このホテルの前は好きな雰囲気なのでよく撮ります。
一寸イタリアの街角のような感じがありますから、楽しいのです。

iイタリアの街では、町に止められた十数台のスクーターの彩と道路を挟んで立つ店のウインドウ。それらが色も形も質感も、どこかで誰かデザイナーがこのように意図的に配置したのではないかと思うような風景がありました。
皆さんの中にもイタリアの街をご覧になってこられた方が少なくないのではないかと思いますが、町中が美術・デザインという感じがしませんでしたか。

この光ではあまりイタリアらしくはないですが。
この方がドイツに行かれるということで、逆にこんな背景で、・・・・。

ドイツでできたヨーロッパの人たちに「私はこういう国から来たのよ。」と言って見せてあげてほしいと思いました。
私はたいした愛国者でもなければ、日本万歳主義者でもありませんが、自分自身を形作ってきた文化的土壌に対しては、(批判精神を忘れないで)尊重したいし、アイデンティティーの一部として他国の人と交わるときには・・余計に・・・この部分を自覚していたいですね。
神は細部に宿るといいますが、文化も細部に凝っているんですね。

その一方で私にもヨーロッパ文化に対する憧れは未だに根強くあり・・・・・。

この人はヨーロッパの街にたたずんでも絵になりそうですね。
さすがにクラシックバレーのダンサーです。

ここはどこ?
京都です。
- 2015/01/31(土) 00:02:33|
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PCのフォトソフトには写真の傾きを修整してくれる働きがあります。
私は写真を撮るときに水平垂直を正確にすることが苦手です。
体が硬くなって適切な姿勢がとれなくなっていることにも一つの原因がありますが、
単に注意深くないということも傾いた画面にしてしまう要因でしょう。

で、傾きを修整するアイコンをクリックすると面白いように傾きが正されます。
で、面白がってその操作をしていたのですが、やがてどんどん写真が面白くなくなって行くことに気づきました。
傾きを修整するためにトリミングされてしまうこともその一つの理由ですが、・・・。

トリミングされるとファインダーでのぞいた空間が狭くなってしまって、望んでいた雰囲気が出なくなってしまいます。
そればかりではありません。
背景の垂直が正されるとともに私が印象したその人の存在のニュアンスまでもが「修正」されてしまうのです。
人を写真に撮るときに「まっすぐ立っているから『まっすぐ立っている』という印象で撮る』わけではありません。
写真は事実を伝えるだけのものではないので『まっすぐに立っているという事実』を伝えるだけでは作品になりません。
その人を印象したニュアンスを伝える絵にすることが写真の課題ではないかと。
そういうことにこのソフトを使ってみて改めて気づきました。
さて、話は変わりますが、次の2枚は間違い探しのクイズではありません。

どちらを選ぶか、とても悩まされた2枚です。
みなさんならどちらを選ばれますか。
それはともかく、昨日の写真の人にはこういうポーズは似合わないでしょうね。
その人だから思い浮かぶ情景、ポーズがあるものです。
その人を観察し、その人に感応してマンネリを打破したいものだと思います。
先は長いなあ。
- 2015/01/30(金) 00:00:29|
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この場所はとある美容院の店先です。
ご主人の趣味らしくとても感じの良い作りになっています。

昨年の夏頃でしたか、この辺りを走っていて見つけたのです。そこで図々しく「今度この場所の雰囲気に合う人を見つけたらここで撮影させてくれませんか?」とお尋ねして
「声をかけていただければどうぞ・・・。」ということで一応の了解をいただいていたのです。

それで12月31日ということでお休みという時でしたが、たまたま窓からお顔を出しておられた奥さんにお願いして・・・。
そこにご主人がお帰りになって…という具合でした。
私のつもりとしては、この人かあるいは…という思いだったんですが、こういうことはタイミングですね。

私は街を歩くときは大概、右目で「素敵な人はいないかな。」と、左目で「どこかよい場所はないかな。」と探して歩きます。…ととと、言うまでもなく冗談ですが・・・・しかし、ロケハンを意識して歩いていることは本当です。
そして、はたして使わせていただけるかを事前にお尋ねしておくのです。
ただ、いろいろな条件が合うのはいつのことになるかわからないことが多いのですが。

明日は元旦という日ですから正月飾りが出ていたのですが、ご主人が「これがあったのではまずいでしょ?!」と外してくれました。
「ありがとうございます。」
今回の「この一枚です。」
これはグループ展か個展に出すことは決定ですね。
大きく引き伸ばすととてもいいと思います。自画自賛です。
他の写真を見ていていただいてお分かりの通り、私がこの人を「モデル(フォトマヌカン)」にし切れていないところがあったのですが、ようやく撮れた一枚といったところです。

無理を言って付き合ってもらった甲斐がありました。

写真て難しいですね。

何しろちょうど南中時くらいでしたから「まぶしいんです。」
ありがとう。
- 2015/01/29(木) 00:03:33|
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「が」は格助詞、「は」は「副助詞」。
どちらも格助詞のように意識していることが多いように思う。
有名な文章に「象は鼻が長い。」がある。この場合、文の主語は「鼻」であり、長いのは「鼻」である。そして、鼻が長いということが問題にされているのは「象」についてだということになる。「つまり象に関していえば、鼻が長い。」ということになる。
なぜこんなことを書いているかと言うと、この人にはそれ…なぜ書いているのかという事情が・・・が分かるからです。

もともとあまりこうして注目されることが得意でない人ですから、写真の「モデル」をすることは苦手なようです。
大学のミスコンに「他薦」されそうになった時にも断りました。
そんな人ですが、私は無理をお願いして撮らせてもらっています。
さて、実は私はこの人のおかげで、普段あまり使わない脳を時々刺激してもらっています。
この人が大学で学んでいることを時々話題にしてくれるからです。
そして日本語の文法や語彙について自分の知識や日常の使い方を反省させられるからです。

以前は、私自身が「相手は日本語を外国語としてテキストで学んできた人だから、教科書的な文法にのっとって、省略表現や、慣用句を控えて話したほうが分かりやすいだろう・・と直感的なコントロールが働いて、オートマティックな話し方ではなくて、いったん…無意識のうちに・・・文法的なフィルターにかけて会話をしていました。
そのこと自身が非常に新鮮で驚きのある体験でした。

そのある種の抑制的な働きは職業柄「わかりやすく話す」という身についた機能から出ているのだと思っていましたが、それだけではないことに気付いたのです。
どうやらダブルで自分のしようとしている会話にチェックが働くのです。
文法的に正しく、使う語句についても意味に紛らわしさのない適切さを自分の意識が求めるのです。するといつものようにナチュラルに、オートマティカル話せなくなります。発語が遅くなるのですね。

私たちが外国語を学び会話しようとするときに「文法的に正しいか、語彙は適切か、と無意識にチェック、いえ、かなり意識的にチェックして、話がゆっくりになってしまうのと似ています。

そして日常の会話は実に「文法違反が多い」ということにも気づきました。
意識して人の会話に耳を傾けていると、文法書に書かれている通りの日本語を話す人は滅多にいません。
ひっくり返して考えれば・・たとえば英語の場合・・・私たちは一生懸命文法を学びましたが、米英加などの人々は、その通りには話していないので、かえって我々の英語での話し方はナチュラルではないのだろうということです。はたして実際にはどうなんでしょうか。
(ただ私は、だから文法を学ぶことに価値はないだとか、英会話ができるようになるためにはリスニングだけでよくてグラマーを学ぶことは妨げになるという意見には賛成ではないのですが。)

