今年の京都は静かです。
この日、いく先がはっきりしていましたし、そこは、以前は大した距離とも思わなかった場所なのですが、酷く暑いし、ちょっと遠いなあと感じている時分だったので、軽いX100Fを持って出かけようとしたのです。
なのに、なぜなのか、「いや、それじゃあ後悔しそうだなあ、85ミリのついたカメラを持って行った方がいいぞ。」と体内がゾワゾワするのです。

何か「撮るチャンスがあった時に妥協して撮るつもりなのか?」と言うような声がするのです。
X100Fだっていいカメラなんだから大丈夫なのにと自分に言いながらも別のカメラを部屋に撮りに戻りました。2台態勢です。
それは「正しい判断」でしたね。

この人たちに会う前に、当初の目的地に行って「おけさほど唯物論は広がらず」をまた苦くかみしめ、芸術界も教育界も「その哲学において未だしだなあ。」と、今や諦感が勝って、大して不愉快な感情もいだかずに、その場を去ったのではありましたが・・・。
それでも意識の底に沈殿する日本の人々の知的状況に対する苦々しさは、ポコリポコリと小さな泡となって意識の表面に浮かんできてははじけるのです。嫌なにおいを放つ泡です。でも、この人たちに出会うことでそんな感触は一挙に払しょくされました。

ここ南禅寺は、全く思い付きの寄り道でした。が、
寄り道はしてみるものです。
それにしても例年に比して静かなこと。
人柄の良さを感じさせる素敵な笑顔ですねぇ。

実は水路閣ではずっと向こうまで見通すアングルで…定番すぎるのではありますが・・・撮りたいのです。
奥のアーチに一カップルずつ二組が、涼を求めてかどうか、腰を下ろしてうごきません。 動かないのです。
ご自分たちも写真を撮ったりしているのですから周囲には水路閣のロケーションで写真を撮りたい人たちが列を作って待っていることに、気づこうとすれば気付けるはずなんですが・・・・。
仕方がないので、それらのカップルが画面に入らないようにアングルを振ったのですが、そこにまた新しいカップルが闖入して腰を下ろしてしまいました。
それでこの写真です。
私はこういったところでは必ず周囲を見回して、数カット撮ったら後の人にその場を譲ることにしています。
カメラマンのマナーについて世の人々は厳しく見ていますが、何もそれはカメラマンだけの問題ではないのです。
こうした風景を楽しむ別の人の視界を想像できない人のなんと多いことか。

”ぼーっと 生きてんじゃね~よ!” と言いたいところです。
- 2020/08/31(月) 00:00:44|
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9月29日からの写真個展のために写真を選び直しています。
今年5月に計画していた写真展はSARES-Cov2に蹴とばされてしまいましたので、その時に選んで置いた写真で臨もうと思っていたのですが、ちょっとした思い付きから、「ご破算で願いまして~は」になってしまいました。
いろいろなことを同時に実現することはできないので、何をしたいのかを明らかにして優先順位を付けなくてはなりません。
何を狙い、あるいは何を基調とするかによって写真の選択や並べ方は変わるわけですから、これもいい写真だけどつぎの機会に回すしかなあいなあなどということも当然起こるわけです。
例年だとグループ展もあって、そこではまた別の趣向で写真を選ぶので、都合がよかったのです。
一時、一年に2度の個展になりかかったことがあるのですが、お金さえあればそうしたいところです。
もうそろそろ一か月前になります。近々結論を出さねばなりませんねぇ。
- 2020/08/27(木) 09:34:47|
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私もそうですが、定年退職後に、それまで強く関心を持っていたことに本格的に・・・・私の場合に本格的にと言えるかどうか、いささか疑問ですが・・・取り組む人は少なくないようですね。
この方は私よりはだいぶんお若いのですが退職後に焼き物を始めたそうです。

といっても、定年までもかなり陶芸がお好きだったそうで、それから数年というのですが相当高度なものを焼いておられます。
窯は紫香楽にあるもので焼いているそうで、窯を焚く人たちからいろいろな教えを受けているそうです。
私は陶芸に関して経験も知識もありませんが、たまたま私の好みにあたt物をに近づいて眺めていると「それに関心を示してくれる人は少ないのですが、私としてはとてもうれしい。」とおっしゃって、それから話が弾みました。

今でも傍ら仕事をされているそうですから、大変に活動のエネルギーが大きいかたですね。私にはまねできそうにありません。
椅子を進めてくれましたので「長居をすると病気が出ますが・・・・。」といって持病の撮りたい病を発症しました。
敢えていっときマスクを外してくださいましたが、私がマスクをしていればこの方に大きなリスクはないとは言いながら、なんとなく申し訳ないような心理が働いて、いつものように周囲を何度も回って撮るようなことはしませんでした。

