カテゴリーを「陶器」としましたが、・・・。
大学の入学試験は終盤を迎えていますが、希望通りの大学、専攻に合格できたかどうか、そこで大きく人生を変える若者がいます。
こういう形で「不本意な」歩みだしをしなければならない人もいますが、また、中・高などでの教師との出会いがそのきっかけになる人もいます。
そして不本意さを抱えた真新しい環境いに自分の身を置いたときにどう考え、どう行動するか、その不本意さとどう向き合うかはなかなか難しい問題だと思います。
そしてそういう不本意さを抱えて生きるのが、ある意味で、人としてごく普通の姿なのかもしれません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
卒業制作展の会場を作品を見て回っていると、まだ制作中の作品がありました。
「おや、間に合わなかったのかな。」

「それよりなにより、ここは陶芸の部屋のはずだが。」
漫画を描いていますねぇ。
絵はなかなかうまいようです。

話しかけてみました。

漫画は高校時代からずっと描いていたのだそうで、ずっと「絵を描きたい自分」がいたんだそうです。けれども「絵を教えてもらう」ということの中にしっくりしない違和感があって、結局「陶芸」を専攻したんですが、・・・。
「で、今専攻していることと自分が本当に好きで手放せないことを重ね合わせて自分の卒業作品にしたんです。」

で、今まだ未完成なの?
いえ、この皿に描いた漫画が自分の描いたものだということをアピールするためには「描いている自分も見てもらうほうがいいだろうと思ったんです。卒展の批評会のときに友達たちからサジェスチョンがあったんです。そうだなと思って。」
ですから、ライブ制作なんです。

すでに読み切りの作品を出版社に持ち込んで「まだ取り上げてもらうまでにはなっていなんですけど、高校時代から描きためてきたものもありますし、何とか出せるようになりたいと。」
卒業を前にしていろいろな選択を迫られる青年たち。
目の前にひかれた線路をただひた走るのではなくて、・・・。
ずっと前を見つめながら。

彼の提出した「自分」をどこかに受け止めてくれる人がきっといます。
ほら、君のノートを手にとっている青年が。
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- 2014/02/28(金) 00:02:01|
- 陶器
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ある方の進級制作を見に行った際に、見かけた作品と作者です。

この作品にはぜひ触れてほしいのだそうです。
触れることでこの作品の持つ質感や込めたイメージを感じてほしいと。

3Dプリンターが成形素材を下から積み上げていくように、この作品も土を下から次第に形作っていきます。
ある程度の乾燥を待ちながらでないと形作る前に崩れてしまいます。
中は空洞のはずです。そうしないと乾燥が進みませんし、焼くこともできません。

ひび割れないように焼くこと自体が難しそうです。
この乳児は、私には胎児に見えました。ですから、「触って、と言われてもなあ。」とちょっと抵抗感を示しました。
女性と男性では、「そこのところの感覚が違うかも、・・・。」なんて話しながら撮影です。
このフロアの作品はそれぞれに見所がありました。
このフロアは2回生ですが、回生による空気の違いが得るようです。

この人たちが卒業制作までにどんな作品を見せれくれるのか。
とても楽しみです。
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- 2014/02/27(木) 00:00:13|
- 陶器
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この方は芸術系の学校の方ではありません。
高校時代から絵を描くのが好きでずっと描いてこられたのだそうで、大学に入ってからも描いてきて「大学に入って毎年個展をしようと目標を立てたんです。」とのことでした。
大学の専門以外のことで、個展をするだけの力を発揮するということは大学生のころの私では想像できないことでした。

ルオーに感化された絵など絵の傾向は様々です。そこが芸術系の教育機関のカリキュラムの中で描いていない面白さでしょうか。
背後に掛っているのは妹さんとお母さんの絵です。
絵が切れてしまっていますが向かって右手には長刀で活躍するもうひとりの妹さんを描いています。

とても良い家族に囲まれているという感じを受けました。
この日も一人の妹さんがギャラリーのお手伝いに来られていました。
初対面の人間が突然撮る写真ですから、緊張するなというのは無理な話です。

それにしても趣味をここまで高められるのは素敵なことだと思います。
「趣味を持たないものは人生を持たない」とまで極論する人もいますが、そうでなくとも確かに趣味は人生を豊かにすると思います。

