いつもより絞りはわずかにしぼっています。
それで日差しの強いくっきり感が出ているように思います。
影なども鮮明でないと・・・・・。

このフジX100Fで100メートル走の若者を撮らせてもらったのですが、惨敗でした。
レスポンスが悪い。オートフォーカスに頼るようでは到底こういう競技を撮るなんてことはできそうにありません。
やはり愛機を持ち出さねば。 シャッターチャンスを貰っても、やはり愛機でないとなあということがままあります。
でもこのX100Fも悪くありませんね。京の様な被写体には。
いや、いいと思いますよ。
一枚目のズック靴のおじさんなど、よく再現してくれていると思います。

暑いせいでしょうか、客足は今一つです。そのうえ「絶叫」デザインですから、好き嫌いが分かれます。
このカップルが向こうから来た時には、これは立ち止まって関心を示すなと思って私は後ずさりしました。
予想通りでした。
デザインはどちらかと言うと「怖い系」が多いのですが、このデザインなんかどういう人が来て街を歩くんでしょうねぇ。
一応、デザイン保護と自主「倫理規定」(笑い)に基づいて撮影しています。

ああ~、見えちゃってる!
- 2017/09/30(土) 00:00:26|
- 手作り市
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この夏、爽快な夏の空気感を撮ることができなかったのが悔やまれます。

颱風到来の影響で一挙に秋の気配となり、そのまま秋に突入ですが、秋特有の暑さもありますね。
日差しもさすようです。
夕方には収まって行く、そこが秋ですが。

三重県からの出店だそうです。
ご自身で絵を描き、Tシャツにスクリーン印刷をしています。
遠方からで準備できなかったのかパラソルもありません。秋の強い日差しを浴びています。空気が乾いていて日差しが射すようです。

若い体力と「気持ち」で頑張っていますね。
私ではとても耐えられません。
この会場は場所によって寒暑の差が大きいので、気を付けないといけません。
夏に、いやがうえにも暑い場所。冬に、勘弁してよと思う寒い場所があります。

でも皆さんご自身の手作り品の販売をされているだけに良い表情をされています。
私は最近、土日に撮影ということが増えて、以前のように「手作り市は5か所とも皆勤」という訳にはいかなくなりました。
その分「お初にお目にかかります。」の方々が増えました・・・・・論理的におかしいですね。
商品のTシャツが黒と白。背景がグレー。それをカラーで撮る。
空の青とシートの緑が映えますね。
私の気分はまだ夏に未練を残しています。
- 2017/09/29(金) 00:00:28|
- 手作り市
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この建物はコンクリートのビルディングですし、その裏手は細い川が流れていて対岸まで距離があります。
そして周辺の住居群は敷地に余裕のある建物です。
そして表側は広い通りです。
ですから安心して音が出せます。

楽器の練習にはこうした場所が是非とも必要です。
絵とか彫刻、陶芸の人も、また或は演劇やダンスの人も制作の場所や練習場には苦労しているようです。
スポーツでも同様です。子供たちが自由にキャッチボールなどできる空間は京都の市街地にはほとんどありません。
文化政策というのは見栄えのするホールを作れば、有名楽団を呼べばいいというものではありません。

発表の場も然りですね。
若い作家、アーティストたちは、そういう困難を何とか工夫し支えあいながら乗り越えて成長していきます。

もう少し感度を上げて明るいトーンでも撮影した方がよさそうですね。
私のカメラが二世代も三世代も前のものなので高感度で撮ることについつい消極的になります。
ストロボは憚られますしね。

楽器の価格を考えると50万や60万のカメラを買い惜しんでいるのは・・・・・だからと言って買えませんが・・・・・なんだかちょっと覚悟が足りないなあと思ったりもします。
ライカのカメラでもボディー+レンズで高々❓200万ですからね。
絵を描く人たち、例えば日本画などでも制作にとてもお金がかかります。
それに比べれば写真は・・????
多くの若者はバイトしながら頑張っています。

この文章の本音は「もっといいカメラとレンズが欲しいよう!」と言いたいだけのものなこかもしれません。
- 2017/09/28(木) 00:00:43|
- 音楽
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伝統工芸士のお一人です。
伝統工芸士は全国で四千数百名おられます。
大学の教授、准教授、助教、任期制教員を含むと17万名ほどだそうです。(意外と少ないですね。)
それを比べてどうだとは簡単に論じられはしませんが、伝統工芸士の門は狭い?!

友禅の下絵を描かれています。
紫つゆ草のしぼり汁を使って描きます。
紫つゆ草の汁は水で流されて消える性質があるからです。
滋賀県草津で栽培し、こうした下絵を描く絵の具として生産販売されているそうです。(草津アオバナ)

私がお邪魔した時には竜の絵が描かれた生地を広げておられました。
見事な龍でしたし、今写真でご覧の絵は格天井ですが、こうした図案を描くのに「下絵の下絵」はありません。

つまりフリーハンドでどんどん描いていってしまうわけです。
もうすっかり絵が体に入ってしまっているんですね。
「なに職人は同じ絵を機械的に書くのだから当然だ。」などと誤解してはいけません。
職人さんの仕事はもっともっと闊達で創意工夫が満ちているのです。

本格的に日本画を学ぶ方もおられますし、度々絵画展に足を運ばれますし個展の研究にも余念がありません。
ですから例えば光琳の絵を様々なバリエーションで描いて現代的な感覚にマッチするように工夫したりもするんです。
そうでなければ職人として注文に応じられないし生き残っても来られないわけです。

花がお得意だというので、この撮影のためにわざわざ格天井の絵柄のものを取り出して、描いて見せてくれています。
若い時には随分写生もしているんです。

着物の需要がたくさんあった時期には分業が細かく確立していて下絵は下絵、それを糊で伏せる仕事はまた別にあり、さらに染料をさす仕事は独立していました。
無論今でもこうした分業はありますが、次第に上流・下流の仕事を吸収してされる方が増えています。
この方もご高齢ですがまだまだ現役で活躍されています。
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- 2017/09/27(水) 00:00:45|
- 伝統工芸
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マンレイの写真がありますね。

上の写真は現代のカメラががんばっています。
でも下の写真の方が、私としていい感じです。 何故、どういうところがそう感じさせるのか、それを理解して、そういうイメージを実現するために高性能カメラを駆使できるとよいのですが、私にはそれが分かっていません。
写真は難しいですね。

ただフィルムカメラが見直され、「写ルンです」が人気だというのも、何かそういうことにつながるものが直感されているからかもしれませんね。
被写体によって、目的によって同じ様には論じられないのですが、とにかく鮮明に写ればよいカメラ、よい写真とばかりは言えないようです。

もっともその逆もまた成り立ちませんが。

写真≦絵画≦音楽・・・・・・だという人がいます。
基準は何かという事ですが、人々の情感を強く引き付け、意識によみがえる力だそうです。
なるほど。 そういえなくもないかなあ。

写真は俳句、せいぜい短歌と言うくらいの短型詩だからな、と、どなたかがつぶやく。
ふ~む、そうなのか?!