趣のある古木をうまく使って作品を展示されていましたが、古い船材などが実によく生かされていて、焼き物と具合よく引き立て合っていました。
もう三度目の個展だそうですが、展示の仕方にもこだわりを見せて、さらにさらに目標を高く胸に秘めておられるようでした。
私も第二次5カ年計画の最後の一年を過ごしているわけですから、もうちょっと真面目にならないといけませんね。
- 2020/08/26(水) 00:00:59|
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ちょっと西の空が怪しいです。
空気が入れ替わるかな。 夕立があるかもしれません。
ここから我が家までは、少し距離がありますから、「オッと、降ってきたな。」となればずぶ濡れになります。

立ち去るタイミングが問題です。
でももう少し撮らせてもらいたい・・・の気持ちが、「立ち去りかねつ」です。

ISOを5400にしていますが、5000か、それくらいにした方がいいのかなあと思いつつ。

この人にはこれまで数回撮らせてもらっているのですが、ということはそれだけ練習も聞かせてもらっているのですが、私が聞く限りとても上手な人です。
プロではないのですが仲間と組んで演奏しているのだそうで、それでjazzライブもお店でする訳で・・・。

今日は他のパートの演奏を流しながらの練習でした。

今は様々な個があtでもすぐれた音響機器がありますから便利ですね。
- 2020/08/25(火) 00:00:57|
- 音楽
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逼塞してはいけません。
ギャラリーは閉鎖され、ホールもまた閉められています。
芸術も芸能も人と出会うことによって成立します。 人に伝えてこそ・・・・です。 なんて・・・・・。

対岸でペダルをこいていると豊かなボリュームの音が届いてきました。
橋げたが低くて音響効果が良いからでしょうか、楽器の力に驚きます。

暑いのでこの橋の下では子供たちが水遊びをしていますし、石段で昼寝している人もいます。
弁当を開いている人も。
そんなわけで周りには自転車が何台も。斯くいう私の自転車も。

このところずっとライブがないそうです。
やりたいなあという言外の気持ちが伝わります。
それはそうでしょうねえ。

私も予定通りなら今頃ファインダー倶楽部のグループ展のはずです。
5月の個展は延期し、グループ展もできません。 グループ展は京都文化博物館ですから、惜しいことです。
それで、せめてもということで室町四条というど真ん中でやることにしました。