ただ最近は、この人(たち)の日本語力があまりにすごいので、私のチェック機能が次第に休眠状態になりつつあります。
私はこの人(たち)から知性の成長の仕方を大いに学びます。
- 2015/01/28(水) 00:03:51|
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実はこの人にも私のブログを事前に見ていただいているのですが、・・・、そうすると私が撮ってきた写真を見ていただいたわけですから、多少は安心もしていただける上に、「傾向と対策」もしていただけるわけです。

この写真をブログにアップすることもご承知いただいているわけですが、
「どんな写真がアップされるか楽しみです。それにいつも書いておられるコメントは、私のページにはどんな風に書かれるのか、それも興味深いです。」
と、案外この駄文にも関心を持っていただいているわけで・・・・。

先日ある方からは、「もしやお仕事は国語の先生だったのでは?」などとうれしいような恥ずかしいような誤解をいただきました。
他にも時々「文章がいいので楽しみにしています。」とこうして自分で書くのも照れくさいような評価をいただくこともあります。
まあ、高校、大学、旧職と、長い間ずいぶんたくさんの文章を書いていたことは事実なんですけど。
連日のように、400字詰め原稿用紙4.、5枚分を書いていたこともありましたね。
若かったんですねぇ。

ほんのわずか顔を傾けるだけで、こんなに魅力的な写真が次から次へと生れます。
時々まるで別人が表れますし。

この人もまた幸運にも見つけてしまった素晴らしい「フォトマヌカン」です。
そしてつくづく思うのです。
こんな素敵な人を見つけて、お願いしようかどうしようか逡巡して、挙句の果てに諦めていた、そういう自分を「人生はもう長くないぞ。今を逃して明日があるか?!」と叱咤して声をかけさせていただいてよかったなあと。一寸大袈裟ですが。
そして声をかけたその人が容姿は勿論性格もこんなに素晴らしい方だとは。

うまく撮れたら「FBのプロフィール写真に使っていいですか?」と言ってくれました。
「もちろんですとも!!」

さてぼつぼつ移動しましょうか。
上空には青空がのぞいています。でもまだ光は冬のやさしさですね。

この人も、その場の空気に感応してくれるセンスをお持ちのようです。
- 2015/01/27(火) 00:00:21|
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大学では、アカペラの練習に明け暮れるほか、
AKB48の完全コピーグループにも参加して、大学内で活躍するほか関西規模で活動されたようです。
と、紹介するとずいぶん派手な方のように聞こえるかもしれませんが、快活ではあっても浮ついた面は少しもなく性格の良さを感じます。
今日は、「事実上初対面」のようなものですから…・・・いえ、まだ緊張してその活発な面は・・今のところ・・・見せていません。

ファインダーをのぞくと、「美人」と「かわいい」が交互に現れ、そこに照れの「変顔」も入り乱れるのですから、ため息が出るほど感心しながら、次の瞬間には思わず吹き出してしまいます。
私が撮りたくて仕方なくていつも無理をきいてもらっている美人さんも、恥ずかしくテレがあるときは指でピースサインをしてしまいます。撮りたい写真じゃなくしてしまってごめんなさいと言いながら。
美人扱いをされたまま緊張しているのが堪えられないのでしょうね。実にまじめで謙虚な人たちです。

千変万化、百変化をするこの人ですから、ついついたくさんシャッターを切ってしまいました。
その中には驚くほど平凡に見えるカットもあるのです。
ですが、・・・。

その一方で、すごい美人に見えるときも決して人を寄せ付けいない冷たさや傲慢さは微塵もないのです。
私がファインダーをのぞき、モニターを見て「いいねえ。」などと言っても「何がそんなにいいのですか? 私にも見せてください。」といった感じです。
ここは地下鉄への入り口なんですが、街中どこでもその人を素敵に見せる場所がありそうです。
問題はそれに気づくかどうかですね。
でも、こうして実際に「素敵な人」が一緒に歩いてくれることで気づくこと、気づく情景がたくさんあるのです。

その人が入った瞬間に、生きた背景になる場所が見つかることがあります。
そうでなければ、あまりに変哲がなく見逃してしまいます。

ここもそうですね。
イルミネーションなどで飾られているときは振り返る人がいても、そうでなければただの通路になってしまいます。


- 2015/01/26(月) 00:02:14|
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この人を最初に見かけたときには、「きれいなかわいい人がいるなあ。」という印象は勿論だが、この人の周囲がなにかほの暖かく明るい感じがした、それがことに印象的だった。

あるイベント会場でスタッフをされていたのですが、申し込みや質問に来る人たちに対して、てきぱきとしながらも常に光があったし、配慮のあるやさしい物言いの感触が遠くで見ている私にまで伝わってきていた。
冬木立の影が映る建物の壁を背景に、まず一枚。

今日は昨日までに比べれば日差しもあり風も強くなく、まずまずの撮影日和だった。
とはいっても冬は冬。戸外で長い時間撮るのはやはりちょっと、・・・・・。
私はいつものことで実は結構防寒対策をしているが、この人は撮影のことを思ってか少し軽めの服装できてくれている。
京都より南の地域からはるばる来てくれているから、朝起きた時の体感気温が違うせいかもしれない。
もっとも京都で学生生活を送った人なので「京都の夏は暑いですよね。それに冬はとても寒い。」と言うことはよくご存じなのですが。

友人から「モデル」を依頼されたことはあるとは聞いた…実は彼女はあるコンテストで準ミスにもなった人でして、そのプロフィール写真などを撮っているのですね。このことは事前には全く知りませんでした。・・・、ほぼ未経験に近いとのことで、これから少しづつ慣れていきましょうということでスタート。
最近珍しくなった公衆電話で、ちょっと練習。


とても聡明であるうえに気働きのできる真面目な人だという印象です。
学生時代には某大学で仲間と一緒に、私の好きな「アカペラ」をされていたという。
マイクに乗せたら魅力的だろうなあという声をされている。一寸アニメの声優でもしたら面白いかもしれない。「よく言われるんです。アカペラで歌い始めるまではもう少し高い声でしたから、余計に。
パート練習をしているうちに一寸低くなっちゃんたんです。歌はあまり上手じゃないんですけど・・・。」と謙遜。
女性4人のグループで聖歌などを歌っている。4thの歌声を担当。

今日は、半日付き合っていただいて、これから驚きの連続となります。
こんな人がいるんだなあと何度も独り言ちしました。
「オッ!!」とか「ウッ!!」とか「エッ?!」とかいうつぶやきを何度発したことでしょう。
そういうわけで・・???・・・これからこの人の写真は山ほど続きます。
この時間帯はまだまだ緊張していたんだそうです。
何をどうしたら撮ろうとしている人の要望に応えられるのだろうか…この人は無意識にそういうことを考えられる人なんです。ですから、余計に緊張してくれます。

腰を下ろしてもらった椅子のすぐそばに別のお客さんがお二人おられます。
「今日は一日『モデル』ですから。」 「はいっ」

このシリーズが終わるころには皆さんにこの人の魅力に驚いてもらえると思います。
今日は・・・これでも・・・ほんの手始めです。
- 2015/01/25(日) 00:01:43|
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友禅染の一つの手法に「型染友禅」というのがあります。
多色刷りの版画に何枚かの版木が必要なように、幾枚かの図柄を切り抜いた紙をつかって色を重ねて絵を描いていく手法です。

以前、その方を切る職人さん(和田さん)をこのブログでもご紹介しましたが、その方を使って色を置いていく作業はあまり見たことがありませんでした。
実際、この手法で染めることはもうあまり見られないようです。インクジェットなどの機械的なプリント手法が駆逐してきたのです。