むしろ散文的な写真の方を多く見ますが。
「一枚の写真の中に時間を凝縮させた写真を撮れ!」とその人は言いたいのでしょうか。
- 2017/09/26(火) 00:00:46|
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ピアノ、ドラムス、ベースでの演奏です。
本番直前のリハーサルを撮らせていただきました。

こういう場所は私にとっては完全に「アウェー」です。
第一こういう場所に飲みに行ったことがほとんどありません。 と言ってもこの店には一人で聞きに来たことが一度?撮影に来たことが一度ある・・・・様な記憶があります。
が、アウェーであることには間違いがありません。

私はアウェイではめっぽう弱いのです。
いわゆるアカンタレですから。
ではホームグラウンドがあるかと言えば・・・・・どうなんでしょうか。 多分ないと思います。
旧職に戻れば、あるいは・・・・とは思うのですが、その外はほとんどみなアウェイです。

音楽の演奏は私にとっては無縁の存在でしたから、人見知り、物怖じが噴出するのです。
いえ、音楽だけではありません。ほとんど世にある様々なジャンルのほぼ全種目についてです。

そこで気の利いた写真を撮るなんてことは、私には到底できないことで、もう少し面の皮を厚く、心臓に毛をはやすことはできないものかといつも思います。
今回はピアノの女性が呼んでくれました。 一応話が通っていますから撮影はさせていただけますが、どのような話になっているのかわからないので、お店の方やほかのミュージシャンに対してどう振る舞っていいのかわかりません。
遠い昔、私がまだ小学校6年生の頃の苦い経験が思い出されます。
それ以降、「人間いたるところアウェイばかり」でヘタレの人生を送ってきたというのが実情です。

それで写真を撮る、しかも人を撮ることを思い定めた時から、このヘタレ自分との格闘が始まって連戦、ほとんど敗退、時たま勝利の日を送っているわけで・・・・・、時に不戦敗の情けない日々が続くわけです。
今日はとにもかくにもバッターボックスに入ってバットを振り回してはいるという訳です。
もっとしっかりしようじゃないか・・・・と帰途に唇をかむわけです。
- 2017/09/25(月) 00:00:22|
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外国に行ってその地の人に声をかけられて写真に撮られる。
そういう経験てどんな感じのものでしょうね。
撮らせていただいておいてこんなことを言うのもおかしなものなのですが。

日本、京都ではどんなことを感じましたか。 「日本人は親切だし、街が清潔ですね。」との答えでした。
まあ、おおむねそういうことは言えると思います。
でもね・・・・と、私は思います。
観光で経済的な利益を上げようとし、「印象操作」として「おもてなし」の言葉を乱発しますが、果たして本当に中韓の人たちにたいして「おもてなし」の心を持っているのか否かはいささか疑問ですがね。

私も正面の飛び石に腰かけて・・・・。
ほんの二つ三つの中国語の単語を口にして・・・・・「発音いいですね。」と褒めてもらって・・・・・。

それで先日ある中華料理店で、はなっから中国語で話しかけられて・・・・「我也听不懂中文。」と大急ぎで・・・・。
こんにちは、ありがとう、さようなら 私が話せるのはそれだけなのに・・・・。
「你很漂亮」が利いたかなあ。 あまりこういう言い方はしないとも聞きますが。

ある時、四条通で白人男性に声をかけて写真を撮らせてもらいましたが、もっともっと外国の人も撮りたいですね。

色白の人ですから、西に傾いた陽を順光で浴びては、どうしても白トビしてしまいます。

「私がするようにちょっと帽子の庇を下げて・・・・。」
うん かっこいいね。

謝謝、再見 と言ってお別れしましたが、旅行日程に余裕があるせいかまだしばらくはこの場を楽しむようでした。
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- 2017/09/24(日) 00:00:39|
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皆さん、写真撮影を楽しんでおられますか。
写真の世界は広がっていますか。
もし、私がリタイア時に写真を選んでいなかったら・・・・・・・、他にもしたいことや、別の仕方でこうして社会に結び付こうという選択肢がありましたが、・・・・今、経験出来ていることには、出会わなかったわけですから、・・・・・当たり前と言えば余りに当たり前なんですが・・・・不思議なものです。
東尋坊の崖っぷちでこれを見たら慌てますが・・・・・。

持ち主はあの人です。
何やら盛んに川の流れをのぞき込んで写真を撮っています。
狙いは魚でしょうか、石でしょうか・・・・・。

声をかけると 「チャイニーズ」ですとの答え。
写真を撮っていいですか? 「モチロン イイデスヨ」
日本語はできるんですか? 「イイエ、アリガトウ。スミマサン。サヨナラ・・・・ダケデス。」

後で私も靴を脱いで流れに入りましたが石がぬるぬるしていてとても滑りやすく「危ない危ない」
私がバランスを失うと、咄嗟に「Please be careful.」 とお年寄りをいたわり心配する態でおっしゃる。
今までお会いしたいろいろな人の印象からも、中国の若い人の英語力も年長者を大切にする心持もなかなかのものです。

この人のカメラもニコンですし欧米の方も結構ニコンをお持ちなんですが、最近のニコンは元気がないのですか。

ちょっと渇水気味で流れは浅く、水は生ぬるいです。
各地で大雨のニュースが頻発しているのにこの流量です。
全国各地で自然災害が多発していますが、なぜか京都市内は・・・・先年、桂川沿岸で洪水がありはしたものの・・・・甚大な被害を出す自然災害を免れています。
でも、京都盆地はその成立の歴史からも活断層の分布からも地震の確率が高くなってるはずですから決して油断できません。
「災害は忘れないうちにもやってくる」のが最近の例ですから。
- 2017/09/23(土) 00:00:49|
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京都にはたくさん伝統工芸に携わる方々がおいでです。
私はまだまだその多くの方々にお目にかかっていません。分野によってはなかなか近づく機会さえないわけなんですが。
その中で西陣織、京友禅の関係の職人さんには公開実演の場でたくさんお目にかかってきました。
この方、木下さんもそのお一人です。