どの分野の人たちでも「ライブをしたい。」と「欲して」いることでしょうね。
このままではギャラリーもホールも経済的にじり貧です。そうしたものが一旦失われると、おそらく容易に復活しないと思います。
お互いに知恵を出し合って支え合いたいものです。
首を引っ込めて嵐の過ぎ去るをのを待つわけにはいきませんね。
- 2020/08/24(月) 00:00:29|
- 音楽
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今日の京都盆地は晴れて気持ちの良い空です。でも確実に暑い・・・・かな? 昨夕は一時の猛烈な雨ののちに涼しい空気が流れました。早速、秋の虫の音が聞こえました。
街のプラタナスの葉が落ちているのは猛暑の所為でしょうか、それとももう秋の準備?!
我が家の葡萄も葉を茶色に枯らして一葉、二葉と落ち始めています。
内橋克人氏と佐高信氏の対談を読んだので・・・?・・・今度は「石橋湛山評論集」を三読している。 鋭い、実に鋭い、それに時流に阿らずに決然と発言している。平和論集の中に石橋湛山の巻があったはずで、それを読みたいのだけれど私の部屋はもう、ずっと以前から機能不全に陥っている。それで本を探せない。
石橋湛山の文章を読んでいたら安倍晋三氏が早晩、麻生氏に首相の地位を禅譲するのではないかという情報が入ってきた。「前門の虎、後門の狼」という言葉があるけれども国民にとっては「うんこ味のカレーと、カレー味のうんこ。食べるならどっち?」くらいの酷い選択肢だといっていいかも知れない。だからと言って石破氏ならいいというものでもない。首相問題は国民に「選択できない」のだから、なお悲惨だ。
金正恩氏の権力の一部が金与正氏に移譲されているらしいという情報があり、独裁国家ではこういうことが・・・・などと非難する人がいるけれども、安倍→麻生がそれと実質的にどれほど違うのか。 安倍政権を支持しないという人が50%前後いると各種世論調査が伝える。支持率は30%半ば。麻生氏に代わればどうかというに、今度は「ご祝儀相場」にさえならないだろう。
石橋湛山みたいな言論人、政治家を生んだ日本とは思えない今日の自公維の政治家たち。まあ、前原氏のような「限りなく維新、自民」で非民主の政治家が「野党」だ「民主」だというのだから国民の不幸は極まるというものだ。
- 2020/08/23(日) 11:23:48|
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コロナ下の
大阪モデルは
知事(おれ)守る
緊急事態入りのハードルをあらかじめ高くして置いて、これが「大阪モデル」だと鼻高々だ。それはしかし、失策や怠慢を露見させないで「まだ大丈夫。」だというための仕掛けづくり?!
誰が大丈夫なの? 大阪府民?! それとも吉村維新知事?!。
ただただ大阪都構想の投票に持ち込みたいだけじゃないの?
東京の小池知事がオリンピックをやりたいがためにSARES-Cov2を「大した問題じゃない」感をまき散らしていたのと同じ思考法じゃないのかな。
この人たちに共通するのは都府民の命や健康、営業や暮らしじゃなくて利権や大企業の儲けの機会を作ることなんだということじゃないかな。 本文と写真のイチジクの「花言葉」とは何の関係も…全く・全然・皆目・・・ありません。
- 2020/08/22(土) 15:26:57|
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今日の京都盆地は、猛暑です。何度でも洗濯物を干せそうです。今年初めて私の部屋の窓の外に葡萄の葉がわずかに茂って影を作っています。それだけでも有難い。
「安いよ、安いよ! たこ焼き一船が300円だよ。」
「こちらにどうぞ~、大出血サービス! たこ焼き一船250円だよ~ッ」
「よし、決めた!250円の方を買おう! あれ?!一船に4個しか乗っていないよ。向こうは6個乗っているのに!」
日本はとても近代国家とは言えないですね。重症患者の定義が国と地方自治体で違っていて、それを毎日、なにやら本当らしいグラフで重症患者が増えたの、減ったのと青筋たてて顔を真っ赤にして唾を飛ばしているのですから滑稽も極まれり、です。
重症患者の定義が適切なものであるかどうかについて異論があるなら、初めからきちんと専門家同士で討議して、それに基づいて共通の土俵で統計を作るべきでしょう。私は、別の定義で数字を出していましたなんて、子供や詐欺師じゃあるまいし、一人前の役人のすることではありませんし、まして「専門家」「科学者」の神庭をぶら下げているモノのすることじゃありません。
まあ、「戦略的云々」と後出しジャンケンで粉飾する政治家のあまりに科学を無視し、冒涜し、国民・都民を愚弄する態度にあきれます。もし本当に戦略的な目論見があるのならば、そもそも初めから我々はこういう意図でこのように重症者を定義しますというべきでしょう。そして、だとしても、他の府県と同じ基準で統計数字を出さなくては、統計が意味をなさないことくらい、中学を出たくらいのものには当たり前すぎることでしょう。言い訳にもなりません。
SARES-Cov2の問題では、当初から、そもそもその数字がなんであるのかを明確に定義しないままに、しかも、その数字が負っているのが現実の姿の明後日の事でしかないようなモノなのに、まことしやかに議論しているマスコミの滑稽さ、政府機関の罪深さ。
首相の「ごはん論法」が非難を浴びてきましたが、科学者、専門家、役人、政治家が寄ってたかって「ごはん論法」をやっているのです。
この国がOECDの中は勿論、途上国を含んだ国際比較でも様々なことについて埒外の水準にあることは悲しい現実ですが、こういうことを見ると、何かあきらめにも似た感情が湧いてきます。
- 2020/08/21(金) 11:04:10|
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猛暑では言い足りない、烈暑でしょうか。
朝干した洗濯物も午前中にはすっかり乾いて、「お次の方どうぞ。」という感じです。
このエネルギーを冬に回せないモノか。
- 2020/08/21(金) 10:08:31|
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以前どこかで見せていただいた絵かなあなんて思いながら、じっくり見せていただきました。
″恵風”というギャラリーでも展示したことがあるそうですから、多分そこで見たのでしょう。なんとなく、そんな気がします。

画面の中に人物が描かれています。
その人物はモデルに取材しているには違いないのですがかなり象徴化されていて、またそれを取り巻く空間の色彩や筆の勢いなどなどが、その人物と相まって一つの世界を作っています。
その世界は閉鎖的、自己完結的ではありません。

対象を捉え描こうとしていくと、結局自身がそこに出てくるとおっしゃいます。
人物を対象に描くことに、今、拘りを持っているとのことで、人物を撮っている私としてはその問題意識などについて興味津々です。

SARES-Cov2が大きな顔をしていますから、話をしようとすればどうしてもマスク越しになります。
カメラを向けると「マスクはどうしましょう?」ということに。
私は、この日は28-70を付けていますから、望遠端で撮れば「感染防止距離」はほぼ保てます。
でも85ミリの方がいいかな。
マスクして、さらに眼鏡をかけると随分感じが変わりますね。

