです。
何度も撮ってきた人には幾分踏み込んだ注文をお願いすることはありますが。

「持ってればの話だけどね。・・・・、あのね。」
この次に撮るときには「ちょっとオシャレをしようかな。」

それもこれもご自身の姿ですから、わたしはOKです。
今度は多分とても寒い時期になるでしょうから、是非、厚手のストールを巻いてきてくださいね。
なんてちゃんと注文を付けています。

ある人にお会いして写真を撮らせていただくチャンスなどというのはとても少ないのですし、まして二度三度と撮らせていただくなどということは稀なんですから。心して撮らねばなりません。

私の写真は「一期一会」の集積です。
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- 2020/11/25(水) 00:00:17|
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桜の頃やもみじの季節になると決まって言われるのが「いい季節になりましたねぇ。写真を撮りにお出かけになるには絶好ですね。」
そうですねぇ、確かにいい季節です。 もし素敵な人が一緒に撮り歩きにお付き合いくだされば・・・・ですが。

それが私にとってはほとんど必要にして不可欠な条件です。
勿論、風景も撮りはしますが、それはもうほぼFBのためにだけです。
私にとってはこういう方がいてこその春であり、秋なんですね。極端に言えば・・・。

「酒なくて何の己が桜かな 」なんて言う人もいるじゃないですか。

「素敵な人」はこれまでもたくさんいましたが、この人もまた「あ、見つけちゃったなあ!」と思わずご本人に言ってしまった位な人です。
私の写真史に残るでしょうね。
「どうしてOKしてくれたんですか?」なんて失礼なことを聞いてしまいました。

まあ、そのカギは「精神的自立・自律」でしょうね。

自分の言動について自分自身に責任が負える、そういう精神が育っている方なんでしょうね。
鴨川で楽器練習をしている人たちで「いいですよ。」と言ってくれる方の多くからもそれを感じます。
そして自分にも社会にも好奇心が豊か。

私はこういう人に出会うと、その人の魅力のままに撮れればいいなあと思います。
そう思うと、やっぱり高校時代から一歩も前進していないのかもしれません。

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- 2020/11/24(火) 00:00:42|
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この人はマルチタレントですね。
トランペット、トロンボーン、チューバ、フルート・・・・。
今日はトランペットでした。

ライカのM10は100万円近くするようです。
フジでもソニーでも白黒に特化したカメラを出してくれませんか。徹底してフィルム写真のトーンを再現したカメラを。
出してほしいなあ。

無論、カラーとの併用でもいいですが、とにかく白黒の諧調表現を飛躍的に上げてほしい。

連射速度は高くなくていいし、オートフォーカスもあまり急がなくていい。 画素数は2000万越えくらいでいい。
バリアングルだとかチルトだとかはまあ、無くても全然かまわない。 動画撮影機能もいりません。
ただファインダーは視野率100%のOVFで是非ともお願いします。
こんなカメラをつくったら売れなくて高くなるでしょうねぇ。
それでフジのカメラに期待してるんです。でもフルサイズを出さないでしょうしねえ。

妻は「弘法は・・・・」というんですけどね。
弘法じゃないわが身としては・・。
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- 2020/11/23(月) 00:00:45|
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こんなオープンスペースでコントラバス?!
私の狭い「常識」ではちょっとあり得ない感じです。それは先日の写真でも同じでしたが、電気バスでしたから、まあこういうこともあるかなと。

でも彼は、「カントリーな楽曲を演奏するので、普通の事です。」とのことでした。
もうじき他のメンバーも来るはずだというのですがなかなか現れる気配がありません。

でもせっかくなので先ほどまでの練習を続けてもらって撮ります。
演奏の中でベースの音があるかどうかは大きな違いですね。 音の形作る空間の厚みが違います。

ようやくお一人の仲間が現れました。
これはマンドリンなんでしょうか。


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- 2020/11/22(日) 00:00:49|
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ギャラリーで絵や写真を見るときにマスクをしていると集中が続かない。
職人さんにはそういうことはないのだろうか。
マスクをつけるとそうでない場合より空気の取り込み、すなわち酸素の取り込みも何パーセントかは落ちるだろうし脳が酸素を求めて「マスクを外して呼吸せよ!」というのではないかと思うのですが。

西村康稔・経済再生相がGo To キャンペーンに関して、このキャンペーンと感染の広がりとの関係をぼかしながら「Go Toキャンペンを利用するかどうかは国民の判断」だと言ってのけた。
この政策が感染を広げていると思えば国民がこれを利用しなければよいのだということは、一面その通りなので会って、西村康稔・経済再生相の言うのは実にもっともなことだ。ただただ国民が愚かだというだけのことで、政府が失政をしようが悪政を施そうが国民がそれに乗らねば何の問題もない。 結局は国民の責任だ。
・・・・ということで、良いのですね? 西村康稔・経済再生相。