図柄を切った紙を置いて、その切り取られた部分に色を塗ります。…という表現だと、その切り抜かれた部分はべたっと染料がぬられて、その色の面が重ねられていくという印象を受けると思います。
刷毛などで、サーっと塗っていけば当然そうなるでしょう。
しかし、職人たちが極めてきたものはそんなものではありませんでした。
今、丸い刷毛で緑色を施していますが、・・・。
この丸い刷毛に直接染料をしみこませることをしません。
といのも、そうすると刷毛には多すぎる染料が含まれてしまい、切り抜いた型紙の淵から染料が横に染み入ってしまうからです。

「星」を合わせて、版を替えています。
これがずれれば絵はぼけたものになってしまいますし、色が混濁してしまいます。

染料は、いったんもう一つ大きめの丸い刷毛に含ませます。
そして、その大きいほうの刷毛に、小さい刷毛を、ほんの一瞬あてるようにして染料を移し取るのです。
それは女性がほほに刷毛でチークをするより軽い感じです。
まるで染料がついてはいけないかのようにさえ感じます。

そのわずかなわずかな染料を幾度も幾度も重ねることで、切られた型を超えて染料が広がらないようにするばかりか、微妙な色の濃淡を表現していくのです。
この技術はすごいものです。
例えば今制作しているの俵屋宗達の風神雷神図屏風の「風神」ですが、 足や腕の筋肉の盛り上がりはカットされた線では表現しきれないのです。そこで色を置く際に微妙なグラデーションを表現して筋肉の盛り上がりを見事に浮き出ださせていくというわけです。
何回も何回も刷毛を滑らせているときに、力の入れ具合、刷毛の傾け方、染料の含ませ方等で描き分けていくのです。

今年は「光琳派」が注目されて、京都のいたるところで光琳派が登場しています。
・・・・尾形光琳は17世紀後半から18世紀初頭に京都で活躍した人です。1716年に亡くなっていますから、来年が没後300年ということですね。・・・
室町時代の後半期から続いてきた文化の革新が、徳川封建制の中に体制内化していくまでの間、光彩を放っていたころです。
そこに江戸ではなくて京都だったという政治地理的な要因も大きかったと思いますが。

文科省は、中高生に室町期の文化は教えても政治経済は教えなくてもよいと言うスタンスです。
能・狂言・茶・立花・作庭・建築など様々な分野で文化創造が起こりました。それが私たちの現代に直接つながっていて、日本人のアイデンティティーの一部を構成しているからでしょう。
ですがこの時代を読み解くキーワードには下剋上、一揆(≒団結、決起)などがあります。文科省はそういう要素をネグレクトしてよいという姿勢なんですね。(むしろそこのところは目隠ししましょうと)
光琳派の作品は創造性に富み個性的です。伝統に拘泥せず革新していく力強さも特徴です。
それをその特徴のまま記憶させるばかりで、なぜそういう機運が起こりえたのか、その精神史に果たした意味は何かまでは、教室では触れられないのです。
ですから多くの日本国民は「文化」の受容者、消費者ではあっても文化の創造者にはなりにくいし、なる展望を持ちにくいのだと思います。
光琳派300年を機会に、私の好きな室町時代について、またちょっと勉強してみようと思います。
- 2015/01/24(土) 10:55:07|
- 伝統工芸
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今日準備したレンズは35ミリ、50ミリ、85ミリの三本です。
ですがどうも35ミリは使い慣れなくて、ついイメージがわきません。
情景の中で人物を写すということを意識したいのですが、50ミリで案外できてしまうようなんですね。
いえいいえこれでは情景が十分だとは言えないかもしれません。

ただ景色を広く入れたから情景が写せたともいえなさそうですが、35ミリを使ってみる価値はありそうですが、今日はどうもお休みいただきそうです。
室内はかなり暗いのですが、建物の構造がよいせいかいい感じの光が届きます。
建物の中では光に方向性があり、反対方向は暗く沈みますから、いくらかドラマチックになりますね。
意志とか希望を表現するには、これがよいように思います。

全体を柔らかな光で包むような写真もいいのですが、ルーベンスやフェルメールのような光は一つの目標、憧れでもあります。
光を神とイメージする人たちと同じようには意識できませんが、影を嫌って光を描かないような絵はあまり好きではありません。写真も同じです。

影のない人生はないでしょうし、正義だけの世界もまたないでしょう。
清濁併せ呑むという態度を私は肯定しませんが、少なくとも人生は「成功」だけの連続ではありえません。
ですから単純な勝者もまたありえまいと私は思っています。

私の写真も、今はこうした方々が協力してくれて「人を撮る」ことを続けられていますが、早晩、ある限界に行きつくだろうと思います。
そのほうがまた楽しいのです。
限界に行きついて、苦闘するからこそ人生は楽しい。その覚悟がなければ、課題さえ立ち現れてはこないのだろうと思います。
課題に挑むことができていること、そのこと自身がある到達を意味しているように思います。

私の写真など、…撮らせていただいている方たちには大変申し訳ない言い方になりますが・・・・現状では、まるっきり素人の道楽です。
でも、そのままでいようと思ってはいないのでしょ?! と、ある方が。

・・・。
「ムムムム」(華丸)

この方の写真はまたしばらく置いてから続編を・・・。
- 2015/01/23(金) 00:01:51|
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ドイツのフランクフルト空港に降りたとこことは今でも鮮明に覚えています。
イタリアからの帰途でしたから、なおのこと印象が強烈だったんだと思います。
国が違うということはこういうことか、それぞれの精神文化がこれほどまでに鮮烈に異なるとは!!と。
むろんアジアとヨーロッパの違いは相当明らかですが、同じヨーロッパという地域にありながらこれほどだとは。

海外経験のごくごく少ない私は有頂天でした。
白と黒とを基調とし、垂直線と水平線がきっぱりと交差するドイツの空港のデザインは、イタリアのそれとは画然と違いました。
そこを行く、ドイツ男性のスーツ姿はその歩き方も手にしているアタッシュケースのデザインもここは「どいつだ」と言っているようでした。

ヨーロッパ半島のこの地域の中でさえこれほどまでに違う多様性と格闘して生成してきた「普遍性」という概念。
哲学的強靭性が求められて然りだと思いました。

多様性のそれぞれをそれぞれの異質性において厳然と屹立させ定立した上で弁証法的統合を思考するのと、多様なものの異質性を明瞭にしないまま、始原に還元し融合のうちに模糊とさせて溶かし込んでしまう思考とは、ずいぶん懸隔があるだろうと感じました。
日本には哲学がないといった先人がいましたが、それは全面的にではなくとも大勢を言い当てているだろうと思います。
ヨーロッパの写真を見た時に感じる濃厚さ、強靭さは日本人の好むところではないかもしれません。
彼らには自覚的ないと、意識がずっしりと潜在している、そんな風に感じます。

そんな文化土壌の異なる世界で、その世界の中から生まれてきたクラシックバレーに挑む。それは並大抵のことではないと思います。クラシック音楽の世界、油彩の世界などでも同じことが言えると思います。
しかし、イチロウが野球とベースボールの世界をまたいで活躍したように、小澤征爾がベルリンフィルでタクトを振ったように、現代の若者たちはその異世界に、それをわがものとして踏み込んでいく強さと柔軟さを持っているのだなあと、敬服するのです。
それは「手作り市」に集う一部の若者たちにも言えます。