マスクをとってもお互いに正対して大きな声で長い時間離さなければ、ほぼ問題なし・・・のはずです。

絵を描く人と話すと「適正露出」で撮ってはダメだということを大いに考えさせられます。
「露出は自分で選びましょう。」という事ですね。

何も考えない、機械的「写真」が一番いけませんね。
- 2020/08/19(水) 00:00:31|
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今日の京都盆地は、暑い夏日。 故郷近くの浜松市天竜区では41.1℃だったそうです。なんと観測史上最高気温タイなんだそうです。風も吹いているし山や川もあるから京都よりは過ごし易いかもしれませんが。
「京都には空襲はなかった。」という都市伝説?がまだまだあるようなんですが、「アメリカが京都にある文化財の価値を認めたため、京都は空襲を受けなかった。だから、貴重な史跡が残っているのだ」と言うようなものですね。それは戦後日本占領を続けているUSAを美化しようとする心理が働いた伝説なんでしょうね。

事実は、1945年1月16日も終わろうとしていた午後11時23分頃に東山区馬町が空襲に遭っています。B29によって高性能爆弾3トンが投下されました。「この時、記録によると、7歳の女の子を含む41人が死亡し、負傷者は48人、被害を受けた家屋は316戸とあります。」(京都トリビア)

もう一つ、西陣空襲がありました。「6月26日のお昼前に、西陣織で有名な西陣が爆撃されます。これもB29により1トン爆弾が7発投下され、43人が死亡、66人が負傷し、292戸の家屋が被害に遭っています。」(同上)
こういう戦争被害を掘り起こして、・・・・これは国家による国民に対する犯罪なんですから・・・・実際に何があったのかを記憶することは「公文書を焼却隠滅」して戦争犯罪の事実を隠蔽してきた大日本帝国の本当の姿をはっきりさせるうえで大切ですね。

ただ、しかし、加害の事実こそもっと真剣に明らかにされねばならないと思いますが。
- 2020/08/17(月) 22:34:47|
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今日の京都盆地は他地域に負けずに暑い日となっている。多分今日の夕方のニュースで「篤かった都道府県ベスト・・・ワースト?!・・・スリーとかに入っているんじゃないでしょうか。毎度毎度首を突っ込まなくても良いと思うんですが。
これまでそんなニュースを見て「静岡県はいいなあ。冬は暖かいし、夏は目の前の太平洋が暑さを和らげてくれるから。」なんて同郷の家人と話をしていたものです。
でもその静岡県の静岡市や浜松市が、堂々京都越えをする日がちらほらあるのです。
お互い年を重ねてきた従弟たちが心配です。
1945年の8月15日は帝国憲法下の主権者で戦争の最高指揮官たる大元帥でもあった裕仁殿が自らの開戦責任にも敗戦責任にも触れることなく、耐えがく忍び難いたい苦難を背負わせた自らの赤子に対して一言の謝罪もなしに、ただポツダム宣言を受け入れたと述べた日だ。
連合諸国が「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻(しきり)ニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ(ぶ)所(ところ)」だと非難しながら、自らは「他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ(が)如キハ固(もと)ヨリ朕カ(が)志ニアラス(ず)」などとまるで事実とかけ離れた無責任さを示した日です。
この戦争を「敗戦」とさえ位置付けることなく、この戦争で日本を敗戦に至らせたことについては「皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ」とは言っても、国民には謝罪しない。
しかも勝手に「国体は護持された」と述べて自らの保身だけは真っ先に実現したのだ。
このように無責任で厚顔無恥な「詔勅」が出された日を「(天皇の決断によって)「終戦となった日」などとして記憶することは許されないことだと私は思う。
- 2020/08/15(土) 16:17:16|
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人が沢山集まることが抑制されています。
手作り市もいろいろな工夫が必要で、「平安楽市」では「上賀茂手作り市」と同様に出店者の出店エリアが一つ飛びになっていました。
そして出店者はマスクをしていますし各テントにアルコール消毒液が置かれています。
なんと手作り市エリアの入り口にもです。商品に触るからでしょうかね。

ここは平安神宮前ですから、国内外からの観光客を意識して開かれたはずです。
そのいずれもは大きく減っていますから客足も振るいません。
そんな中に見つけた、なんと自作化粧品販売の方です。

化粧品の研究者が作った化粧品、というのがアピールポイントです。
それで少し話を聞いてみました。
ご自身は化粧品政策の会社に勤めていたのだそうで、仕事をしながら現状の化粧品の在り方販売の仕方に大いに疑問があって、退職して、今、独立しての製造販売です。

私の意識には化粧品業界は、ほとんど『虚業』に属するなあというものがあります。
化粧品業界は嘘偽りのかたまりだというのが私の思い込みです。
雪○○の宣伝出でてくる新垣さんがどれほど魅力的でも、敢えてそういいます。
- 2020/08/14(金) 00:00:25|
- 手作り市
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金彩です。
昔はこうした合成樹脂のフィルムがありませんでしたから、柿渋の紙を小刀で切る「型を切る」職人さんがいたのです。