今日は暖簾に龍を描いておられます。
以前にも写真を撮らせていただいてずいぶん気に入っていただいて、そのせいで親しくお話をさせていただけます。
この表情は「前回と違って小さなカメラなんですな。」です。
フジX100Fです。

このカメラを購入した事情・・・・来年の「音楽の祭日」清水寺で友愛100本のトランペットの時にシャッター音のしないカメラが必要となったこと・・・・をお話しているところです。
それでそれまでにこのカメラの習熟しないといけないので持ち出しているのですと・・・・・。
「ほう、そういう事も出来るんですな。 それにしても100本のトランペットですか、それは面白そうですなア。」
木下さんのこの笑顔がとてもいいのです。

職人さんは様々な機会に写真を撮られます。プロの方も好んで撮りますし、西陣の活性化のアピールの行政企画の中でも。
様々な目的で職人さんを写真家たちが取り囲んでいますが、それが職人さんたち自身を喜ばせるものになっているかどうかはまた別の話で・・・・・。

私はこれからもその「人」に注目して撮り続けていきたいと思っています。
この写真、木下さんは見てくれるかなあ。
- 2017/09/22(金) 00:00:49|
- 伝統工芸
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10月になりますと中旬頃に沖縄に撮影に行くことになりそうです。
その撮影はまた、私にとってある転機になるのではないかと期待しているのです。
私も写真を撮るものとして少しずつではあっても成長しなくてはいけませんから、そういう機会は大切にしたいと思っています。
そして、そういう機会と並んで、こうして物事に本気で取り組んでいる人たちに出会い、お話を伺い、その取り組みの様子を撮らせていただくのは私にとってかけがえのない栄養です。

この練習場には壁に時計がかかり背後には椅子が重ねられています。
ハンガーもかかっています。
黒い服に身を包んでステージに立つ演奏家たちの別の姿ですが、私はとても好きです。

ステージの上で彼らは私にとって特別な人です。よく冗談で天上の人だと言います。
ですが、その外では普通の人・・・・・・いえ、実はその外でも彼らは特別の人なんです。そうではなくては決して特別な世界を作ったりはできません。私はそう思っています。 例えば一日に8時間も10時間も練習するという事はなまじの気持ちではできない事だと思うのですし、それを日常にしっかり実現している人が特別になるのですから。
私はそうした普通と特別が混然とした現実的な存在としてのアーティストを「見たい」と思うのです。
そのことはジャンルを問わずに関心があります。

この会場は私の高校の後輩が主宰されています。
若い音楽家たちの良い練習場であり発表の場であり、さらに学びの場です。
その貴重な場が11月には閉鎖になるという事で、彼らはとても残念がっています。
おそらくただ残念というでけでない実際上の「負」も感じていると思います。


私は別の場所で異なった人たちのリハーサルを撮りましたが、それはただ事前の打ち合わせ、調整としか感じられない緊張度の低いものでした。
音を追求するではなく、楽想を共有するというのでもなく。
おそらくベテランの音楽家同士ではそれで済むのかもしれません。私は自身が演奏をしませんのでよく分かりませんが。かつて撮影した、まるで寝食を共にするほどの長い時間一緒に組んでいる演奏家同士のリハでも、「うん、まあこんな風でいいよね。」という感じでは全くありませんでした。

このお二人の間にも「磨きこんでいく」という感じがとてもして私には快い時間でした。
- 2017/09/21(木) 00:00:17|
- 音楽
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私がブログに訪問させていただいている方々の中にはとても音楽好き、ことにクラシックがお好きだという方が何人もおられます。
私はそこまで音楽を知っているのでも楽しんでいるわけでもないのです。まあ、ほんのちょっとだけかじって楽しんではいますが。
それで音楽関係の方の写真は特に撮りたいジャンルの一つです。
今日はオーボエの方とファゴットの奏者との練習に呼んでいただいて撮りました。

この方たちは以前にも撮らせていただいていますし、パーティーでもご一緒しているのであまりお互いを意識しないで、一方は曲の練習に、私の方は撮影に専念できます。ありがたいことです。

私はかなり無遠慮な距離まで迫りますし、時にはのぞき込んだりします。ですので、「う~ん、邪魔だなあ!」と練習の集中を損なうようではとても申し訳ないので、そこは少しづつ瀬踏みをしながらです。
後のお話では「不思議に気にならない。」とおっしゃっていただいて安心しました。

広角レンズや望遠レンズを使って撮る工夫も必要なんですが、とにかく口元や頬の動き、指の動きと姿、目の力、頭の働きなどを撮りたい意識が働いていますから、ひとまずはどうしても接近します。音楽状況というよりも音楽をする人を撮る意識が強いんですね。

そして演奏者同士のお互いのコンタクト。
譜面ばかりを見ているわけではないのですね。

私はと言えば、まだ世に出る前の音を聞かせていただいているわけです。
それもどんどん育てられていく音を。
これは実に楽しい時間なんです。
そして音を、楽想を聞いていくうちに、撮りたい状景がまたどんどん出てくるという訳です。

この人たちは年はお若いとはいえすでに20年以上音楽に携わっているわけですから、写真歴とその水準を考えれば、「こと」に取り組むという点においては大先輩なわけです。
しかし、もっともっと高いものを目指そうという上では私と同じように?「若手」であるわけで、そういう共感を持って撮りたいと思っているわけです。
私はこの人たちに機会をいただいて成長していくわけです。
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- 2017/09/20(水) 00:00:59|
- 音楽
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今年の夏は地方〔東北など〕によってはかなり日照が少なかったようで野菜の生育にも大きな影響を与えています。電化製品も飲料水なども売り上げに大きな影響が出たとか・・・。
その一方で、秋の気配が次第に濃くなった今日この頃ですが、何か「夏」を満喫できないままで後ろ髪を引かれている方も少なくないのではないでしょうか。
斯くいう私もその一人ですが。