木材には固いものがあれば柔らかいものがある。
緻密に詰んでいるものがあると思えば組織が粗いものがある。
それで道具とともに削り方も様々です。

「撮影してもいいですか?」と声をかけると「何をいまさら。」といった表情でした。
以前、撮らせていただいていますし、話もいろいろト伺ったことがあるからです。

それにしても実によく切れる。
手入れがいいでしょうねぇ。

カメラの場合は埃を払ったり拭くぐらいしかメンテナンスのやりようがありませんが、私は道具の可愛がり様が足りないようです。
メインカメラの反抗期です。 同じモデルの先代がついにギブアップする前の症状に似ているのが不気味です。
わたしにとってはα900が最適解なので、これが壊れると本当にどうして良いのかわからなくなります。

それで、時々「休ませる・・・・ことにどんな意味があるのかわかりませんが」ために他のボディを持ち出しますが、ストレスフルなことこの上ないです。
- 2020/11/21(土) 00:00:37|
- 工芸
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先日高校時代の友人から電話があって長い時間話しました。
彼が電話をくれたのは、彼のところに高校の同窓会名簿が届いたからでした。
私は発行の度に届く申込書に「申し込む」に印をつけて返信することはありませんでした。
最近需要は減ってきているようです。ことに若い世代には求める人が少ないようです。

彼が電話口で私たちの学年の物故者の名を読み上げてくれました。
約一割が他界していることになります。
「あいつが?!・・・。えっ?彼もか。」
名を聞いても即座には思い出せない者もいました。

物故者の他に連絡先が不明になっているものも多数いるようでした。
私はどうやら「行方不明者」ではないようです。

この二人のように高校や大学で親しく付き合った者同士もやがて遠く離れます。
離れても音信が続く者もあれば、やがて年賀状さえ返ってくるものも出てきます。
だからこそ、昔同じ時を過ごした仲間を取り戻したい衝動も生まれるのでしょうね。 自身にあの時が確かにあったのだということを確認したくて、そしてあそこからここまでの道をたどりたくて。

私がこの二人を光に包んで撮りたかったのはそんなセンチメントの所為だったかもしれません。

電話をくれた彼はまだしも地元に暮らしていますから、いくらかの同級生との交流は保たれていますが、郷里を離れた私などは彼を含めても二人だけが友人として繋がっているばかりです。
- 2020/11/20(金) 00:00:05|
- 音楽
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「練習中に悪いんだけど・・・・・。」
「はい。」
「今ここはとても光の状態が良くて・・・・。」
「あ、僕たち動いた方がいいですか?」

「いや、そうじゃなくて君たちがとてもいい光の中にいるので、撮らせてほしいんだけど。」
「ぼくたちが被写体になるんですか?・・・・・・う~ん、別にいいんですけど。どう?」「うん、いいですよ。」
「ありがとう。それじゃあ少しの間。」 という訳で。
私が写真を撮るのに自分たちが場所を譲ろうとするこの気持ちの働き。こういう青年がいるんです。
人のすることをリスペクトできる、こういうことができなくなっている世の動きを見ているので、なお感心します。

それでは、お言葉に甘えて。

冬至まで一か月ほどですから、日が傾くのも早いわけで、こういう写真を楽しむことができます。
1600万画素の実力です。

何が実力かわかりませんが。
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- 2020/11/19(木) 00:00:51|
- 音楽
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今日のカメラ5DはISOが1600までしかありません。
今どきのカメラから見れば、恐ろしく高感度性能が低いですね。
それでもフィルムではとても困難なこうした状況で、撮れることは撮れます。

しかもレンズはF3.5-F4.0で、暗い! それをたまたまこんな時に持ってきてしまったんですね。
でもこのレンズもピタリといくと写りが実にいいんです。
ピントが合ったところは鮮明に写るんですがカリカリしないんです。 そこがいい!!

奥さんにはレコードを交換するときに背後から撮らせてくださいね、とお願いしていました。
この方かつてはゼンザブロニカの愛用者だったそうです。
おやまあ、これは大変だ。
おかしなことは言えません。
それだけに?一も二もなくOKしてくれました。
そして外出からお帰りになった御主人に「近々モデルの子を連れて休憩に来たら、お店の中で何枚か撮らせてもらえますか?」とお訊ねすると、「どうぞ、構わないよ。」と。
懐が深い。

昔はこの辺りまで京大の学生や先生たちでにぎわっていたのです。
でも今は皆が個々にイヤフォーンで聞く時代ですからね。
コーヒーを注文して、やがて冷凍庫から豆の袋を取り出して、ミルにかけて粉に引き、予めフィルターを施してある一人用のドリッパーに、4回に分けて静かに湯を注ぐという、 この待ち時間をも楽しむのも喫茶店の良いところです。
部屋の飾りや空気感を味わいながら香りを楽しんで一口・・・・、フッと息を吐く。
注文したらすぐにドリッパーのスイッチを入れてプラスチックの容器にぽたぽたとドリップが始まる、そして間もなくさッと差し出されるコーヒー。まあそれもいいんでしょうけど、私はこちらが好みです。