フィルムでマスクして切ったところに金粉を混ぜたもので着彩します。
今制作しているものは額に入れて飾るものです。

この道50年のベテランです。
SARSE-CoV2の広がりで着物産業も大打撃です。仕事がないとおっしゃっていました。
「着物展示会」が開けないのが痛いそうです。 即売会で見本市みたいなものですからね。

高級品で高価ですからネット販売はそぐわしくありません。
高度な技術の結晶ですからぜひ直接見てほしいものです。 写真画像ではやはり限界があります。手触りも伝えられませんしね。

オリンピック・パラリンピックも中止されることでしょう。それくらいこのSARES-CoV2の影響は長く続くでしょう。いくら大阪の吉村知事が薬が秋にはできそうだなどと「煽」てtも、事実は動きません。USAのトランプも大統領選向けにくするができるのは間近などというフェイクニュースを平気で垂れ流していますが、吉村維新も同じ穴の狢のようですね。多くの人が、もう我慢がならないという心理状態に陥っているのをただ政治的な「手」として煽って地頭のために利用しようとする手法は大変危険だと思います。

そこに読売テレビなどのマスコミが加わって一緒に戦略的に吉村もち上げをしていますから、ますます危ない。
どうも安倍氏の陰も感じます。

それはともかくとして、そんなに長く「人と人」の集まりが抑制されたら人々の心が不安になるばかりでなくてこうした伝統産業も壊滅的な打撃を受けて、立ち直れなくなるのではないかと恐れます。
「経済を回す」という意識の中に金額はあっても産業や文化の質が入っていないのではないかと思います。

京都でも「観光」の質を今こそ問い直さなくてはいいけないと思うのですが、それがどうも国民生活の文化的な豊かさの方向では進んでいないようです。
あるのは企業マインドだけですかね。
- 2020/08/13(木) 00:00:39|
- 工芸
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この方、スマフォは使っていないそうです。いわゆるガラケー使用者。
私と同じです。「電話がかけられれば、他に必要がない。」からだそうですが、私も、ほぼ同じ。

世の中はどんどん、スマフォを持っていることが社会人の基本、最初の一歩みたいになってきて、何もかもここに流し込もうとしています。
Huawei は危険、TikTokは国家安全保障上危惧があるなどと言われますが、GoogleやFacebookなどがアメリカ政府との間できちんと利用者の個人情報を守っているかどうか、他国首脳や企業の秘密を盗んでいないか、五十歩百歩というか、むしろはるかに先行している疑いがあります。

考えてみれば、私が就職したころにはパーソナルコンピューターなどは夢の中の話でした。
まして移動端末などは凡人には考えられもしません。
こんな新しいものがつぎからつぎに現れて、様々な取説を読まねばならないなんてなんて面倒な時間を生きてきたことでしょうか。
それだけじっくり書物に沈潜するという生活態度が失われてきていますよね。

陶器の絵付けにしても着物の絵付けにしても、今やフィルムを張ったり、インクジェットプtりんたーが活躍したりと様変わりです。
それだけに実在的な人間の手技が人を惹きつけるものがあるのでしょう。
写真などは「外道」だった時代もあるわけで、新たな技術の発展は避けがたいものだし、また人間に可能性を切り開いてくれるものです。
ですが、変化の「程度というものがあるでしょう。」と、つい嘆いてしまいます。

個人の生活に、保守的な側面と革新的な側面と両方を具有していかないと、流れに翻弄されて自分を見失う様なことになるんじゃないかと危惧します。
私の年齢になると、もうそんなに急がなくてもいいんじゃないかと感じられてしまいます。
でもそんな高齢者の愚痴などは見向きもされずに「秒進 分歩」していくのでしょうね。
走しないと資本主義は沈んでしまいそうですから。
- 2020/08/12(水) 00:00:41|
- 工芸
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小皿に絵付けをされています。
仕上がりまでには描いては焼くを3回繰り返すそうです。素焼きを入れて4回。

細い面相筆を使っておられますが、・・・・新品の筆を見せていただくと、・・・・・今使っているものは、やはり筆先が摩滅してきています。
それでも細いです。

清水焼も案外派手な絵柄が少なくありません。
でもこの方の絵付けにはさらに鮮やかな絵柄が見えます。
そのために絵の具は九谷から取り寄せているんだそうです。 京都には、ない色です。

赤にしても黄にしても京都で使う絵の具とは違います。京都の絵の具は発色が・・・比較的には・・・淡いですし「くすみ」というか深みがあります。他方九谷の絵の具はくっきり感や輝く発色の良さがあります。 無論、釉にもよるのでしょうが。

色の事を書いているのに写真はカラーではない。それは不親切ですよね。
続きを読む
- 2020/08/11(火) 00:00:37|
- 工芸
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この方が利用されているこのギャラリーは、ここの2階と、徒歩三分ほども離れていない別の建物の1,2階にもギャラリーがあります。
この4つの部屋がこのところしまっていることが多いのです。
斯くいう私自身が5月5日からの計画を延期しましたし。