先月の写真展が終わると、来年の6月まで、CDジャケットの撮影以外にはこれといった大きなイベントはありません。
親しくしてもらっている方たちと 「自ら楽しいことを作って人生をワクワクさせていこう」ということをよく言い交すのですが、まさにその通りでして、何かいいものが・・と口を開けて待っていても欲得尽くしのジャンキーカルチャーが溢れかえっている中ではろくなものは放り込まれない世の中ですから、自分たちでよいものを作って世の中の空気を多少とも変えていきたいものです。

この辺りではよく撮影会もされているようです。
先ほども、私と同世代の方がモデルさんと思しき浴衣の若い女性を連れて撮影をされていました。
撮影している人がプロなのかアマなのかはわかりませんでしたが、ポージングもちょっと派手な感じで「モデルしてるなあ」という風な撮影でした。 私とは風合いの違う写真をお撮りになっている感じでした。
が、「頑張ってますね。」と、エールを送りたい気持ちがしました。

「世界最高の写真家集団マグナム・フォト創立70周年 パリ・マグナム写真展」が今月の18日まで京都文化博物館で開催されていました。
私には珍しく3回見ました。
こういう写真によって、呼び起こさなくてはいけないと感じているものが私の中にくすぶったままになっているので、かなり意識して見ました。

それで、それがいくらか起爆の役割を果たしてくれたかというと、それはまあよく分かりませんが、かなり感銘を受けたことは確かです。
その一方で、素直に「人の魅力を撮りたい」というのはこれまでも、これからも変わらないので・・・・。




- 2017/09/19(火) 00:00:50|
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先ほど外国からのお客さんが私が撮っているこの二人に近づいてきて、カメラを片手に「撮らせて貰っていいですか?」と言いたげで、でも日本語ができないし、そうかといって彼の母語で話して理解してもらえるだろうかと迷い迷いしながら、全身で「話し」かけてきました。
お二人は嫌な感じを持たなかったようでしたので、私が一歩下がって「どうぞ」と身振りをすると喜んで撮っていきました。
やはり着物の日本女性はぜひ撮りたいものの一つのようです。

幼馴染のこのお二人はずいぶん異なった性格のようです。
それが良い加減に組み合わさっているという感じです。

この人は時にとても大人っぽい表情をします。
ファインダーを覗いて「おやっ?!」というほど表情に変化のある人ですし、大人びた表情はとても4回生という感じがしません。
いや、そうでもないか。私が学生の頃、先輩の4回生を見ていてはるかに遥かに大人だなあと感じたものでしたが、この人のようなタイプの人を見ていたのかもしれませんね。


私などは学生の頃も子供が大言壮語の服を着て歩いているようなものでした。

あらかじめこういうチャンスに出会えると分かっていれば単焦点50ミリを持ってくるんだったなあと思いながら撮っていました。
ただ最近少し広角で撮りたいということがよくあるので、そうなると28ミリも持って歩かねばならないし・・・・などとブツブツ。

ですから、そういう点ではX100Fはなかなか使い勝手が良いのかもしれませんね。
ワイコンとテレコンレンズを持ち歩けば・・・・・ボディーもレンズもさほど大きくないので・・・・結構いけるかもしれません。
でもスクリュー式であることで「落ちやすい!!」・・・私が不注意だっただけですが・・・・のが玉に瑕。 かな?
「あっ!いいもの見つけた。」と言い終わらないうちに
「『氷』ですね?!」と 反応が早い。

- 2017/09/18(月) 00:00:35|
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スマホで「自撮り」をしようといろいろ試みているようでした。
そういうのを見ると、せっかくなんだから・・・・何がどう「せっかく」なのかは説明しにくところですが・・・・撮ってあげたいなあと思ってしまうのです。
いや撮らせてもらいたいなあというのが本心なんでしょうね。

私の先入観に「この辺りで浴衣を着て写真を撮っているのは観光の人だろう。」というものがあります。
既にそうでないケースに出会っているにもかかわらずです。
とにかく圧倒的に外国の方が多いですし、日本の方も観光の方が多い。

でも、この人たちは「市内」の方だそうです。
幼馴染のお二人でずっと仲良くしてきたのですが来春には大学を卒業する人が遠くに就職することが決まったので、今日はその思い出作りなんだそうです。
ただただ「今日」にしか生きてこなかった(ここは現在完了の「継続」ですね)私は、こうして先を見通して未来のために何かするという人を見ると感心します。

「浴衣を着るきっかけ」も欲しくて、花火を見に行こうとも計画したのだけれど、着慣れない浴衣を着て遠くまで混雑の中に行くのはちょっとしんどいねという事で、こういう機会を作ったとのこと。
そのおかげでこうして出会うことができました。
時間は少しなら自由が利くという事で、「この辺りを少し回りましょう。」ということに。

ついこの前も同じパターンがありました。
そして素敵な写真を撮る機会になったのです。

今日は暗いズームレンズを付けて、しかもオートフォーカスではありません。
夏の明るさは日向と日陰の明るさの差の大きさ、雲が出て陽を隠したり陽がのぞいたりと目まぐるしく条件が変わります。
そうなると条件に翻弄されて混乱しきり・・・です。

それにしても面白いですね。
こうして二人で連れ立っている二人の位置関係はほとんどいつも同じです。
前にご一緒したお二人もそうでした。
なんとなく心理的に落ち着く並びになるのでしょうか。
- 2017/09/17(日) 00:00:21|
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今のこのお二人の役割分担が当初からの計画だったようです。
あのスマイルは女友達同士だからこそのものと言えるかもしれません。
本当に楽しさの詰まったいい笑顔です。
きれいに撮ってほしい、きれいに見られたいという気持ちがないわけじゃないでしょうが、それよりも楽しさが溢れている表情ですね。

男性が女性を撮る場合には、こういう風にはなかなかいかないと思います。
女性が、それまでの会話ではこうであってもレンズを向けた途端に「見られる自分」を意識した表情になるのはやむを得ないし、それを否定したところに女性はいないとも思います。多分。
それでそのことをどう意識してそれをどう料理して撮るかという事だろうと・・・・・。
「こんな風に水を・・・・・・。」