いやこんなことは私の世代でも少なくない人たちがすでにずっと以前に踏み越えてきた問題なんでしょう。
ただ私が時代に遠く遅れているだけのことなのでしょう。
でも、まあ気づかないより、遅くとも気づいたほうがいいに違いないのです。

ことなった世界の人たちと交流して、お互いを認め合いながら、なおかつそこに「普遍性」を追究しあう。そういう交わりができればいいなあと思います。
ここが新たな世界への入り口です。
- 2015/01/22(木) 00:02:37|
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今日はすでにドイツについているでしょうか。
もうドイツに渡るまでに1週間もないという、そんな日に写真を撮りました。
前回はバレーのレッスンの様子を撮らせていただきましたが、今回は「その人」を写し取るつもりで街歩きです。
京都は狭い町ですし、私自身の行動範囲がとても狭いことも重なって、これまで何度も撮ってきた地域です。
でも、結論を先に言ってしまいますが、同じ場所で写真をとってもフォトマヌカンによってずいぶん空気の違う写真になるんだなあと感じました。

その人によってこちらの感性の引き出され方が違うんですね。
こういうことのできる人と出会えたら、よい場所を探してぜひ一度とってみたいと言う写真です。
しかも、「こういうことができるかなあ。」といえば「準備運動ができていないけどやってみましょう。」とご応じてくれる人が目の前にいるのに、…その条件が整っていることに心の準備が追い付かない私です。

素晴らしいジャンプを撮り損ねてしまいました。 ア~ぁ。
今度ドイツから帰ってきたらまた頼んでみようかなあ。 引き受けてくれるかなあ。

それにしても外国に行って自分の夢を実現しようとする精神力には大いに触発されるところがありますね。
私の住んでいる地域には大学があって、少なくない留学生がいます。彼らを見てもそう思います。

私自身、仕事に就いた時には世界的な歴史的な視野で・・・なんて思いながら自分の仕事について 考えていたのですがいつのまにかごくごくローカルにかつ近視眼的になってしまいました。
ですから、若い人たちの覚悟と決意のある飛躍がまぶしく感じられてならないのです。

私は時々、ネット上でポートレート写真を探してみているのですが、欧米の写真家たちの・・・・ひとくくりに欧米とは言えないのでしょうが・・・・写真を見ていろいろ触発されます。
デシタルになって、一層日本の多くの作品との違いがくっきりしてきているのかもしれません。
好みの問題としては、必ずしも受け入れやすいものばかりではありませんが、作者が明確にそこにいるという『作品性』を感じます。

日本では「あざとい意図」が見えることを嫌う傾向がありますから、それが「作品性」を弱めているのかもしれません。

前後に物語のある写真を撮りたいなあというのが今の私の課題です。
- 2015/01/21(水) 00:00:28|
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おもちゃの作られ方にも「戦後70年の間に変化があるように思います。」
そういって、私の年齢を聞いて・・・「一番いい時代でしたね。」

「トキワ荘」に集った漫画家たちが、単に売れるというだけではなくて子供たちによい漫画を届けたいと夢中で作品づくりに取り組んだのと同じ心が、50年代、60年代のおもちゃ作りには流れていたように、私も思います。
作り手の気持ちを感じるので「集めちゃうんですね。」と。
ここで口の右側に舌を「ペロッと」出しているペコちゃんと、左側に出しているペコちゃんを見ました。
どちらが「本家」だと思いますか?

鉄人28号、ペコちゃん、ウルトマン、などなど。
琺瑯の宣伝看板、珍しい郵便ポスト、・・・・。 見飽きませんねぇ。
今度の東京オリンピックを前に前回の東京オリンピックを振り返る機運が盛り上がっています。そんな流れの中で60年代が懐かしがられる風潮もあるのだそうです。
その勢いで『昭和』はよかったとひとくくりにならないように願いたいものです。
60年代の前と後とでは日本は大きく変わりましたね。 何を得て、何を失ったのか。得たものの何がよかったのか、失ったものはすべて良いものだったのか。
理性的吟味がないと「連綿たる皇統」を持つのが日本のアイデンティティだなんて時代錯誤がはびこります。
それにしても新年早々にこの方にお会いできたことも大きな収穫でした。

おもちゃを集め、この店を開いたことが「家族の新しい結びつきを作った」とおっしゃっていましたが、それはこの方が本気だったからに違いありません。

古物商は物を見る目と相場感覚がなくてはなりません。ですが、世間の見る目、相場をキチンを理解しながらも独自の世界観を持たねば、また魅力あるお店を作れない世界なのかなあと思いました。
その点で、写真も同じかなと。

このお店は三条商店街の東の端のほうにあります。

今度は妹さん…素敵な笑顔の方です・・・を撮りに出かけます。
よろしく。
- 2015/01/20(火) 00:00:04|
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お商売としては「古物商」ということでしょうか。
主として『昭和』のおもちゃを扱っているようです。
この人のことは本ブログの1月1日、2日に紹介させてもらった切り絵作家さんが教えてくれました。
私がこんな風に『人を撮る』ことをしているんだと言うと、ご自身を撮ることを許していただいたばかりでなく、・・。
その方が個展をしていたギャラリーを出てすぐの交差点を左に曲がると、わずかに100メートルほどのところに、「面白い店があるよ。その店の若いご主人がなかなかいいから、ぜひ撮ってみたらどうだ。」というお薦めでした。

私はそのギャラリーを出るとすぐその足で件のお店に回ったのでしたが、その時には
お留守番の妹さんしかおられなくて「ちょっと遠くまで買い付けにいっている。」とのことでした。
その時に妹さんから、このお店のご主人・・・・すなわちお兄さんのことなんですが・・・・のお話を伺いました。

お話から想像するのは「古道具屋の印象とはかけ離れた兄ですけど・・・。」とのことで、少しやせぎすの今風の男子らしいという印象でした。

で、その時には妹さんといろいろお話をさせていただき、来年の・・つまり今年のですが…初めころにもう一度うかがうということにしたのです。
「兄には今日のことを話しておきますので・・・。」
で、お店を訪ねたのですがやはり妹さんがお留守番をされていて、・・・・。
この妹さんが、これまた素敵な方ですので、前回お店にお邪魔した時に、ほんの数枚撮らせていただいたのです。
ただ、撮りだしたら間もなく別のお客さんがお見えでしたので、商売の邪魔になってはいけないと、退散したのでした。

お兄さんがお留守なのを幸いに「じゃあ、今日はあなたの写真を撮りましょう・・。」と言いかけたところで、間の悪いことに(笑い)お兄さんが帰ってこられました。
先ほどまで別のお客さんが値段表示のないものを取り上げて「これはいくらするんですか?」と尋ねていたのですが、妹さんが電話でお兄さんに値段を確かめていたのでお近くにはおられないと・・・。
でも帰宅途中だったんですね。
「古物商を営む男性」・・・・東寺の弘法さんや、北野天満宮の天神さんの「市」で見かける年配の方々とはちょっと、いえ、大分雰囲気が違いました。
幼い頃になかなかおもちゃを手にできなかった反動で…おもちゃの収集が始まってついには仕事になってしまったとのこと。
私が今写真に熱を入れているのも同じような心理でしょう。
高校生、大学生の時にフィルムを買う余裕もなく、現像代やプリント代が私には高価でいつもカメラはほこりをかぶりがちだったのです。
そして就職してからも。