「やるも地獄、やらぬも地獄」というのは少々大げさですが、借りる作家も苦しいのですがギャラリーのオーナーさんの方も苦しいところです。
私に2週続けてやってはどうかと誘ってくれているギャラリー・オーナーも「あんな写真展を2週間も続けている」と、ギャラリーの評判を落とすことに目をつぶって苦渋の選択をしているのでしょう。

まあしかし、私が多少のお付き合いのある画家や書家や造形作家たちも、作品を発表し続けて街の文化的な空気を衰弱させないようにと健闘しています。
私も及ばずながら…それらとは別にですが・・・そういう流れに沿いたいなあと思います。

とにかくあっちもこっちも沈滞ムードですからね。
ネット上で盛んになるのも新たな手法であり、新たな文化形態ではありますが、リアルの世界でこそ人が作品を介して交流したいものだと思います。

私のような拙い者のすることでも、やはり一つの文化運動ですからね。
枯れ木も山の何とやらです。

ギャラリー支援にもなりますしね。

やればこそ、こういう触れ合いも生まれます。

- 2020/08/10(月) 00:00:17|
- 絵画
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線の集積で濃淡明暗を描き出しています。
根気がいりますね。

ペンは丸ペンだそうです。
カンバス時に描いていますから、カリカリカリカリと音がします。
数日と持たないでペン先がへたってしまうそうです。

本来ならオリンピックでたくさん、海外からのお客さんがあって注目されていたでしょうに。ご本人も残念そうです。
ギャラリーを外から覗くと描きかけのカンバスに取り組んでいる姿が見えましたので、入らせてもらいました。
やはりギャラリーは一階がいいですね。 私はこれまでここの2階で何度かしてきましたがふらっと入っていただける人の数が断然ちがいます。

9月29日からすることになって写真展は・・・別のギャラリーですが・・・・一階です。
そこから1週間の予定ですが、たまたまその次の週が空いてしまったので、続けてやらないかと言われているのですが、先立つものが・・・・。

そういえば最初の個展が2週間でした。 今この年齢で 2週間やったら疲れるでしょうねぇ。
SARSE-CoV2感染防止に気疲れするでしょうし。
兵庫県の知事が、「防御もしないで感染源になってしまう場合は、食中毒と同じ対応で制度改正すべきではないか。」と言い出しました。そのうえに、「そういう制度を持っていないので『休業要請したら補償を』という議論を呼んでしまう」などととんでもない発言をし始めました。
「休業要請をするなら補償とセットだ。」というのは当たり前の事です。なのに「呼んでしまう」などと間違った議論が出てきていると言っているのです。

食中毒についての知見、防止対策はほぼ確立していますから、きちんと講習を受けて資格をとった者ならば営業が許可されるし、また必要な対策を取る義務を負う。ですがSARES-Cov2の感染予防策はそれとは違います。
SARES-Cov2多くは客が外から持ち込むのですから、感染源に名たtら営業停止だなどというのはとんでもないことだと私は思います。
感染防止対策をすれば防げるなどと思い込むのは間違いです。
こんな考えが感染者に対して「殺人者だ」「消えてくれ」などと言う言葉を投げつける輩を増長させるのです。
また一人、関西に「「トンデモ」知事が現れてしまいました。情けない。
- 2020/08/09(日) 00:00:59|
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そんなわけで、こういう仕事に触れると、じゃあ写真て一体何かなと考えるのです。
考えなくともよいのでしょうが、考えるのです。

ところで、夏ですね。
夏の状景で写真を撮りたいですね。 でもモデルがいません。
ここが辛いところです。

これまでの経験からして100人以上の人を撮るという中でようやく一人二人の人に出会うことができるのです。
とにかく100人に出会うということができないと話になりません。
今は皆さんマスクをしていますから顔立ちの全体を見ることができませんし、これもつらい。
「目は口程に物を言う」ものだから目からその人を知らないといけませんね。

この時には彫刻刀の刃先に神経を集中して撮っています。
刃の研いだ面がきらりと光るその瞬間を狙っています。
刃先がこちらを向いて光を反射する瞬間、「いける!」と反応しても、彫る姿勢や指先の位置が瞬時に変わってフォーカスの外に逃げてしまうことがままあります。
辛抱強く待たねばなりませんが、待つうちに作業の内容そのものが変わってしまうこともあるのです。
写真を撮るというのも、これはこれで大変なんです。 風景や動物、スポーツなどを撮られる方にも同感していただけると思います。
- 2020/08/08(土) 00:00:46|
- 工芸
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興福寺の四天王像だそうです。