だから女性カメラパースンが撮る写真にはその点でも男性が撮った写真をは違うある魅力が存在するのだとも思います。

絵画でも男性の描く女性像と女性の描く女性とはかなり違います。
当然ですね。見え方も意識の仕方も違うのですから。
それを排他的に区別しても意味がないので、私たちの認識・感性の豊富化として大いに表現しあうのがいいと思います。
高く放った水が自分めがけて落ちてきます。
でも暑い夏です!
気持ちいい!!
私には・・・・多分・・・・これをやってみてとはなかなか言えないと思います。
言えば皆さんしてくれるとは思いますが。

もう「スカートが濡れちゃう!」なんてまったく気にしていません。

私も靴を脱いで入っていきたいのですが
お邪魔度が高くなりすぎますから・・・・そこはぐっとこらえて。

実はこの左手の岸には若い写真学習集団がいて、そこにも幾人かの女子が混じっていました。
男子は「このカメラ・・・・云々」
女子は「これ見て!〔モニターを見せて〕かわいいでしょ?!」
- 2017/09/16(土) 00:00:37|
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ただ単に思い出のためとか観光記念とかじゃなくて、何か、絵になる写真を撮る・・・そういう意識で、しかも…友達に「モデル」をしてもらって撮る・・・・そういう写真の撮り方・・・・・それを「女子」同士でしている、そういう姿を見かけることが少なくありません。
この日も出町柳の飛び石付近で見かけました。

「いずれがアヤメかカキツバタ」・・・・ではなくて「どちらが撮る人、撮られる人」
どうも当初の計画では手前のカメラを持っている方の人が「モデル」のつもりだったようなのですが・・・・。
まあ、お二人ともカメラをお持ちですし、ただ「彼女の方が上手なんです。」と。

「もうちょっと、こう・・・・。」とポーズを付けています。
先ほどまで左側の人が「モデル」であることを忘れて?スカートの裾が濡れるのを厭わずに、ずんずんと川下の広い方に、流れの深い方に行ってしまい・・・・・。

「ほら、こんな風に水を・・・・・・。」

えっ? 右下の男性が気になりますか? このお二人とは全く関係のない少年で、甲羅干しならぬお腹干しをしていてピクリとも動きません。
かなり日差しが強いのですが、若さですかね・・・・・気持ちよさそうに日光浴です。
「これでいいの?!」
「そうそう。」
何とか水滴を「きらきら光るように」撮りたいようです。
太陽とはどういう位置関係で撮るのがいいのでしょうね。 私も混じって試してみたいです。

ズームレンズではあるようなんですが、望遠側で何ミリなんでしょうね。
カメラはAPS-C仕様かな。
だとすれば案外拡大率は大きいのかもしれませんが「もう少し近づいて、少し下から仰ぐように撮ってみたら?」などと口をはさんでは・・・・いけません。
オジサン的な固定観念を越えているのが「カメラ女子」の良いところなんですから。

「どうでした?! 上手くいきましたか?」
「ええ、・・・・。」
水を楽しみ、撮影を楽しみ・・・・・いいですね。
- 2017/09/15(金) 00:00:26|
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カメラが変わるとどうなるか。
この深い感じも悪くないです・・・・、

大分物語が違ってくるような感じです。

フォンテンブローの森?
ちょっとバルビゾン派?
あるいは印象派?

バスケットにお昼のパンとリキュールを入れてくればよかったかな。
でもそれだと服を着た男性たちの中に女性が一人だけヌードで・・・という、どう考えてもよく理解できない例の図にしないといけないことに・・・・なりはしません。だって人まねはダメです。
あれは今でも意味がよくわかりません。
それはさておき、この写真はかなりいいと自画自賛です。

今後、私には二度三度とは撮れない写真ですね。

同じ図柄の色違いバージョンでした。
- 2017/09/14(木) 00:00:25|
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空気の流れも緑も、そして眼下を流れる水の音も・・・・あまり気持ちが良くてついに眠ってしまいました。

お目覚めですか?

えっ?! 私・・・眠ってました?

急いで帰らないと お城の門が・・・・・。

えっ まだ大丈夫?
良かった。

せっかくお城の外に出たんだから、もう少し・・・・散歩して帰ろうかな。
- 2017/09/13(水) 00:00:42|
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場所に対する観応力が高い人です。
この場所が気に入ったのと・・・・・それまでの○○が無くなってきたのとで、表情がぐんとよくなりました。
ノッテきましたね。

もともとあるシチュェ―ションを思い描いてきていましたから、・・・・・残念ながらそれをそのままに実現する条件がありませんでしたが・・・・・色々心の準備をし、自分のイメージも膨らめてきてくれたのでしょう。

この服だからこその空気ですね。
プリントショップの店長さんも「メルヘンチックで妖精みたいな感じ。」だとおっしゃっていましたが、いかがでしょうか。

先日開催された写真おグループ展に、この人の写真だけで構成してみたら?というアイディアもいただきましたが、私がこのも雰囲気の写真だけで参加するのは、自分自身がどうも落ち着かないのじゃないかと思って・・・・。
個展ではコーナーを設けてまた改めてやってみてもいいかなと思うのですが、きっと来場された方が作者は一体どこにいるんだろうと不審に思い、どうも在廊していないみたいだよと・・・・なんてことになるかもしれませんね。

最後の最後の瞬間・・・・・・今日こそはプリントに出そうというその朝、それまで並べてあった写真たちを見直して・・・・に川口さん(シンガー・ソング・ライター)と河野さん(ピアニスト)のモノクロの写真から、5人の若い女性の写真に・・・・つまり最初に戻ったのですが・・・・「変更!!」してしまったのでしたが。

きっとどれにしても結局は半分後悔するんだろうなあと思いながらでしたが、ずいぶん長い時間迷ったものです。
これらの写真の良さは、やはり裸足ですね。
赤い帯のサンダルも効果的ですが、裸足になってまた一段と現実感を薄めて妖精化したように思います。

私はほとんど振りを付けずにせいぜいスカートの裾を直すくらいです。
- 2017/09/12(火) 00:00:01|
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まだ大学生活の日が浅いそうですが・・・・。
サックスはもうだいぶ使い込んでいます。 中学生頃から吹いているのでしたか。
ソプラノの方は最近始めたばかりで・・・・。

ソニーの色は、こうなりがちだなあ。
これも悪くないといえばいえるのですが、・・・・どうもちょっと深みがなくて、味が薄いですね。それが軽快・爽快でいいなという事も無論あるのですから、一口に「ダメ」だとか「これこそ」などとは安易に決めつけられないのですが。