そんなことをお話しすると「今時、そう言ってくれるお客さんはまれですよ。」と。

このお店はオーディオマニアにはよく知られたお店ですし、京都で学生時代を送った人にも知られた店らしいです。
それにTVの2時間ドラマなどでよく使われているともききました。 そういうことに全く疎い私です。

こういうお店のような味のある写真を撮りたいなあと思う事でした。
- 2020/11/18(水) 00:00:01|
- お店
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ロケハンの途中です。
最近は滅多に喫茶店に入りません。
こんな店で撮れたらなあという思いと、久しぶりにjazzを聞きながらコーヒーを飲もうかなという気分が起こって、入店しました。

スピーカーはVitavox Klipschorn だそうです。 とても良い音がします。
尖らず、でも眠くない、立ち上がりの良い音です(個人の感想です。)。
もっともオーディオはスピーカーだけじゃないですからね。 アンプもターンテーブルも…ライン、電柱から変圧器までいきますか。
レンズはバリオゾナーです。

ターンテーブルは二台です。

奥の壁全体がレコード棚になっていて、いったい何千枚のレコードだろうかと思います。いや万余のレコードでしょう。
CDもぎっしりとあります。
お店の50年の歴史を感じさせます。

感心するのがカウンターを初め奥のコーナーまで実に清潔に掃除され整えられていることです。

ホット・コーヒーをお願いしました。 11月のコーヒーというのがありましたが、普段のものを。
お湯の温度管理をしながら(つまり湯沸かしのポットに温度計を差し込んで)4回に分けて細く静かに、今挽いたばかりのフィルターの粉にお湯を注ぎます。
苦みのしっかりした、けれどしばらくすると舌にわずかな甘みが湧いてくるような、上質の味です。

コーヒーカップもお客さんを見て選ばれています。
なるほどこれが私のためにチョイスされたものか。いい目をされているなあと思いました。
- 2020/11/17(火) 00:00:11|
- お店
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街を歩くといたるところで写真を撮っている姿を見かけます。
それも携帯端末で。 レンズが三つもついたようなものが売られているんですね。 広角、標準、望遠がそろっているのでしょうか。
最近はボケもうまく出せるそうです。
写真人口はずいぶん多いんでしょうね。

若い人に聞くと自分自身の撮ったモノばかりではなくて、友人からもらった写真なども携帯端末にたくさん記録されていて何千枚あるかわからないそうです。

私が高校生の頃、ある先生に「写真に撮るな、自身の目で観なさい。」と言われました。
なるほど撮影に夢中で実際の景色なり、モノをよく見ていないことがありますね。撮れば何だか見たような、経験したような錯覚に陥る。

私はファインダーを覗いて撮るのですが、撮る前に対象になる人をよく見ているつもりで、実はファインダーの中でしか見ていないのではないかと思うことがあります。
そしてモニターの中のこの人を見る。

せっかく「素敵な人でしょ?!』と人に自慢するほどの人を目の前にしながら、案外この目では見ていないのかもしれないなあと思うことがあります。
光の方向や明るさ、暗さ。脚の伸び方や指の形。頭の傾き方や顔の向き。そういう視点で観てはいてもその人を見ていないのではないかと。

「その人『で』撮る写真」ではなくて、「その人『を』撮る写真」も忘れないようにしないといけないなあと、ふと思う今日この頃です。
- 2020/11/16(月) 00:00:05|
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オープンスペースではなくて、屋根があり広い開口部がある場所は色々な光のニュアンスを付けて撮ることができます。
それが南向きの窓でなければなおよろしい。 光が強すぎないですからね。

その光をより意識できるのは白黒で撮る場合ですね。
色に目を奪われないだけ、撮りたいものがなんであるかを絞って撮ることができます。

カラーで撮ると、この人のきれいな肌の色にどぎまぎするような生々しさが出過ぎてしまうことがあります。
その点、白黒は、それを削って落ち着かせてくれます。
それでいて光の滑らかな反射でこの人が若くて健康なきれいな肌をしていることを教えてくれます。

私はこれくらいの若い女性が当然持つエロチックな面を表現したいとは思いますが、あまりに生々しくて下卑た感じになるのは嫌なのでできるだけ優しくいくらか暗めの光を選びます。あるいは肌を白く飛ばしてしまいます。