増長天でしょうかね。
私はこういう世界にも知識がないものですから、とんと分かりません。

材は檜です。
完成形は白木のままで、彩色はしないそうです。
仏像彫刻は、他の彫刻とは少々違うところがあるかもしれません。
人が信仰心から手を合わせる対象を彫るという意味において。

直方体の一塊の木材から、こうした諸仏が生まれ出てくるというか、取り出されてくるというのは何か不思議な感じがしますね。
こうして削っていると「入り込んでしまうというか、何か降りてくるというか。」そんな気がすることがよくあると言います。

諸仏のそれぞれの姿や形、あるいは持ち物や取り合わせなどは長い歴史の中で様々な文化的、あるいは思想的な積み重ね、そこに人々のその時代ごとの思い入れが込められていきます。
ですから、この仕事は単に個人的・刹那的なものとは言えず歴史の先端に立って、過去を担いながら現代の中で作っているということなのだと思います。

そして数十年後の人々、時には百年のオーダーで未来に向けて制作しているということにもなります。
この過去と現在と未来の結節点で諸仏と対話しながら作るのですね。
これはなかなかの仕事です。
- 2020/08/07(金) 00:00:17|
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手指の形、ヤスリの位置・速さの表現、目の開き方・向き・輝き、体の姿勢・呼吸とリズム、頭の角度、道具の配置、光と影のバランスや強調点…などなど
それらを一挙に演算するためには、やはり、意識化と無意識化の「矛盾と統一」ですね。 それは『プラクティス プラクティス プラクティス』を通じてしか習熟できないものだと感じます。

この時のように使い慣れないレンズを付けていると、そこにさらに課題が加わります。
使用レンズはついこの前と同じ「キヤノン FD 85ミリ f1.2
L 」です。
レンズ自体は良いものだと思うのですが、α900に付けるときに使うアダプターの所為でしょうか、ぐらつきとファインダー画像の曖昧さがあって「使い切れないなあ」と感じていたのです。
ところがです。

α900の優れたファインダーをもってしても「今一つだなあ」と感じているのに、それをEVFのα99に付けたらますますひどい?と思い込んでいたのですが・・・・。
実際私は、EVFの便利さは認めても「見えの良さ」には大いに不満足で、やむを得ない場合にしか使いません。
いろいろなカメラの説明にファインダーは何百万ドットで高精細などと書いてあっても「どうせ・・。」という風に考えていました。
過剰な輝度の差、どこまで行っても気になる粒状感、ちらつき・・・・。(でも輝度の高さ、輝度差があるからピントの山がつかみやすいという便利さもあります。(「きれいだ!」=パシャリと「ピントが合った!」=パシャリとの間には私にとっては大きな違いがあるのですが。)
まあどうせダメだろうとα99に付けてみてびっくり。ファインダーの画像が今までとまるで違う滑らかさなんです。自然な明瞭さにも驚きました。 これEVFだよね?という驚きでした。

今まで量販店でいくつものEVFファインダーを覗いてきましたが、こんな滑らかで透明感のある像を見たことがありませんでした。
「これなら使える!」と思いました。 なぜかマウントのがたつきも気にならない程度ですし。
これは拾いものでした。 (見る世界の明るさによるのかなあ。)

こういうレンズはピントリングもとても心地の良い抵抗感があり、最近のレンズとはちょっと違います。
全てマニュアルでしか使えないのですが、これから出番が増えそうです。
- 2020/08/06(木) 00:00:51|
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「はばき」というのは、日本刀の刀身の付け根付近にはめる金具で、刀身が鞘から抜け落ちないようにするためのものです。
鞘の方の刀身を受け入れる穴の口を「鯉口」と言います。

この人はまだ2年生ですが、卒業制作の共同制作作品に向けて、はばきの試作をしているのです。
この素材は銅ですが、完成品では銀を使おうか金を使おうかなど思案中だそうです。
金を使うとなると材料費も相当になりますから・・・・最近、金の値段が高騰していますから余計に・・・・、そうすることがふさわしいというまでに自分の腕前を磨いていかねばなりません。
この写真は目を捉えることができて良かったと思います。

与えられた条件で撮るためには、いろいろ模索することが必要になります。
どうしたいかということと、何ができるかということを擦り合わせていきます。
この場所は暗いですし、主な灯りはすぐ前にある照明スタンドです。
ですから常にこうしてうつむいての作業しているような場合には、目に光を入れるのはなかなか難しいのです。
上の写真に比べて、こちらは更にキャッチライトが入りました。 上の写真にもわずかにはいっていますが、こちらの方がずっといいですね。

手元からの反射光ですが、様々な条件を満たさないと、実現しません。
本当に多元多次方程式の解を求めるみたいになります。

自分の中でいくつ条件をせてちできるかがそもそもの問題です。
これがなかなか気づききれなくて、そもそもの式が貧弱になります。
豊かな内容をもった式をたてることができること、それが第一歩でしょうか。
- 2020/08/05(水) 00:00:17|
- 工芸
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時々足を止める方がいますし、向こうにもこちら側にも腰を下ろして聞いている人がいます。
向こうからこちらに移動してきた若い男性は私を認めると笑顔の目礼をして、「楽しいですね。」と共感を求めているようでした。