そしてそれを人に見てもらうことでまた多くの人々からいろいろなことを学び吸収するというのはとてもよいことだなあと思いました。
良い批評も、辛い指摘も受け止める心のある人は素敵です。耳触りのよいほめ言葉だけに耳を傾け、厳しい指摘には耳をふさいでしまうのが私のような凡人の振る舞いですが。
個展をする、ブログ上に作品を掲載するというのは、どのような批評も受け止める気持ちの表れでなくてはなあと思うこのごろです。
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- 2014/02/26(水) 00:03:23|
- 絵画
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各大学の卒業制作展が目白押しですが、それとは別にこんな方にお会いしました。

町のとあるギャラリーです。
絵画の個展をされていました。
これまですでに2度個展をされたそうで、ただ一回の個展をするのにもいろいろ考えねばならなかった私としては驚きです。

会場に、前回前々回の個展に展示した絵の写真集がありました。
とても素敵な写真集で、「そうか、こういう残し方もあるんだ。」と私もやってみたくなりました。
そしてそのページの中にその時の会場の様子とご本人の写真がありました。
展示した絵の写真が色かぶりもせずとてもきれいな再現をしていましたので撮影をした人の腕は大したものだと思っていたのですが、撮った方はまだ若い映像制作に携わっている方だと聞きました。
その方がこの人の写真も撮られたのです。

人物写真ですから、ついつい必要以上に関心を持ってしまいます。
どうやら絵を撮るときと同様照明も準備し、背景幕も備えていたようです。
ご本人は至極緊張した様子です。
「私はとても緊張するタイプですから、・・・。」とおっしゃっていましたが、初めての個展ということや、照明や幕という道具立てもあってなお一層緊張されたのだと思います。
撮影された方は動画制作が中心で静止画の経験はあまり多くないのだそうですが、・・。
わたしは、つい、私ならどう撮るだろうかと思ってしまいます。

そこで私の写真を何枚か見ていただいて、自分の活動を紹介して撮らせていただくことになりました。

ずいぶん熱心に私の写真を見てくれています。
みていただいている何枚かの写真の中に「銅心」さんの写真もあるのですが、
それにしても「銅心」さんの写真はいつも女性に人気があるなあ。
さて、ちょっとポーズを変えましょうか。
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- 2014/02/25(火) 00:08:59|
- 絵画
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祭りのお囃子とは違う演奏が写るでしょうか。

そう思って口元や指先ばかり追っていると写真としての絵にならないことを忘れてしまいます。
こういうところが修業の足りないところです。

こう、なんていうか胸に迫る音が流れます。「流れる」と言うと何かしらのどかな感じがしますが、そういうものではない感じですね。

前回の失敗を繰り返すまいとしているのですが、三味線と笛では指の動きが違うことがすでに計算の外です。
ようやく気付いても・・・・。

私はいつも被写体となってくれる方々が辛抱強く写させてくれることをとてもありがたく思います。
何とか一枚でもそれらしい写真をと思うと、ついこれでもかこれでもかということになってしつこく撮るからです。

さあ、じゃあこれでいいかなと思ったころに良い表情や場面を見つけたり、忘れていた肝心なことを思い出しますから余計にご迷惑をかけます。

今回のこの一枚がこれでしょうか。 ここまでの過程が長すぎますね。

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- 2014/02/24(月) 00:02:45|
- 音楽
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先日太棹を弾く路上パフォーマー(といっていいんでしょうか?)を紹介しましたが、この方もまた三味線を弾いていました。

京都の底冷えする路上で弦を押さえるのは辛いんじゃないでしょうか。

「でも昔の人は寒い冬でも『軒づけ』をしてきたんですから、寒い、冷たいといってはいられません。昔はこういう手袋だってなかったんですから。」

長く長野県を拠点に活動されてきたのだそうですが、少し前に故郷の京都に帰ってきて演奏活動をしているんだそうで、先日紹介した太棹の方とも最近顔見知りになったのだそうです。

音の聞こえる写真をとはよく言っているのですが、なかなか音を画面に捕まえることができません。
三味線の場合に特に感じるある種の情感を出したいとも思うのですが、これまた難しい。
路上での演奏だということや厳しい寒さも加えたいしと欲張るからいけないのでしょうか。

この方は、「しの笛」も吹かれます。
「吹きましょうか?}と言っていただけました。
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- 2014/02/23(日) 00:05:19|
- 音楽
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ここで将来の女優になるための表情のけいこです。
無論、冗談ですが。