私はメイクもがんばってしてるというのは嫌いなので、そういう人はそもそも選びません。声をかけません。ゲ・ン・ソ・ク・ト・シ・テ。

それにしても初めて会った時に比べると随分大人びてきたなあ。
と、いうのもおかしいですが。 あれから3年余が過ぎているのですから、当然ですね。
- 2020/11/15(日) 00:00:51|
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前に撮ったのはいつの頃でしたか。
前回の個展では会場入り口の上に二階から大きなタペストリーを垂らしたのですが、それにはこの人の写真を使いました。
部屋の中の写真にも展示しましたが、このタペストリーは多くの人の目に留まったと思います。

髪が胸のあたりまで伸びましたね。
この髪は画面作りに貢献します。 フレーム効果ですね。 それに髪に艶やしなりがあるとその人の健康であることがイメージできていい感じです。
この人の身長は165センチをいくらか越えていますのでこれくらい伸びてもバランスがいいです。
服ともマッチして縦の流れを形成してもくれますしね。

目のくりっとした人ですから1枚はこうしてキャッチライトを入れて撮りたくなります。
するとこんなにきれいな目になります。
f1.2のレンズが欲しくなります。
「ワンピースで行こうと思います。」とメールをいただいていましたが、こんな感じだとは予想していませんでした。
と言ってもただそれは私が女性の服について知識がないだけの事ですが。そして事前の私の希望をちゃんと入れてくれていました。

たまにネット上で「ポートレート写真」を見ることがありますが・・・・ことに日本の人がアップしている写真の場合・・・そこに写されてている女性の選んだ服や化粧がとても悪趣味なことが少なくありません。
撮影者もそれを良しとしているのでしょうか。
人それぞれの好みだ、と言ってしまえばそれだけの事ではあるのですが。
その点わたしは助かります。

それで思い出すのが、ずっと昔の先輩同僚の事。
その人は熱心に写真を撮っていて、とても良い作品がいくつもありました。沖縄の海岸のサンゴ礁の潮だまりに子供が使う魚とり用の網が忘れられているという写真など実に素敵でした。
その人はモデルを連れて沖縄まで撮影に行っていたようです。それに先立ってモデルをする人を連れて買い物に行くんです。そしてこれを着てほしいという服を選んで買い求めるのですが、撮影後はその服をプレゼントしているんだとか。
私たちの賃金でそんなことができるの?と大いに驚いたことがあります。
たくさんのコンクールを「荒らして」いたようですが。

それに比べると私の場合は随分ケチな撮影者ということになりますね。
せめて昼食にデザートを付けるようにしましょうか。
- 2020/11/14(土) 00:00:29|
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このところ秋晴れの良い天候が続いていました。
たまたまこの流れの中で「個撮」をしてきました。
方や晴れてはいるんですけど「寒い」日で、他方は小春日和。 当然気持ちの高揚感は異なりますよね。

なんといっても私が撮る相手の人はプロのモデルではないわけで、こういう暖かい日差しや冷たい風に素直に反応する人たちです。
私自身がそうですしね。

ポーズや表情について指示する力がありませんから、場や状況を変えて、それによってモデルの変化を期待するのが私『流』です。
『流』なんていうほど上等なものではないのですが。
最近ある動作の中で撮るのもありだなあと思うようにもなっているんですが、なかなか実践できません。

楽器演奏を撮る場合には、むしろ、まさに動作の中で撮っているんですが、モデル撮りの時にはそうなりにくいのですね。
おそらく、ではどのような「動作」を求めたらいいのかが私に分かっていないからでしょうね。

ミュージシャンや職人さんは手の置き場所を館あげるなんてことはなくて、演奏そのもの仕事そのものの中で手がどのようにおかれるか、どういう形をとるかが必然的に決まっていることだし、私が口出しできることではないというということがあると思います。
それだけにモデル撮りは映画の監督と同じことを撮影者がするわけで、またそれを意識しないとダメだなということに今になって少しづつ気づいているわけで・・・・。
もう墓穴がそこまで近づいているのにねぇ。

私が「ポートレート」に魅力を感じて、前回の個展で、それを取り上げたのは、こんなことを薄々感じていたからではないかと思うのです。
ドキュメンタリー・フォトの楽しさと、ポートレート・フォトの楽しさ。同じように写真撮影ではあっても、ずいぶん違うジャンルだという気がします。
えっ今頃?!
- 2020/11/13(金) 00:00:42|
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このところ鴨川で多数のミュージシャンの姿を見ます。
どうも某大学のオケの人があちこちで練習をしているせいもあるようですが、それだけではなさそうです。
朱色の服の方、ギターの方は以前撮らせていただいたことのある人です。

ベースギターの女性の方が、ずいぶん好意的に撮影をOKしてくださいましたので・・・。
ヴォーカルもされます。

この背後の少しいった所では、かなり気合の入った音響機材を並べて、二人の若い女性ヴァーカル+バックバンドの演奏がされています。
ちょっと鴨川河川敷ではやり過ぎてるなあという感じです。 許可問題やら騒音問題でやらで当局が出張ってくるとまたこういう練習やパフォーマンスがしにくくなりますねぇ。楽しみにしている人もいるのです。