顔立ちや表情から台湾か大陸の人かなと思いました。とても感じの良い人でした。
その彼が、真っ先に「投げ銭」をしていました。
私は、こうして写真を撮る活動を続ける・・・私の懐事情から・・・都合上、あまり投げ銭をしませんし、出店者と話しても買い物はあまりしません。
一面、申し訳ないなあと思うし、義理も欠くなあと思うのですが、気持ちのまま出費していると「年金生活が破たんしてしまいます。

そこに欧米から来ているらしきひげを蓄えた専念男性が自転車で来て停まり、暫く耳を傾けると、やおら近づいて投げ銭して離れていきました。
そうなると、演奏者に対する当然のリスペクトとして幾ばくかを「投げる」というのがありうべき姿だろ!という私の根っこの声がしてきて、私もささやかな「投げ銭」をしました。

私には「お金を出したのだから撮らせてもらってもいいだろ。」みたいな、あるいは『もらったんだから我慢しなくては。』と言うような思いのやり取りがあったら嫌なために、お金を介在させないことを基本にしているという面もあるのです。

誰かがモデルをしてくれる時にも・・・私が頼んだというのがきっかけだとしても・・・モデル代も出さないし、撮影代もいただかないと言うことをお話したうえで納得していただけた場合に撮ることにしています。
まあ、かなり私に都合の良い基準ですが。

サマージャンボの一等が当たって7億円てにしても、そういう基準でいこうと思います。
当たりませんから、「そう言う仮定の問題にはお答えし」なくても良いのですが。

ふと思ったのですが、これだけの荷物を運んでくるのは大変だろうなあと。
ああ、なるほど、そういえばこの近くに公営の駐車場がありました。

最初に投げ銭した若者は、この背中の人でした。
- 2020/08/04(火) 00:00:33|
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先ほど夕立が、ほんの瞬間降りました。
それだけで「洗濯物を入れて!」「干した布団は大丈夫?」「自転車のサドルに袋をかけなくちゃ!」と文字通り上を下への大騒ぎ。
そして人湿りあった後にまた晴れ間が出ると「もう一度分の洗濯物を干そう。」
.
そんな夏が好きです。

賀茂(鴨)川には何本もの橋が架かっています。
夏はその下に直射日光を避けて人が集まります。 雨露もしのげます。
楽器演奏すれば響きもいい。

SARSE-CoV2の不安が無くなったわけではないけれど、長雨からはようやく解放されて、ちょっと外に出てみよう、そういう人が増えています。

(お金を撒く)旅行には行ってください、政府も大金をつぎ込んで支援します。
お金の散布の少ない帰省は景気刺激にもならないし、業界の儲けにもならない。感染を助長するからやめてくいださい。
安倍氏の好きな「美しい国」では家族の絆が大切にされるんじゃないの。家族のつながりは祖先崇拝を軸にするんじゃないの。お盆に寄生と墓参りは、その要でしょう?!

安倍氏の好きな「美しい国」は「黄金の国ジパング」なんだね。

私はみんなが芸術芸能を楽しむ国がいいなあ。 (吉本興業によるNHK占拠は嫌だけど。)
- 2020/08/03(月) 00:00:57|
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8月の初旬は一年で一番好きな季節。
この時期に撮影の予定がないのがつらいところ。 撮らせもらえる人がいないのだから仕方がない。
・・・というか、どうすればそういう人に出会えるのかわからない。困ったものだ。
これまで、時々「どうやって撮らせてくれる人を見つけているの?」と尋ねられることが一度ならずあったけれど、たまたま、偶然ですから応えようもなかったわけですけど。
京都の街中は、人出が増えたとは言いながら、やはりこんな場所でこんな景色になってしまうの?!という位に「誰もいない」事がある。
漬物店の3階に写真ギャラリーがあって、よく見に行くのですが、これまではお客さんをかき分けかき分け奥のエレベーターにたどり着いたものですが。

もっともこれは極端なケースで、他の時間帯はそれなりにお客さんで賑わっているのですが。
- 2020/08/02(日) 09:27:22|
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京都は、梅雨が明けた と、思います。
今日は日中35度Cを超えたそうです。早速ですね。
私はこの時期、水を入れて凍らせたペットボトルをリュックに付けて走るのですが、途中ですっかり融けて生暖かくなってしまいました。
黒いカメラボディーも発熱したような感じでした。 ギャラリーに入るときに体温を計られますがカメラの熱で「あなたはダメ!」と言われそうです。
- 2020/08/01(土) 00:00:51|
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