「買い付けに行って売っていただくときに『一山いくら』というような値段付けができないんです。その一つ一つにそれまでの持ち主や、時には亡くなった方の思いや記憶がこもっていると思うと一つ一つに値段をつけないではいられないんです。ですからついつい高めに買ってしまうんですね。」
私ももう何十年も生きるわけではないし、おそらく二度と読みはしないだろう本がいくらかあります。それらを捨てるか古書店に持ち込めば、狭い部屋をいくらか快適に使えるようになることでしょう。
でも私の精神史を形作ってくれた書物、著者の苦闘が結晶した書物はひとくくりにされて雑紙と同じようにせいぜいのところ重さで引き取られていくのは耐え難いのですね。
この人はそういう気持ちをとてもよく理解し、丁寧な対応をしながら買い取ってこられるのです。
ですから、仕入れは高コストになるのですが「気持ちを汲んで買ってくれてあなたに引き取ってほしい。」と持ち込みされる人も増えているんですとのこと。
こういうのが近江商人などが家訓とした精神でしょうね。
そうしてこういう人と人との接し方、物への思いがとても痩せてきているというのが今日の私たちの社会ではないかと・・・。同感ですね。
- 2015/01/19(月) 00:02:46|
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長い時間そこにいるわけにはいかないし、話しかけてお邪魔をすることもできないので、本当のところはわかりませんが、お二人は何か仕事を分けてされているようでした。
年配の方が字の全体を書いて、若い方が細かなところを補筆していくような役割分担でしょうか。

私の想像は間違っているかもしれません。
自転車に乗る私などはこれ以上ないというくらい重ね着をして出てきています。
今日は白いシャッターが反射する冬陽に暖かさがあります。
それでも日差しがあるとはいえ、やはり冬の外での仕事はたいへんでしょう。

私などは30年余り務めた仕事をさっさと辞めて、こうして道楽にうつつを抜かしているんですから、幾分申し訳ないなあと思うのです。

でもまあ、こうして写真を撮ることを社会の中での一つの役割として選んだんですから、楽しく「ワクワク」と、できることならば『いい写真を撮る』べく、やっていきたいと思います。

今年もまだ始まったばかりですが、素敵な仕事ぶりのよい表情のお二人に出会うことができました。
今年一年この調子で行けるといいなあ。
- 2015/01/18(日) 00:00:49|
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いつものように自転車に乗って「素敵な人」を探しに出ると・・・・。
シャッターに「駐輪・駐車禁止」などの文字を書いているお二人を見つけました。

その日は一応目的がありましたし、午前中の作業に思わぬ時間を費やしましたので、この場は通り過ぎようと思ったのです。
ところがお二人の背後を通り過ぎる刹那に「この人はいい!!」という直感が・・・。

一枚目の写真ですでにお分かりの通り、この方の仕事に対する取り組みは、実に誠実で高い完成度を目指すものだなあと感じたのです。

こういう仕事ぶりの方に声をかけさせていただくときに思い浮かぶのは、
「余計な雑音を入れて邪魔されたくないだろうなあ。」ということです。
これまで職人さんたちと話をしていて、時々「職人の中には偏屈なものが多いからねぇ。」と、自分の仕事に対するプライドのために人にちょっとやさしくない場合があると言われたりもするのです。

この方が、ただ書けばいいという思いでないことはこの人の目つきを見ればわかります。
ですから、声をかけるときにどうしても一呼吸おいてしまいます。
でも、経験上、こういう方には案外?と「ああ、いいよ。」と快くお許しいただけることが多いのです。
それはなぜなんだろうといつも思います。

シャッターに書かれた文字や絵を見ていつも思うのは、こういう凹凸のあるところにどちらから見ても不自然に見えない書き方をするのは難しいだろうなあということです。
そして不自然にではなく線を連続させること。凹凸があるのに直線に見えるというにはどういう工夫があるのかなと、思うのです。
それで仕事をされている背後から、時々のぞかせてもらうことがあるのです。

どんな仕事だって簡単なものはないとはよく言われることですが、こんな表情をしながら書いたシャッターの文字。
それを見たら身が引き締まります。
- 2015/01/17(土) 00:00:18|
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こうして巻き取った糸を「どうぞ触ってみて・・。」と勧めていただいたので手に取ってみると、絹独特の「ギュッギュッ」というこすれあう音がします。
しかも軽い。
合成繊維の糸の束を手渡されましたが、光沢も違えば手触りも違う。生糸のほうが軽いし暖かいし艶やかだし。

もうこの仕事50年のベテランです。
景気の良い時代は、今となっては考えられないくらいの仕事があったのだそうですが、「今はまあ、絶滅寸前だね。」
「工賃は安いほうがいいと目先のもうけに狂奔した付けが来ているわけだね。今でも(業界の)根本の性根は変わっていないから、回復は望みがないねえ。」

ご自分にいろいろな改革の提案があるだけに、悔しそうです。

せっかく撮るんだったら器械も動かそうか?と言っていただいて、休憩に入るために止めた器械のスイッチを入れ直しててくれました。

巻き取った糸の束をくるりくりと捩じると美しい束になります。
それだけで床の間に置けそうです。
今度私はある場所をお借りしてちょとだけ艶っぽい写真を撮りたいなあと思っているんですが、そこに置いたら一層効果がありそうな気がします。

日本を取り戻そうと声高にいっている方たちがいますが、伝統工芸の実態を見ると
いったい日本の何を、どんな日本を取り戻そうというのか分かりませんね。
軍隊ばかり大きくしてどうするんでしょう。
庶民に生活を楽しむ家計の力と教養を伸ばすゆとりがなければ、こうした伝統工芸の世界が失われるのはもはや疑いのないところでしょう。
- 2015/01/16(金) 00:00:39|
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西陣織はたくさんの分業で成り立っています。
その一つに「整経」という仕事があります。
以前「綜こう」という仕事をご紹介しましたが、その前段になります。

つまり織物の経糸を並べる仕事です。
非常に多い場合は2万本の糸を縦に10余メートルにわたって一本ずつ整然と並べる仕事です。

布の柄によっては、異なった色の糸を並べるわけですが、そのどの糸も張り具合を同じにしなければなりません。
ピンと張ったもの、緩んでいるものがあれば、それだけで布にむらができるといいます。生糸は光沢がありますから、その反射が微妙に異なってしまうのですね。

同じ力で「張って」いっても糸の状態が微妙に違うのですから途中で切れることもある。それをまた巧みにつながねばなりません。
かなり厄介なことだといます。
「まあ、仕事だからね。難しいなんて言っていちゃ始まらないけど。」

ここでのお仕事は「整経」の仕事で余った糸を巻き取りなおしているところです。
こうして集められた糸は横糸に使われたり、染め直して別の用途に使われたりするのだそうです。
実はもうそろそろお昼の休憩というところでしたが、懇切なお話をしてくれた上に
「写真を撮るなら・・・。」と座りなおしてくれました。

この巻取りの装置には色の違った糸が巻き取られていますので「きれいでっしゃろ?!」とおっしゃるのですが、どうもホワイトバランスが難しくて、モノクロで撮っています。

絹糸は光沢に華があり、かつ上品なので実にきれいです。
- 2015/01/15(木) 00:00:08|
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私のカメラはごく最近のものに比べて高感度に強いとは言えません。
先日あるところでストロボの使い方について話題になったことがありましたが、そもそもストロボが必要かどうか…イエ、特別な光による演出の際は別ですが・・・ということになりました。
技術の進歩はすごいものですね。

技術の進歩は、私たちにいろいろな可能性を与えてくれます。
その可能性をどんな現実にするのか、それがもう少し話題になるといいなあと思います。
よく言われることでもありますが「写真論」がなくて「カメラ論」ばかり熱心なようで。