そこら辺の塩梅を見てやらないと他のミュージシャンやパフォーマーなどにも迷惑をかけます。
分ってるのかなあという・・・感じ・。
こちらもアンプを持っていますが音量は慣れたものです。
常連さんですからね。

それにしてもベースというのは派手さはなくとも実にいい仕事をしますね。
ギターだけとは雲泥の世界を作ります。

ギターの音自体を変えてくるような印象です。
なんでも並ぶものによって見え方聞こえ方が違ってきますね。
それはモデル撮りのモデルと撮影者との関係でも同じです。・・・かな。

「写真撮られてると、集中して聞かれているようで、こっちの気持ちも入る気がするわ。」
撮影者はよき聞き手でもあらねば・・・と。
- 2020/11/12(木) 00:00:42|
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撮影開始からかれこれ1時間半が過ぎました。 撮影時間が過ぎるのはあっという間です。
遠足の日まで、まだかまだか、あと三日、あと一日と心待ちにしてきたのに、当日が来れば、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った、あれと同じですね。
演劇やコンサートの本番も同じです。

仲良しのお二人はこれから久しぶりのお楽しみ時間です。
すでに人気カフェを予約してあるんだそうです。今どきですなあ。
ご覧のようにこの時はまだ背後のもみじは緑のままです。
他には色づいたものも散見されますが。

街歩き撮影はこんなこともするんですよと、私の注文。

もう少し向こうに行くと、この辺りは「中国・韓国の観光者のエチケットがすごく悪くて」撮影も禁止されたところ。
でも、そういう悪いエチケット・・・例えばごみのポイ捨てや私有地に入り込んでの撮影、芸子・舞妓の無遠慮な撮影などなど・・・は前からあったし、外国人観光客が居なくなって、実は誰がやっていたのかも明らかになりました。(中国の人のエチケットもまた日本人としては困りものということは往々ありましたが。)今、高瀬川のごみなどはひどいものです。
今や「かの中国人観光客」を心街にしている観光都市京都。 ご都合主義もいいところ。

撮影禁止も「禁止」ではなくなりました。やんわりと行過ぎにはご注意をくらいです。
この人の仕草、感じがいいでしょ?!

密を避けての撮影です。
マスクはしたくありませんからね。

さあ、そろそろ撮影時間はお終いです。
お疲れさまでした。
- 2020/11/11(水) 00:00:01|
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ある人の撮影予定日が雨降りになりそうだったので、雨の日用のロケハンに出かけました。
鉄道の地下通路や、建物の中の撮影「可」の場所探し。
商店街のアーケード下の思わぬ場所、路地の入口に意外に良い場所があるのです。

そんなハンティングの最中に、オシャレな販売店ばかりが並ぶ中、店の奥の小部屋でなにやら制作中」の姿を見つけました。
あちこちの販売スタッフも大いに気になるのですが、こうした手作り仕事を見ると「撮りたい病」がにわかに発症するのです。

店の中に入って行ってお話を伺いました。
オーダーメードの眼鏡店だそうです。
入り口付近は洋酒パブ風で、カウンターがあります。
こういう、私の知らない業態はがいろいろなところに見られますね。
喫茶店で、中古のギター販売をしているお店とか。

フレームの金属は何やら特殊なもので随分軽いものです。
そのフレームのデザインをしてレンズの方を決めて、その型金を作ります。
お客さん一人一人から丁寧に希望やその方の特性を引き出して注文内容を確定していくのです。その時このバーが役に立つのですね。

私が撮影をお願いすると喜んで応じてくれました。
ロケハンをしていることもお話して、ひょっとすると「モデル」を連れてこの辺にまた来るかもしれないというと、今日のことを店のゼ全スタッフと情報を共有しておきますとのこと。
この人自身はたまたまこの京都店にいるけれど、普段は神戸にいるんだとか。

お店には販売スタッフもいて、その型も出て来てくれたのです。
そこで、その型にも撮影をお願いすればいいのに、そこに思いが到らないところが、本当に私の弱いところです。
ここから1分か2分離れたあたりで、「あっ、しまった!」と気づくのがいつものパターンです。
こうして見ず知らずの人に話しかける、不相応な店に一歩入りこむことに、深いところで大きな抵抗を感じているので、つい早々に立ち去りたいという心理となって私を追い立てるのだろうと分析しているのです、が。

この雨の日対策のロケハンが役に立つ日が来るのでしょうか。
- 2020/11/10(火) 00:00:53|
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11月に入り京都の木々の葉も色づいてきました。
嵐山も秋の気配を濃くしています。
この辺りは東山の麓ですが、やはり、あちこちに黄や朱が見えるようになっています。
ただ、たまたまこの辺りには常緑樹が多いのです。