何を撮っても大げさに劇的になってしまうというのも困るのですが。
京都には狭い盆地の中にたくさんの大学がありますから、こうして若者の姿をよく目にすることができます。
大学では公開講座や学生たちの演奏会から作品展までいろいろ企画がありますから、有難いですね。
それでこそ文化都市というものです。
ただ、もっともっととは思いますがね。

前を向いて勉学し、芸術している若者たちがいるからこそおじさん、おばさんたちも刺激されるので、望むらくは政治的な発言や行動でも学生の動きが活発であってほしいなあと感じます。

みんながソニーの色みたいじゃ詰まりませんから。

ここ数年、学生たちから受け取った政治的なビラはわずかに2、3枚じゃないでしょうか。
学生たちには勉学でも芸術でも政治でも・・・・大いに期待したいものです。
そうしないとおじさんたちもどんどん萎びてしまいそうだからね。
- 2017/09/11(月) 00:00:51|
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先ほどまでソプラノサックスを吹いていて、対岸までその上手な音が流れていました。
おそらく相方のギタリストが来るまでの練習だったのではないかと。
それで相方の登場とともにアルトサックスに取り換えて・・・・。

数日後にライブ本番があるんだそうで、ちょっと焦ってるんです・・という感じでしたが、なかなかどうして・・・・。
この人たちの大学にはビッグバンドのジャズサークルがありますが、それとは違うジャズサークルに所属しているんだそうです。

いつも不思議に思うのですが、絵や写真のサークルの展示を見ると「これなら芸大にいていても十分通用するなあ。」という作品に巡り合うのはごくまれですが、・・・・素人の耳で言うのもなんですが・・・・・音楽系では、それれ程遜色ないなあという人に、時に出会います。
これはどうしてなんでしょうね。

案外面白いテーマかもしれません。

と、そんなことは私が考えても分かりませんから・・・・これまたどこか隅に片づけて・・・・。
私はと言えば、撮ることを許していただいた時にしか、いろいろ試みることができないのですから、その場で無い知恵を絞って見なくてはなりません。

一日走り回って、ほんの数分間から十数分の貴重な時間です。
明日にその幸運が訪れる保証は何もありません。
今年度に入って年間100人ほどのペースに落ちています。それまでの半分です。
その撮影チャンスをいわゆる「個撮」が少しばかり補ってくれてはいますが、それでもこれでうまくなるのはなかなか望めそうにありません。

「う~ん、それじゃあ、心もとないですねぇ。」と、言っているわけでは勿論なくて、会い方のギターの音に聞き入っているのです。
- 2017/09/10(日) 00:00:29|
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いろいろなブログを訪問させていただきますと、それぞれにユニークだったり味わいが深かったり、また優れた技術を見せていただけたりと楽しみがあります。
私のブログを見ていただいている方の履歴は、同じfc2ブログの方だけしかわかりませんが、時々「見てますよ。」と声をかけてくださる方がいて、またいわば「定期読者」の様な方もいてくれます。
ありがたいことです。

幸か不幸か血縁者の内で私のブログを見てくれているのは、おそらくただ一人かと、いえお二人かな。
私はアクセスカウンターを付けていませんので毎日どれほどの方に見ていただいているのかも数字としては分かりません。そのカウンターもfc2ブログ内でのアクセス数なのか、それともそれ以外からのアクセスもカウントしているのか、その仕組みをわかっていません。

まあ、多分fc2ブログの外にも手を伸ばさないとこれ以上沢山の人に見てもらう事はないのかなあとも思いますが、それはそれでいいのかな・・とも、思ったりします。
私が自分のカードを差し上げて、その時に見ていただいた方の中にも、その後も続いてみてくれている方が何人かおられますから、そういう事でいいなあとも思うので。
ただその一方で、もっとたくさんの人に見てもらいたいという欲がないと言えばそれは嘘で、こうしてフォトマヌカンをしていただいたり、縁があって撮らせていただけた様々な方たちのためにも、閲覧者を増やしたいなあとも思いますし。

いずれにしても私だけが見ているんではもったいないですしね。
1万人くらいの人に見てもらいたいなあ。
アメブロなどに引っ越したらそういう可能性が出てくるでしょうか。

ブログという形式にも限界を感じますし、どうしたモノでしょうか。
さて、そんなことを考えながら、この場での宿題を一つ残して撮影場所を移動します。
この宿題、今夏に果たすことができるのでしょうか。
さて、今度は「大樹緑陰の涼を遊ぶ」と題して・・・・・。

たまたま「李白」を読んだりしたものですから表題が重苦しくてあまり写真にぴったりしていない憾みがありますが。
- 2017/09/09(土) 00:00:39|
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今年の夏は炎天で底抜けに晴れ渡って爽快に暑いという日が少ないように感じます。 銅心さんも同じ印象だそうです。
暑いだけの日はあったんですけどね。
「お盆」前後ももう一つでした。

それでこの背景に積乱雲と青空が欲しかったのですが。
逆にちょっとしっとり落ち着いた雰囲気になりました。

前回もそうでしたが、少し高いところでも平気なようです。
むしろ積極的に登ってくれました。

「佳人 巨岩下 渓流の涼を愉しむ 」なんて表題にしましたが、岩の下にはなかなかいきませんね。
今日のトップだけです。

私が渓流釣りに詳しかったりすれば、もう少し奥まった清流をロケーションにするんでしょうが、これが精一杯ですね。
第一そうなればカメラやタオルや着替えや食料に水などとキャラバン隊を組んでいかねばなりませんしね。


裸足になってもらうととても何か不思議なメルヘンチックな画面になります。
次の「大樹緑陰に涼を遊ぶ」シリーズではその効果が抜群です。乞うご期待。
この巨岩下シリーズの写真もいい感じだと・・・私は思います。
- 2017/09/08(金) 00:00:13|
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「ブログにアップさせてもらってもいいかなあ。」
と尋ねると「ええ、いいですよ。 僕の肖像にそんな特別な価値があるわけじゃないし。」と。
やはり普段から肖像権について考えることがある人なんです。