日本で写真が芸術の一ジャンルとしてなかなか認識されないのは仕方がない現実があるように思います。
そういうスタンスが未熟ですもんね。
自分でもそう思います。

じゃあ絵画などではどうかというと、・・・・、私は幾分否定的な印象を持っているのですが。

そもそも人生論や社会観が問われませんもんね。
むろん芸術的言語で表現されたという大前提が必要ですが。

さあ、ようやくここにたどり着きました。
じっくり人生論、社会観を語り合いましょう。 ・・・・、という建前は最初の一杯まででしたね。

こうして忘年会を楽しく終えて、もう今年も残すところ指折り数えられるようになったそんな一日でした。
- 2015/01/14(水) 00:02:53|
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こんな夜の街散策にお付き合いいただける人は滅多にいないわけで、ストロボなしにどんなふうに撮れるのかを試したい私にお付き合いいただけるこの方に感謝です。
フランク永井の歌などいかがでしょうか。

と、この人に言ってもご存じないかもしれませんね。

この黄色のトンボの看板はこの辺りではちょと有名?
よく被写体にもなっていますね。 今まで一度もドアを開けたことがありませんが、今度一度は行ってみようと思っています。

一応「夜の女」シリーズで、なんて言い合っていましたが、あまりウエットな写真は撮れそうもないし、演歌も流れてきそうにありませんね。

この人と私の組み合わせでは「カンッ パ~イッ!!」のほうでしょうね。
いえ、それでいいんですけど。

どうです、こんな「ロ~ジ」では演歌の雰囲気は出ますか?

実際に飲み歩けばもう少し違う空気が出せたかもしれませんが、
そんな時にはもう少し小さいカメラじゃないと、雰囲気は出ないかもしれません。
でもそうするとおそらく没ばかりの写真になるでしょうね。
役者は酒を飲んだのでは酔い客の演技はできません。しっかり意識があればこそです。
落語の酔った話も然りです。
- 2015/01/13(火) 00:02:13|
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私は学生時代を京都で過ごしました。
その私は学生時代にほとんど京都の町を歩きませんでした。名所旧跡にも、花街にも伝統行事を見にも行っていません。
亡くなった父親はよく、当時の私に、折角京都に行っているんだからたくさんあるお寺を回って「お坊さんといろいろな話をしてみたらどうだ。」と勧めてくれていました。きっとそれなりに優れた人物がいるに違いないからと。(父は確信的な唯物論者でしたが、仏教者ともキリスト者ともよく交流をしていました。)
けれど私はデモ・集会コース以外の京都をほとんど知らないまま卒業してしまいました。今にして思えば、残念なことです。
だから今の学生たちが卒業を前に、いくらかでも京の街を歩くことを進めたいのです。
ということと少しは重なって、京の夜の街を歩くことにしました。
さてどんなコースにしましょうか。

と、エスコートすべき私のほうが実は夜の京の街を知りません。
友人たちが京都を訪ねてくれても私がおいしいお店や楽しいパブやスナックなども知らないのです。

昨年、個展の時に級友たちが集まってくれたのですが、彼らを歓待しようにもまるで情報がないのです。
こういう人間ってどうなんでしょうねぇ。
ちょっとロマンチックな演出や艶っぽい場所を探しても見たいのですが。

朴念仁というほどではないにしても、こういう面白くない男に誘われてもあまり気乗りがしないかもしれませんね。
でも夜の雰囲気が漂う写真にしましょうと・・・、一応話しながら歩いているわけです。

この人は私よりも数倍お酒に強いそうなので、こういうところにも。
酒や焼き鳥やおでんのにおいが漂ってきていますから。

だんだん表情がよくなってきているでしょ?!

京都の町もおじさんたちが安心して気持ちよく飲めるところばかりではありません。
若い女性にもあまり勧めたくない地域があります。
私の嫌いというか苦手というか、そういうタイプの若い男女がたむろし、占拠している地域があります。ずっと以前は、そのあたりはおじさんの領分だったところですが。

国際観光都市などと言っていますが、外国からの観光客もその辺の事情をよく事前に調べ済みなようで、うまく「棲み分け」ているようです。
私もその辺りは大概の場合は回避します。
でもこの通りは一度は通らないとね。
この両サイドのお店、私は40年間の京都生活で数度程度しか入ったことがありません。

ここは旧くから知られた路地ですね。
- 2015/01/12(月) 00:02:04|
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いろいろな経歴を経て、ここに至っているんだそうですが、「物を作るのはもともと好きで・・。」

私が写真を撮りに行くと、たまたま前日に夜更かしや徹夜をしていることが多くて、撮られる側としては不本意な状態なんだそうですが・・・・。

コーヒーを入れていただき、私もごちそうになりました。
あまり広くない部屋で、椅子に掛けて向き合ていますから、近すぎて、どうも・・・・。

今日はこの後、お店に作品のを出されている作家さんが来られる予定とのこと。
それまでお時間をいただきます。

手作り市ではお客さん越しに撮らせていただいたり、望遠レンズで遠くからとったりしていますので、こうして正面から撮ると、こちらもちょっと照れます。
でも、せっかくですからちょっと図々しく。

そんな大きなレンズに迫られると、どうしたらいいのか・・・・、と。
そうでしょうねぇ。もし私が逆の立場なら・・・・、なんて話していると、この方に撮られたりして。
むろんお見せできませんが。


お店は開店しても、引き続き手作り市にも出店するようです。
またぜひお会いしに行きたいと思います。
- 2015/01/11(日) 00:00:24|
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昨年12月、お店を開かれました。
アクセサリーなどを展示販売する一方でリラクゼイションのコーナーもあります。

開店にこぎつけるまでにいろいろなことがあったようですが、自分自ら内装などの「大工仕事」をしたのだそうです。
夜遅くまで「一人で」照明ををつけて作業をしていたこともあったそうで、ご近所の人たちが「どんな店になるんだろう。」「だんだんできてくるなあ。」と噂をしていたそうです。

私はこの方に知恩寺の手作り市ではじめてお目にかかったのですが、「出店のための商品作りが間に合わなくて徹夜しちゃった。」とあっけらかんと言っていました。
どうも相当な頑張り屋さんのようです。

京都造形大学が近くにあり、なかなか地の利の良い立地です。
若い学生も近所の熟年ご夫婦も、すでに開店以前から立ち寄っていろいろ話していかれたようです。
この人には人をとらえて離さないとことがあるようです。

私はプレ・オープン日の一日後にお邪魔しました。
この方の「つもり」としてはまだお店は完成・開店していないのだそうです。
「作業しているうちに、どんどんやりたいことが増えてしまって・・・・。」と、いい意味でのどん欲な一面を見せます。

このお店にはこの方の作品だけではなくて、ほかの方たちの作品も置かれています。
それが乱雑感なく並べられているところにこの方のセンスが発揮されているのでしょう。

「率直な感想を聞かせてください。何か変えたほうがいいような点がありますか?」
この人には率直に意見を言える雰囲気があります。 得な性分ですね。
「男性にもお店に入ってきてほしいんです。」とおっしゃるので
「じゃあ、入り口付近にあまりピンクの色があふれるのは男性的にはどうかな?・・・。」などと遠慮なく。
今回の、この一枚でしょうか。

この方美人なんですが、あまり美人然とされませんから、お客さんは入りやすいし話しやすいと思います。
- 2015/01/10(土) 00:05:00|
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4回生の最後まで学内で役割を果たしてきたのですから大したものです。
そのうえ卒論も「もう提出しました」とのことで、あとは卒業式を迎えるだけ。