人を撮っていて思うのですが、外見を作る要素は一つの条件として、その人の人品骨柄というものが、どうしても画面に影響します。 表情となったり仕草・姿勢となってです。
よほど熟練の役者ならば演じ分けるでしょうが、私がお願いするような「初めまして、撮らせていただけますか?」と「一般の方」に声をかけるようなやり方では、付け焼刃的な「振り」はレンズの前では通用しないと思います。
第一、振りなどしないでしょうしね。

それは撮る側にも言えることです。
撮る側の要求が声に、言葉に、仕草・態度にいやおうなしに出てしまします。

そしてだから写真にも出るという事ですよね。 そこが恐い!!
いや、とても恐ろしくてやっていられない、と思う誠実な方もおられるでしょう。
私の協力者の一人が「私のインスタグラムを見て撮らせてと言ってくる人がいるのですが、その人の写真を見ると、いやだなという感じが見えてしまうので、大概は断ります。」と言っていました。

そうなると道学者しか撮れないということになってしまいますから困りますね、私としては。
多分そういう事じゃないと思うんです。 じゃあどういうこと? 分かりません。 でも私が自縄自縛になって「撮れない」という結論にならないように、一所懸命考えましょう。 理屈と膏薬はどこにでもくっつくというじゃありませんか。ね、橋下さん、菅さん。
- 2020/11/09(月) 00:00:20|
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着物と言ったら「着る物≒衣服」でしょうから、私には着物=和服という式には抵抗感があるのです。
もっとも広辞苑では②の意味として「和服の称」とありますし、世間一般では着物=和服ですが。

これまで撮らせていただいた方の人数を記録しているのですが、男性が900人となりました。
「900!!」 ずいぶん多くなったなあと感じました。
この「900」よりも「1001」いう数字にインパクトを感じないのは何故なんでしょうかね。
私の愛用カメラがα900。何の関係もありませんね。
ちなみに女性は762人。 約8%の差があります。 その差はじわじわと広がっています。
世の中女性の人口の方が多いのに、変ですねぇ。(こういう男女二元論はどうすれば越えられるんでしょうねぇ)

こういう少しはにかんだような笑顔は、まだとり始めたばかりのころに浮かぶ貴重な❓表情ですね。

この疏水の付近は写真を撮ろうとする人が多いばかりか、タクシーや地元の車の抜け道になっていて、案外交通量が多いのです。
道は狭いですから「モデル」さんに気を付けていてもらわないと撮影者の私が交通の障害になったり自己のもとになりかねません。
それに、疏水に落ちそうです。

この道の情景や近くに古川町商店街、女子中高大があることなどを考えれば、・・・抜け道として便利なことも理解できますが、 ・・・車の通行を自粛してほしいですね。

直射日光がきついので柳の木の下に入ってもらっての撮影です。

柳は高瀬川の岸などにもたくさん植えられていましたが、ずいぶん減りましたね。
ただ切るだけではなくてやはり柳を植え続けてほしいなあと思います。桜などの方が観光的には良いんだろうと思いますが、そういう発想が街を落ち着かないモノに変えて、日本の情緒を浮薄なモノにします。
さて、時間がどんどん過ぎていきます。
場所を移しましょう。
- 2020/11/08(日) 00:00:53|
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友達と一緒に和服を着るので「撮ってくれませんか?」かとメールをいただきました。
私のブログやフェイスブック、ひょっとしたら個展での公開を受け入れていただけますかということなどを条件にして・・・・「あなたのポートレート写真を撮りませんか?」の条件のつまみ食いですね。撮影料は頂きません。モデル料はお支払いしませんも一緒です。・・・・喜んでお受けしました。

このところ京都市内で和服姿の若い女性の二人連れをよく見かけると少し前に書きましたが、まさにそれですね。
お二人はマスク着用にも心配りをしながら、他の人たちとの距離を十分に保ちながらの撮影です。
私もマスクをしていたんではファインダーが曇ってとても撮れませんから、距離を保っての撮影です。

事前に「京都での」撮影を意識しますか、それとも「着物姿」の私を意識してとりますかとお訊ねしましたが、期待通り後者でした。
ただお友達は遠方からの来訪ですから、久々の友好暖めと同時に美味しいものも食べに行きたいからと予定がタイトです。それで私の「撮りたい病」からくる最大限綱領は退けられて、約2時間の撮影です。

街でよく見かける若い人の選んだ着物は、もう一つ二つだなあ、それ何とかならないのという印象のものが多いんです。それに、着こなしも・・・・なれないということは大いに同情するけれど・・・見てられないなあと言うことが少なくありません。
ですから、「着物姿だから声をかけて撮らせてもらおう。」などと思うことはあまり多くはないのです。
その点、さすがでした。