私が言わないでも次から次へと違う表情をしてくれます。

表情は冬になったり春になったりです。

これなら映画やTVで活躍できるかもしれませんね。

私は待ち構えていて、撮り損なわないようにするばかりです。

この人はこの4月から東京の大学に行くのですが、うまくいろいろなチャンスをつかめるといいなあと思っています。
同じ大学の大学院には段文凝さんがいます。

日本語の能力は段文凝さんに勝るとも劣らないものを持っています。
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- 2014/02/22(土) 00:04:22|
- 人物
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ありふれた言い方ですが「立春」が過ぎて、「暦の上では春ですが、全国的に大雪も降って『春は名のみの寒さ』が続くころです。
しかし、寒さも底に達すれば日差しの回復とともに暖かさを待つだけです。
とても寒い日でしたが撮影に出ました。
おなかが空いているわけではないのですが、・・・。
この建物はある小中併設(一貫)校の建物なのです。・・・とちょっと誤解を招く書き方ですが。

この一階部分にはおしゃれなテナントが入っています。
こんな寒い時にも桜が咲いています。
緋寒桜ですね。
目には春の兆しを感じていただけますか。

18歳らしくね。
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- 2014/02/21(金) 00:00:14|
- 人物
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この経糸を張る仕事を「綜絖(そうこう)」というんだそうです。
先日も他のお二人がこの仕事をされている様子をアップしました。

現在京都にはこの仕事をされる方が10人、というか10家族おられるんだそうです。
ですが、この仕事だけで毎日を過ごせるような状態ではすでにないのだそうですし、後継者はありません。

こうした単調な仕事に従事するような若者はないのだそうです。
見せていただいている仕事は右手の方が差しだす糸を左手の人がかぎ針ですくって、機械にたらされた紐の穴に通すのです。
この日もを設置するのもこの方たちの仕事です。
この紐の生産がすでに日本のどこでも行われていないのだそうです。もし仮にこの紐を東○レーヨンかどこかに発注すると、機械をこの糸のために設定して撚り始めたら、ほんの数分で京都の年間需要の糸が作られてしまうのだそうです。その企業にとって儲けにもなりません。

紐の途中に「はと目」のような穴があいた金属があります。この穴をあけるのはスイスの会社なのでそうで、日本では生産されていません。
日本の京都の和服産業はスイスの一社に支えられているというわけです。
紐下にぶら下げられている金属性の細い棒状のお銛ももう作られていません。

日本の和服産業は既に確実にじわじわと終末期を迎えています。
いえ、「じわじわ」などというのんきな表現はあたりません。

こうした姿は写真に撮ろうと思ってもあと10年ほどで撮れなくなります。
私は焦りにも似た気持ちで撮っています。
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- 2014/02/20(木) 00:04:13|
- 伝統工芸
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この制作過程で自分自身を見つめることも課題だったようです。
このコンセプトで行きつけるところまで行く・・・・。青年らしい挑戦です。

自分のイメージに分けいって、・・・・。

さらにさらに分け入って・・・・。

自分が何を求め、何を目指しているのかさえ朦朧としてくる。 自身の実体性さえ疑われてくる。
それが青年期の挑戦だろうとも思います。
いえ、それはいつまでたっても同じかも知れませんが、・・。

どのような分野でも何者かを存在させようと格闘している人の目はいいものです。

進学することになっている彼女はまたどこかで新たな作品を見せてくれることでしょう。
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- 2014/02/19(水) 00:02:56|
- オブジェ
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街中のギャラリーは絵画や写真の卒展でにぎわっている。当然描各芸術系大学の卒業・進級展も目白押し。
ここ数年、私はそうした制作展をのぞくことにしている。思わぬ…と言ったら失礼だけれど・・・才能あふれる作品に出会うことがあるし、学生たちの新しい風を感じることができるからです。
しかも、町のギャラリーでは見ることが少ない彫刻や映像、ファッションや生活空間・住宅などのデザインなども見られるからです。
ある大学の卒業制作展を見ました。
そこにはこんな作品が。

その作品はまだ完成していませんでした。

今日の日までに数カ月をかけて制作してきたこの作品です。
来る日も来る日も単純な作業を続けてきたのですから、その間には様々な思いが考察したことでしょう。
私に到底できる作業ではありません。
彼女の長い二の腕は糸との摩擦で赤くなてっています。何度も何度も交錯するたくさんの糸と擦れ合って赤くなった腕は痛いことでしょう。

作業の過程で形成されていく形を見て、迷いや次への期待がわくのではないでしょうか。
完成系をどうイメージしていたのか。
時に制作している自分自身をも見失うこともあったのではないでしょうか。