行き当らいばったりの学生生活を送ってしまた私などとはえらい違いです。
この人を紹介してくれた人も、実に着実な努力をしてきて、充実した学生生活を送りながら、希望の進路を切り開いていました。
今の若い人は堅実ですね。…と、ひとくくりにはできないでしょうが。

ご存知の方は少なくないと思いますが、ここは京都駅の大階段です。
実はこの写真はクリスマス前に撮ったものですから、いろいろな飾りが見えます。

クリスマス、正月・・・・そういうことに対する心の動き方が若い時とはずいぶん違ってきています。
我が家の正月の恒例は『男はつらいよ』を見ることですが、会いう映画の持つ味が一段としみじみとを感じられるのです。

ですから、みんな楽しくやれよ・・・とそういう気分になるのです。

そうして、こうして写真を撮らせてもらっている「人間交差点」のことが心に沁みてくるのです。

この人が四回生のある日、どこかの得体のしれない男に写真を撮ってもらった、 そのことが「この写真、とって貰ておいてよかった。」と思い出されればいいなあ。

自分の写真がほとんどないから、なおのことそう思うのかもしれません。


人の写真を撮る・・・・喜んでもらえるとうれしいなあ。
- 2015/01/09(金) 00:02:27|
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あいにくちょっと寒い日でした。
はじめてお目にかかった方でしたので、イメージを持って臨めなかったのも申し訳ないことでした。

当然、緊張もされています。
でも頑張っていただきました。

この方はある人の紹介で撮らせていただくことになった方です。
今年はこういう出会い方も増えたらいいなあ…とも思います。

でも、実際には難しんだと思います。
私のキャパシティーが浅いですから、期待していただくような撮り方ができないのです。
これまで『撮らせていただける』ということがうれしくてただ自分が楽しめる写真を撮ってきましたから。

この方は今年の春に大学を卒業されるんだそうで、大学の中のスポーツサークルの活躍を伝える学内新聞にかかわってこられたそうです。
そういう新聞のコンクールがあって…あまり細かいことは書きませんが・・・ずいぶん高い評価をえられたんだそうです。
ですから写真についても知らない方ではありません。

私の準備が十分でなかったために、少々不安にさせてしまいました。

でも、こうした強い配色に映える方のようです。

冬枯れで「色がないなあ」と半分あきらめていたのですが、意外にもここに色が残っていました。

色白の方は得ですね。
- 2015/01/08(木) 00:01:03|
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さて、こちらは平野神社。
北野天満宮がすごい人出なので裏口から失礼してきました。

人出は何百分、何千分の一でしょうか。
学問の、いえ受験の神様は強いようです。
若者には受験合格のためでなく学力向上のため、研究の前進があって広く人々に役に立てるようにと、そういうことを祈願してほしいなあと思いながら、天神さんを後にしてきたのですが、こちらはいたって静かです。

大きな樟があって、それにも静かに手を合わせてきました。
すると枝に重そうに雪を積んだその先にほの赤い色の見える木がありました。
寒桜が咲いていたのです。

今日は思わぬ雪で足元は悪いですが、いろいろよい経験ができました。

それにしても何年ぶりなんでしょうか。昼過ぎからみるみる積もってきています。
またあちこちで事故が起こらねばいいのですが。
気温はそれほど低くないようなので凍てついてスリップ事故…ということにはなりにくいはずですが、何しろ不慣れですからね、京都人は。


雪国の方たちから見れば『降った内に入らない』といわれるのでしょうが。
この人の故郷では「-35度」くらいにはなるのですが、「京都には木がたくさんあって雪景色がきれいですね。」

こんなプライべ-トフォトのようなものを出してこの人には申し訳ないのですが、
私はこの一年、できるだけ京都「在住の外国人たち」と交流して写真を撮ろうと思っているので、私のわがままのために、その先鞭になってもらいました。
- 2015/01/07(水) 00:00:12|
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今年の元旦は大雪の初詣になりました。大雪といったってあくまで京都市内基準ですが。
私は無信仰ですから、初詣に出かける義理はないのですが、歴史的風俗習慣、習俗への参加というところです。
というより私の「素敵な人」の一人が「お札を納めにまいります~」というのでうれしくお付き合いです。

私は、この人(たち)と居ればすこぶるご機嫌なのですから、今年の出足は上々ということになります。

それにしても大学合格祈願の「お札」をもらって、希望通りの合格を果たしたのですが、私から見れば神さんの采配というより、彼女らの頑張りのほうがずっと預かって力があった『運命』だと思います。
それでも、その後、東京に行ってもこうして京都に来ては「お札を納めに」通うのです。
そして今年も新たな「お札をいただく」のですが、「・・・・、どのお願いのお札をもらおうか」と悩むのです。
良縁? 健康? 家族の幸福? いえ、いえ、やはり今年も「学問成就」なんですねぇ。
希望の大学にはいった後でも天神さんに「勉学が順調でありますように」とお参りする人(家族や若者が)がどれほどいるでしょうか。
大方の人は、合格の翌年にお礼を言いに来ればいいほうで、その後「神頼み」したことも忘れているんじゃないでしょうか。
彼女は今年3年生です。

ほかにも頼みたいことたたくさんあるんです。
「でも神様に対して欲張るのはよくないと思って…。」やめておくんだそうです。
それに頼み事にも優先順位があって、ほかの若い女の子らしい頼み事も「やめておきます。」というのです。

私がこの人(たち)が大好きなのはこういうメンタリティーがあるからです。
本殿の前に並んで、…そこでは傘はさせませんし、むろん自然に彼女も傘を閉じて・・・祈願をしてきたようです。

それにしても思わぬ雪の日になりました。
さてそれでも「今年の運勢」は大いに気になるようで、…彼女ばかりではなく・・・ちょっと意外なほど熱心に御神籤を引きます。

おみくじの文章はなかなか分かりにくいですから、「どういう意味でしょう?」と尋ねてくれるのですが、彼女の日本語力は、ただの会話力ではありませんし、大概の日本人以上ですから、私も時に困ります。
それでもずいぶん神妙に自分に当てはめていろいろ考えるようです。
この人のこの一年もまたよいものでありますように。
- 2015/01/06(火) 00:00:47|
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旧職の現役のころには花見小路などという場所はほとんど縁のないところで、一年に一度も足を踏み入れないなんてことは珍しくありませんでした。
こういう場所で宴会をするなんてことも、まずありませんでしたから。

それが、不思議にも・・・・。
部屋の隅に座って、一人物思いにふけります。人生の転変について。

こういう物思いはやはり年をとったせいですかね。
でも、そういう転変を思って「ワクワク」することも確かなんですね。 今年はいったいどういうことが起こるんだろうと。

昨年暮れに八〇歳になる陶芸家さんとそのお友達、そしてギャラリーのオーナーさんと…いつもながら、私は闖入者だったんですが・・・お酒を飲みながらいろいろなお話をしました。
そのエネルギッシュなこと、革新的なこと・・・・実に刺激的な時間でした。
私などは「まだまだ尻の青い高齢者」といったところでした。

もっともっと『生臭くなくちゃいけない』と思いました。
ところで、こういう時のお師匠さんの心境はどういうものなんでしょうね。
なんだか複雑そう。

お友達は心配気?!