このお二人も同じことを意識されていたようです。
あまりポーズなどについて注文を出すと、それでなくとも初対面で撮る写真がぎこちなくなります。ですから、できるだけ注文を控えます。仲良し同士の会話、やり取りで気持ちがほぐれることが最優先です。

薄紫の着物の人を私がある写真展会場で見つけたのが事の起こりです。
そして私の個展にも来てくれました。
少しお話を伺うと、見知らぬ人間から突然「写真を撮らせてもらえますか?」と言われて二ツ返事で承諾するような「育ち」の人ではなかったようです。

それが画面位もよく表れているように思います。
今度、そのあたりの、つまり引き受けてくれた心理を聞いてみたいと思います。
卒業が近づいているということや来春には実家を離れて遠方に就職するということなどが背景にあるのじゃないかと推測はして見るんですけど。
- 2020/11/07(土) 00:00:20|
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欧米ではSARES-Cov2の感染が再び拡大してロックダウンなどのかなり強い感染防止対策が採られるようになっていますね。
これから寒くなって湿度も下がると、この日本でもどうなることか心配ですね。
政府はGo Toキャンペーンを1月いっぱいまで延長させる期のようで、どうやらこのリスクを犯してでも旅行に出掛けさせたいようです。
飲み食いと旅行を税金で!

それにつけても割引やクーポン券で「より贅沢な旅行、食事を」という方向に振れて、脆弱な経営力の宿泊施設や飲食店を支援する事はすっかり忘れている国民の動向を見ると、政策のもともとの狙いよりより目先の利益で動く体質がよく分かりますね。もっとも政府自身がそうなんですから国民と政府との平仄は合っているわけですが。

大阪の「廃市構想」を巡っても同じですね。
維新などそうした目先の欲望の露骨な塊みたいなものですから。

さて、この日、ポートレートに200ミリを使ってみたいなと80-200ミリを持ち出したのですが、なかなか使う場面を見つけられなくて。
それでこの井上さんの撮影に使ってみました。
ミノルタのこの80-200はなかなかいいレンズですからね。気に入っているのです。

でも、とにかく重い! この日のように28-70とこの80-200をもったらボディーは一台に限っても思い‼のです。
何年か前まではこれにもう一台のボディーと50とか85を詰め込んでいたのですから、あの頃私は若かったのでしょうね。
でも今は、肩にめり込んで堪えます。

デジタルカメラ全盛の今ではレンズよりボディの方に関心が大きく傾いていますが、やはりレンズの果たす役割は大きいと、私は思っています。
お金がなくて安いレンズばかりの私はそれを痛切に感じるのです。
「レンズ沼」になど、はまりたくてもはまれません。

白黒だと余計にレンズの良し悪しの影響が大きいように感じています。
- 2020/11/06(金) 00:00:37|
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仲良し二人組の写真撮影を終えて帰宅しようとしているときに、見つけました。
井上正敏さん。 路上ライブです。

前は、三条大橋の下で演奏しているのを撮りました。
その写真をFB上でもアップしましたので、それを喜んでいただけました。
井上さんのおじいさんも写真好きだったらしいです。それでご自身も少し関心があるようで・・。

秋の日は午後3時ころには黄色味を帯びてきますし、傾いてきたなと感じさせます。
陽射しが傾くと写真は撮りやすいですね。
先述の仲良し二人組の時には正午を挟みましたから太陽は・・・・多少南に傾いているとはいえ・・・・真上ですから、苦戦しました。 ましてこの日はよく晴れていましたしね。

私は歩道を挟んだ反対側のベンチに腰を下ろして「写真、大丈夫ですか?」と声をかけて・・・・。
井上さんは手指でOKマーク。

上・下の写真では、カラーで撮っても色がまとまっていますからよいのですが、大方の場合カラーで撮ると・・・私の感覚としたら・・・・、どうも色が邪魔をしてなかなか思うような雰囲気を作れません。
それで、ますます白黒に傾きます。

この私のカメラでもフジの白黒のバリエーションがあればなあと思います。
カラーの時の黒もフジは濃厚ですしね。
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- 2020/11/05(木) 00:00:08|
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「秋も深まって・・・・。」
この常套句で私は高校時代のある場面を思い出します。
実際、今はもう「晩秋」になります。 晴れて陽を浴びているときには暖かくて心地いいんですが、朝晩や日陰では思わずもう一枚羽織りたくなりますね。

「秋も深まって・・・・」という出だしの文句が生徒会長に立候補しての演説に相応しいかどうか、どうでしょうね。
私の対立候補の一人として立った友人のTが、こういう「常套句」で話しだして、全校生徒がいるはずの聴衆ばかりか私たち仲間をも驚かせたのです。 わたしとと彼との間でというか、私たち仲間の間では彼が会長に、私が副会長になるという「出来レース」のつもりの選挙戦での一コマでした。対立候補はもう一人いたのですが、不遜なことに私たちの眼中にはなかったのです。そして落選するつもりの私はと言えば、聞く態度がなっていない3年生に壇上からケンカを売るような話に脱線。3年生の中では相当に評判が悪くなり、帰り道の襲撃未遂の事態にもなっていたのですが、それが1,2年生の票を集めてしまったらしく、計画に齟齬して不運にも当選。人生何が起こるかわからない。