「僕も写真を撮っていまして・・・・、橋を撮るのが好きなんですが・・・・。」
「へ~、何か建造物が好きなのかな。」
「橋の形にも興味ありますが、橋が向こうとこちらの人や生活を結んでいるという、そういうことがいいなあと思っていて・・・。」

最初に「ねえ君らの様子を写真に撮らせてもらっていいかなあ。」とお願いした時に「写真を撮っているんですね。(つまり写真を撮る人なんですね。」という言い方に、あるニュアンスを感じましたが、そのニュアンスには肯定的な味がありました。それはそういう事だったのですね。
ところで手前の彼がしている水の威飛ばし方をご存知ですか?
私もよく風呂の中で子供にしましたが、水の出る方向が逆でしたね。
彼は小指の方から、私の場合は親指の方から水を噴出していました。

水をかけられている方の青年が手で水を掬って反撃に出ないというところに彼の生い立ちや人としての感性を思いました。
そしていま水をかけられていることを楽しめているということが・・・・いいなあ。
そう言えば私には大学のキャンパス外で友達と遊んだのはボーリングをしたくらいで、他にはほとんど記憶がありません。
鴨川だって集会の会場として歩いたくらいでしたしね。

大義名分がなければ遊べないというあまり友達にしたくない部類の人間だったんですね。
それで今になって「奥さん、この人の(写真がもっといいものになるために、芸術になるためにという事なんでしょうが)ためにもっと遊ばせてやったくださいね。」と大先輩に言われるくらいのつまらない人間になってしまったのは人生の失敗でしょうか。
それで写真にも遊びがないんです。
話がそれました。

取り澄ました枠から出られない人間では詰まりませんものね。
- 2017/09/07(木) 00:00:07|
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季節の中で一番開放的・解放的になれるのが夏ではないか・・・・私はそう感じているわけで・・・。
いえ、それはきっと私だけの感じ方ではないのだろうと思うわけで・・・・・。
彼はいったん自分の部屋に戻って水着に替えてきたのだそうで、そういう気持ちになりますよね。
実は私も流れに入りたい。

酷暑の日、たくさんの人が水辺に来て遊びます。
「冷たい!!」というほどの水ではありません。流れは浅いですから。 それでもこうして足を浸し、服が濡れるのもいとわず遊べば気分は「最高!」だろうと・・・・。

川の中で興じている二人が面白くて撮らせてもらったのですが、私はなんだかこの二人の友人関係がとても「いいなあ」と思えて。
二人の生い立ちの違いも感じて、それでこの友人関係はお互いにとって貴重だろうなという風な感じを受けたのです。

それぞれの「背景」の物語を勝手に空想しながら撮りました。
そしてその空想が私にはとても「いいなあ」と感じるもので。
おそらく学生さんなんでしょうが、何大学なのかもわかりません。 でも多分〇〇大学の学生なんだろうと。
間違っているかもしれませんが・・・・。

先ほども別のところでその〇〇大学の学生に撮らせてもらいました。
ところで、私はこの場に来るといつも「柳の下のドジョウ探し」をするのです。
人は成功体験があるとつい「夢よもう一度」という観念にとらわれるようなのですが、まさにそれですね。
それで彼らの向こうに傘をさしている女性のことが気になって仕方ないのです。
それにこの写真の遠景のお二人の若い女性も・・・・。

傘の人は多分中国(台湾?)からの旅行者でしょう。 お一人です。
そしてこちらの二人は「カメラ女子」です。
それにしても、やっぱり「男の子」ですね。
向こうの女子は「スカートが濡れちゃった。まあいいか。どんどん行こう。」とかなり積極的なんですが、女子ではまさかこんなことはできませんね。

「河童の川流れ~」と言っているわけではないですが・・・。
「そのまま向こうの女の子のところに流れて行ったら?」と声をかけたのですが、水の流れは左手前方へですから「思わず流れて来ちゃった。」風にはなりませんね。
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- 2017/09/06(水) 00:00:07|
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「若者は成長する」と書いていますが、
「老人もまた成長する」のです。 それは周囲の知人や写真を通じて出会う方々を見てそう思います。
またそうでなければつまらないですね。
自転車で行く人を画面に入れて、あまりポートレート、ポートレートしないようにしてみました。
私のよくやる手です。

そして誰もいないケース。 遠い点景にはいますけど。

そんな話をしながら背後に自転車の気配を感じたのでまた撮ってみましたが・・・・。
直ぐ後に若い女性が通りましたが・・・・・背中に目がありませんから・・・・・気配だけで撮ると期待とは違いました。

この辺りは鴨川の岸辺の中で、私がもっとも好きな場所の一つです。
「日本に京都があって良かった」というコピーがありますが、「京都に鴨川があって良かった」と私は幾度も思います。
三条や四条は私の好きな鴨川のベストファイブには入りません。
観光においでの時はその辺りからさらに上流に、さらにさらに上流に行かれることをお勧めします。(高瀬川も同様に三条四条間よりも上流か下流にどうぞ)

そして鴨川を歩いているときに背中にリュックを担いで青い自転車に乗って走っている髭のおじさんを見つけたら「写真撮って!」と声をかけてください。
きっと快く引き受けると思います。 その人はきっと甲斐さんか私ですから。

いやそれにしても思いのほか暑いね。
普段の疲れが出て来てるのかな。貴重な休みの日をつぶしてしまって体を休めることができないのが申し訳ないね。

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- 2017/09/05(火) 00:00:20|
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実に前向きに仕事にとりくんでいます。
周囲から期待されてしかるべき人なので、それでなお一層ハードな毎日になっているのでしょう。
私に言わせれば、いま日本を代表するブラックな職場の一つなのですが、やりがいは大いにある仕事ですからね。

そういうと「でもとても楽しいんですよ。充実しています。」と決して強がりややせ我慢ではなしに言います。
そこに着実な成長を感じます。
リタイアしたおじさんたちは何かと教えたがり、「昔は・・・・」と言いたがるものですが、それを嫌な顔もせずによく私の話に耳を傾けます。

それで私もうれしくなって、この人の「上洛」を楽しみにしているわけで・・・・。
まあ、いい迷惑でしょうが・・・・・。

ちょっとストロボを使ってみました。
やはり照りが出てしまって落ち着かないですね。うまくできません。
ごくたまに試みるというのでは上手にならないわけです。ストロボとカメラの同調の理屈もよく分かっていませんし。