こんな粋な方たちの写真から始められて、「こいつは春から~・・・」 タンッ タンッタンッ 「縁起が いい~ わい」
- 2015/01/05(月) 00:02:41|
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こうした芸事を楽しんでおられる方が・・・世間には・・・・おられることを漠然とは知っていても、こうして目の当りで見せていただき、聞かせていただくことは滅多にありません。
退職以来、私の活動範囲が広がってきていることの一つの表れですが、うれしい限りです。
まあそれだけ図々しくなってきてもいるということでしょうが。
さて、「しら木」屋の女将さんの番です。

実はこの方が鴨川の河原で三味線を練習しているところを撮らせていただいたことが、今回の「お邪魔」の機縁です。

「牛筋」を煮込んだ料理などがお得意で、何度かお店にもお邪魔しました。

あるレストランがこの春に店内を改装され、新装オープンされる予定なのですが、その時にはぜひマスターの写真を撮らせてもらおうと思っています。マスターご夫婦もそれを楽しみにしていてくれます。
・・・・どこにも加入はしまいと思っていたのですが・・・ある写真の同好の会に加えていただくことになりました。その会の定期写真展が九月にあります。相当気合の入ったグループ展ですから、緊張します。
その会の新年会が今月あるんだそうです。そこで新入り紹介があります。

こうした三味線の会に踏み入ることができるのも、また上に書いたような人とのかかわりが生まれたのも写真のおかげです。
おそらく今月中に、事実上『初めまして』の素敵な女性に写真を撮る機会をいただけるはずです。

2015年がどういう展開になるのか、期待がいっぱいです。
- 2015/01/04(日) 00:00:10|
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今日は東京から二人の留学生が訪ねて来てくれる。
久しぶりになるが、この二人もまた今後が本当に楽しみだし、こうした人たちの人生がどう繰り広げられるのかに興味津々です。
さて、松の内ですからちょっと粋なところから写真をアップします。
昨年暮れに「お稽古先の『会』があるんだけれど撮りに来ませんか。」と誘っていただいて「遠慮なく」お邪魔することにしました。
その『会』の時にはお友達とともに「和服を着るから。」というのも魅力の一つでした。

私は昨年、祇園をどり、小唄に長唄と私の今までの人生にはなかったジャンルの「芸事、芸能」に触れる機会がありました。
そして最後は三味線です。

こういう『会』のことをどう呼べばよいのかさえ知らない門外漢ですから、会場の…花見小路のど真ん中でした・・・お座敷の片隅に場所を取らせていただいての撮影です。
今演奏されている方が、私に「撮りに来たらどうえ?」と勧めてくれた方のお友達です。
そして「友達も和服を着るし、その人がきれいだからぜひ撮って。」と。

本当に和服がお似合いですし、三味線が一層「粋」に映えます。
どんな楽器でも、簡単というものはなかろうと思いますが、見ていると三味線はなかなか難しそうです。
ことに、そもそもの調弦が難しそう。 長唄の会の時に伴奏されている相当な技量の方が、曲の途中で弦の調子を何度も合わせているのを見て、三味線という楽器はずいぶんファジーな器械構造なんだろうなあと思いました。
それだけに入門者や初級者はまずこれに悩まされるのではないかと思いました。
そばにおられるお師匠は、時折、笑顔を交えながら耳を傾けますが、

座は和気あいあいとしているんですが、正面に座を占めて演奏するご当人の緊張は相当なもののようです。
聞く人との距離が近いから、何もかもすべてが見えてしまいますからね。
もし私なら「冷や汗三斗」、絶句して立ち往生してしまいそうです。

会場には「高校生の時から・・・・写真部で活動して以来…ずっと写真を撮ってきた。」という方が盛んに会場を移動しながら撮っています。
その方も本来ならば、・・・稽古に通っておられる方なので・・・「三味線」の腕を披露されるはずなのですが、ご家庭の事情で「今回はカメラマンですわ。」とのこと。この会の専属カメラマンのようにずっと撮られているようです。
コンパクトで高性能そうなカメラにストロボをつけて二台体制です。

ようやく弾き終って緊張がゆるんだ瞬間です。
わかります、わかりますその気持ち・・・。

私に声をかけてくれた方は、次の次。
ですから、演奏者の隣に待機しなければなりません。
でも表情を見る限り自信たっぷりで余裕がありそうですね。なかなか腹が据わっておられる。
- 2015/01/03(土) 00:01:13|
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今年この方の写真から始めさせていただいたのは、やはり私の写真も少しは向上したい・・・からです。
三代目古今亭志ん朝が言う通り「なんといっても旨くなりたい・・・これですよ。」
名人を引き合いに出して、何とも僭越ですが、やはり「うまくなりたい」訳ですよね。

それでこの方の爪の垢でもいただこうという算段です。

道は違っても年輪を刻んだ名人の風格ですね。
昨年、私の好きな「博多華丸・大吉」コンビが、「THE MANZAI2014」の決勝大会で4代目の王者の栄冠を獲得しました。
そのことについて聞かれた、「お笑い評論家のラリー遠田氏」は次のように答えたそうです。
「今回は群を抜いて面白いというコンビはおらず、普段通りの安定した自分たちの実力を発揮した華丸大吉に軍配が上がった。賞レースと気張らず、練習試合をやるかのように平常心。ゆったりとしたテンポでガツガツとボケることなく、いつも通りに淡々と漫才を披露できたのが勝因でしょう。また、今のお笑い界を象徴する結果でもあった。一時期と比べテレビのお笑い番組が少ない中、若手のお笑い芸人の活動の場はライブ会場が主。必然的にお笑い好きの観客を相手にするため、マニアックだったり、ひねりのきいたネタ、変化球の笑いを得意とするコンビが多いのが特徴です。そうした新進のコンビと比較すると、タレントとして認知度の高い華丸大吉は有利だったともいえます」
つまり、博多華丸大吉組みの勝因は「認知度の差」で「平常心でやれた」ことにしかなかったということです。
私はこの程度の評論しかできない人たちが漫才界を低調にした原因の一つだろうなあと思います。
大会最高顧問だというビートたけし氏は、「ジャンクフードとかはやりの店が出てきたときに、老舗の味を見せられた。圧勝でした」と称賛したそうです。
私は元来このビートたけしという人があまり好きではないのですが、総評的には、この評価はまっとうであたっていたのだろうと思います。
ただ、ビートたけし氏は査員に漫才が分かっていない人がいると発言していたことがあるそうです。それはビートたけし氏の指摘することは、おそらく事実ではないかと推測しますが、「大会顧問」が事後にこんなことを言っては、話の順序がはおかしいなあと思いますね。
TVが芸能をずいぶんゆがめてしまったし、人々がじっくりといいものに触れて、それを精神の糧にしていくということが痩せてきているのではないかと思います。
そういう意味でこの切り絵作家さんの作品などがもっと私たちの目に触れてほしいなあと思いました。

そして年月を積み重ねて良い仕事を誠実にやり遂げてきた人たちが見せてくれるこういう風貌に接することも少なくなって、国会のひな壇のように品の無い貧相な顔ばかりを見せられるようになっています。

ここはギャラリーに設けられた席で、この方の仕事場ではありません。
ですが、こうして写真にしてみるとおのずから「凛」とした空気が感じられます。そこがすごいですね。
・・・・最近、この「凛」という文字もあまりに気軽につかわれて、随分字の持つ品が劣化し、すり減っているように感じています。・・・
この方は四つのお名前を使い分けておられるのだそうです。
切り絵作家、陶器の絵付け作家、ポスターや本の装丁などなど多面的に活躍されておられるわけですが、四つ目のお名前は秘密だそうです。
いいですねぇ。
私も三つ目の名前で、こっそり何かしようかなあ。・・・・一つの名前でも大したことができていないのに、二つ持っている時点で腰折れでしょ?!・・・という当然の声が聞こえますね。

まあ、そういうことは、棚に上げておいて、
さあ、今年も頑張ろう!!
- 2015/01/02(金) 00:00:02|
- 陶器
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