まあ、そんな昔のことは良いとして、こんな屋外でファゴットの練習を見かけるのは珍しい?
この楽器自体が珍しいと言えば珍しいですしね。

鼻から息を吸って吹き続ける練習…でしょうか。

ファゴットもいい音です。
秋には楽器の音がよくマッチしますね。

背後からは、遠くホルンの音が風に乗って聞こえてきます。
学生が少しづつ活動を活発にし始めているようです。

今年も、あと二か月・・・・です。
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- 2020/11/04(水) 00:00:40|
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油絵です。
個展初日の昼過ぎです。
すでに何枚もの絵の下に赤いシールが貼られていますし、検討中の緑のシールも幾枚も貼られています。
すごいなあ。

私が見初めて、これいい絵だなあ、描けてるなあと感じる絵のほとんどに赤いシールが貼られています。
やはり、他の方もこの絵を評価するんだなあ。
それにしても買い手の動きの早いこと。

20年前までは・・・絵は好きではあったけれど・・・絵とは全く関係のない職業についておられたそうです。
それがしかし、こういう境地まで来られるなんてそれは素晴らしいことだと感じました。

個展のお手伝いに来ておられる女性が私に「シールの貼られていない絵の中ではどれが一番いいですか?」と難しい質問をされました。
それで「この絵はシールが貼られているどの絵よりいいなあ。」と思っていた一枚、それは鹿児島の桜島を描いたものですが、それを指さしました。

するとこの作者の方が「その絵が一番よく描けたと感じているものの一つです。それを評価してくれるのはうれしいなあ。」とおっしゃいました。
やはり、そうだったかと・・・・。
どうしてこの絵なんですかと先ほどの女性。
作者の前であまり色々評価を口にするのは憚られる場合もあるのですが、私の信条とするとせっかく見せていただいたのだから門外漢は門外漢なりの感想や印象をちゃんとお話しするのが感謝の意味を込めた礼儀と言うモノだろう、というわけで気が付いた点をお話ししました。

私が個展をしていて、あまりきちんと批評をしていただけないことに、常々残念だなあと思ってきたからですなおさらです。
写真の一番大事な点について触れる方はごくわずかですん。 二次的、三次的なことにばかりに話が及びます。
20年ですから、私の倍です。 励まされます。 私のこれからの10年に期待してもいいんだという気にさせられました。
この方の到達点、高みに届くとはとても言えないとしても、です。
- 2020/11/03(火) 00:00:54|
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秋の日のウクレレはどう聞こえるのでしょうかね。

聞くと、初めてからまだ一週間なんだそうです。
SARES-Cov2の影響かな?

写真にも興味があって一眼レフの持ち主でニコンらしいです。
今度はお会いしたら写真談義がしたいですね。

そういうこともあってでしょうか、快く撮影をOKしてくれました。
秋の陽が西に傾いています。
かなり明暗差が大きくなりますね。
でも、とても気持ちがいいです。
私の学生時代はあまり鴨川に縁がなかったのですが、それだけでも随分損をしましたね。

欧州に留学経験もあるようで、これからの人生がどう開けていくか、楽しみですね。
やはり学生の姿は眩しいです。
- 2020/11/02(月) 00:00:22|
- 音楽
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他の楽器でも、多かれ少なかれ同じことがいえるとはいえ、笛は体を使って息を吹き込むわけですから、より一層、身体的な楽器を言えるのではないかと思います。
身体は撓るように動きます。

ライカのカメラに・・・・私の感覚から言えば・・・・べらぼうに高価なのに?白黒しか撮れないカメラがありますね。
白黒専用機です。
日本の大概のカメラはカラーでも白黒でも撮れます。
ライカは何故、白黒専用機を出したのですかね。 私は個人的には少し共感するところがあります。

フジフィルムが白黒専用機を出したら買うかもしれません。
徹底的に白黒フィルムと、銀塩プリントをシュミレートしてさらにさらに精細な粒状感とグラデーションの美しい輝きのあるプリントのできるものを出してほしいです。
この写真はα900ですから10年以上も前のソニーです。

いろいろなお話を交わすことができました。
とてもきれいな目をされている方でしたから、「ポートレート写真」を撮るときのように撮らせてもらえばよかったなあと思いました。
演奏をしている人や制作をしている方たちをたくさん撮ってきましたが、こういうショットはまれですね。
- 2020/11/01(日) 00:00:43|
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