光を柔らかくするには距離を保つことも必要ですね。
このカメラのストロボではデフューザーも使えませんし。

現場では色々模索しているようで、硬直していてただ指示に従うという職場よりはずっといいようです。
この四月から就職した別の若い友人に最近会いましたが、その人も生き生きしていました。
こういう人たちと会話できることは私に、ちょっと勉強してみようかなという気を起こさせてくれますし、写真を通じてより活動や生活を拡張しようという気にさせてくれます。
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- 2017/09/04(月) 00:00:53|
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なんていうと、それこそ年寄りの訳知り顔の粋がりみたいで嫌なんですけど・・・。

ちょっと面白いとこでお初にお目にかかりまして、それでフォトマヌカンを幾度かしていただいて、今は少しばかり離れたところでエネルギッシュに働いておられます。
それで、その職場が、まあなんとも忙しくてなかなか時間がとれないのですが・・・・。

ちょっと私が時代遅れのポンコツにならないように「今」を教えに来てくれます。
それで私が写真を撮れさえすればご機嫌だという事もご存じですから・・・・・。

それにしても今日は「暑いなあ。」といいながら、
できるだけ直射日光を避けて歩くのですが、
私が炎暑好きなものですから、つい炎天下に出てしまい・・・・。

北部ドイツや北ヨーロッパの画家たちが好んでイタリアや南フランスを目指したのと同じように、私も夏の屋外に出ます。そこには光が溢れ鮮やかな色があります。
配色や色の微妙な情感について感得するのは不得意ですが、鈍感な私の視神経にも色が踊ります。

それでフジX100Fを持ち出しているわけで・・・・。
しかも(APS-Cですが)23ミリの広角です。・・・・と言いながら、実際にはついつい思わず知らずデジタルワイドコンバーターを使っていることが多くて。

こういう時ですね。 「便利は不便」ということを感じるのは。
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- 2017/09/03(日) 00:00:16|
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江戸小紋です。
型染めをしたものを補正しています。

昔で言えば柿渋紙を型切して、それに染料や糊を置きます。糊の場合は色が付かないように「ふせる」訳です。
その時にすべて完璧ならばいいんですが、そこはやはり手仕事ならではの揺れがあります。ですから完全な丸い点のつもりが幾分小さかったり大きかったりします。

それを見つけて手直しをするわけです。
例えば白い点の場合、染料を含ませた筆で丹念に大きすぎるもの一点一点に手を入れて小さくするわけですし、逆に小さすぎる点には胡粉を説いてそれで丸を大きくくします。
この柄の場合、小さな点が渦を巻いて無数に並んでいます。

「ほらこの辺の青い点が少し大きいでしょ?! ちょっと暗く見える。 この辺りは白い点が小さい。」
なるほどそういわれてみれば・・・・。
「着ていたらほとんど分かりませんが、やはりじっと見れば分かります。 補正して完成度を高めて良いものにする、それが私らの仕事です。
「そういう補正をしたことが分かってはいけません。私らの仕事は気づかれないように、何もなかったようにできなくてはいけません。」
良い仕事をすればするほど、その人の仕事は陰に隠れます。
現代の風潮とはまるで逆です。
自分がしたことでなくともまるで自分がしたようにしゃしゃり出るのが現代です。
中身はなくとも、あるいは本体は全く別でも、とにかく名を売ってこそナンボだという世情です。
肝心の仕事が何もできなくてもとにかく人の話題になったらいいという、上西某のような国会議員のやり方は、維新やファーストでも常態です。
橋下などという人はその大御所ですしね。

職人の世界に後継者が育ちにくい原因の一つはそこにあるかもしれません。

本当に訳の分かる人の中でしっかり評価されたらそれでいい、という精神。
そういう精神ははやらないのでしょうか。
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- 2017/09/02(土) 00:00:30|
- 伝統工芸
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たまたま「この夏にこれだけはやっておきたいことは?」がトラックバックのテーマとして出ていましたが、私の「これだけは」の一つがこの写真でした。
それで何か所かのロケハンをしましたが、やはりここでした。

以前から芦生というところの林の中の小川で撮りたいと思っていたのです、が、入山の条件が厳しくなったこともあり、そこにまで足を延ばせませんでした。
周囲を木立にかこまれた浅い砂地か小石のせせらぎがいいのですが。
それはおいおい又探しましょう。

ロケーションの引き出しを増やしたいのですが、それを見つけたらかといって一緒に足を運んでいただけるかどうか、それはまた別の問題でして・・・・。
それでも自然の景観や街のたたずまいを色々インプットしておかねばなりません。
きっときちんとした人(写真を撮る人)は良い場所を見つけたらその場所についてそれぞれ写真を撮り、それにコメントを付し、例えば道順や移動に要する時間、トイレの有無などの条件を記入したカードなどを作っているかもしれませんね。
そういうことを人ごとのようにいっている時点で私の可能性は・・・・。

ファインダー倶楽部の写真展に出す写真は、本当にあれこれ迷いましたが、結局、若い魅力的な女性たちのものにすることに決しました。
行きつけのプリントショップの、信頼する店長さんもこの人の写真や浴衣の二人連れの写真などを評価してくれて、それらを組んだ場合やこの人の写真だけではどうかというアイディアもいただいたのです。
川口さん(シンガーソングライター)、河野さん(ピアニスト)の写真もまた別のジャンルで「これいいですね!」と言っていただけるものでしたので、私の今後の方向性も考えると贅沢な「苦渋の決断」をしました。

それはこうしてブログにアップする際にもまた迷い始めるほどの選択でしたから、次の個展ではまたコーナーを設けてぜひ発表したいと思っています。・・・・そのためには来年はパスしようと思っていた個展を、やはり来年のどこかでしないといけないなという思いにつながっています。

考えれば1年というのは遠い将来ですね。
殊に私のようなお年頃のものにとっては果たして行きつけるかどうかわからないという面もありますから、決して『何時か、そのうち。』にはしないようにしなくてはなりません。
1年先というのもけっこう遠いのです。

せっかく1年先にしてもその時には、例えばこの人も一身上のご都合で個展に足を運んでもらいにくいところに移り住んでいるかもしれません。
荒木経惟氏が次から次へと途切れることなく写真集を出し続けた気持ちが分かるような気がします。(ハハ、格違いですが。)
- 2017/09/01(金) 00:00:59|
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