板や棒に糸を巻きつけて・・・この作業も大変です・・・使う糸は何メートル?ではなくて 何キログラム?です。

彼女の作品で遊ばせてもらいました。彼女の「制作」に刺激されました。

こういう写真も撮ってみたいんですよね。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/18(火) 00:03:35|
- オブジェ
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「女子」ブームである。「女子力」などという言葉もすでに新鮮さを失いかけているほど女子の力は台頭している。
手作り市で目立つのはやはりアクセサリーです。
これまで意表を突かれるデザインのアクセサリを見てきましたが、きょうまた絶句!! でした。もっともそれは私の頭がすでに硬直化しているからかもしれないのですが。

ナイフ、フォークは言わずもがな目玉焼きだろうが下着をつけたお尻だろうが、女性の耳は実に何でもぶら下がるところらしい。

頭部をはねた人型フィギュアが並んでいる。取られた頭の代わりにリボンが付いたり正四面体が付いたりしている。
ご覧あれ!!

同級生が訪ねてきた。
「がんばってるんだって?!」

お互いの頑張り近況報告。
「これいいじゃない。一つもらってくよ。」
お買い上げです。

郷里を離れて生活している私にはこういう経験がありません。
彼の名刺をもらいました。
「がんばってるんだね!」

せっかくだから記念に写真を撮ろう。すみませんお願いします。と頼まれたのですが、iFoneでは自信のない私です。
何しろ「ガラ携」さえ持たない私ですからオン、オフさえわかりません。そこで私のカメラで撮ることにさせてもらいました。
こんな写真になりましたがよろしければどうぞ。(ずいぶんお待たせしました。)

テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/17(月) 00:05:21|
- 装身具
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手作り市が少しずつ変化しています。私はこれを面白いなあと思って見ています。実は私もそれを加速するのに加わってみようかなどとも、・・・・。
というようなことはさておいて、・・・。
「蒼空設計」とあります。建築屋さんが手作り市に出店??!!
Tシャツがつり下がっていますが、絵柄が「階段の設計図」です。しかも「折れ曲がり階段」。

日本の消費生活はずいぶん変貌を遂げてきました。しかし、変貌してきたということと消費者がよりよい消費生活をしていることとは必ずしも一致しません。
もし仮に物質的は大量の消費をしているとしてもそれが生活の質を向上させているとは限りません。
おおむね供給側の都合で消費させられているといってもいいと思います。「お客様は神様」などというのはお金を運んでくるからと言うだけのことです。

もし消費者の消費の質が貧しいものだとすれば、実は生産者の生産の質が貧困だということです。
消費者も生産はも「最大限利潤の追求」の奴隷になっているのが現状です。
質の高い消費生活をしたい人々とと質の高い生産物(サービス)を提供したい生産者とがフェイス トゥー フェイスでないところに問題があると私は思います。
手作り市が盛んになるのは、その不満を部分的に解決するからだというのが私の理解です。

だとするならば、手作り市に出店するのが「アクセサリー」や「服」や「パン」だけでなくていいはずじゃないか、と思っていたのです。
そこに現れたのが「建築屋さん(設計士)」たちだったのです。

私の関心が吸い寄せられない理由はありません。
私たちの消費生活でもっともおろそかれにされているものの一つが住宅だ、と思ってきた私にとっては「わが意を得たり!」だったのです。

関西に住む4人の大学同窓の若い設計士さんが、消費者のところに行こうとここに店を出しました。
ただここは「手作り市」ですから、自分たちらしい何かを売ろう、ということで「設計図」の一部を切り取った図案を印刷したTシャツを出していました。
今日はデビューの日ということで「売れるかどうかわかりませんが、・・。」ということでしたが、私がぐるっと一周してくる間に「Tシャツも売れましたし、お店を作る相談も受けました!!」と満面の笑みでした。
今日は仲間の二人が体調を崩して不参加。喜びを共有できないのが残念です。

建築について「私たちが力を貸すことができる場面はきっとあるはず。もっと役に立ちたい。」と意欲的です。
それぞれが得意分野を持ち個性を持って力を発揮すればきっとたくさんの人の喜びにつながるでしょう。
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- 2014/02/16(日) 00:03:13|
- お店
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一目ぼれという言葉がありますが、人間一目見ただけではなかなか理解しつくせないものです。
この方もお話をうかがうにつれ、多彩な才能を秘めていることを知りました。そしてまたご自身の将来を展望する視野も、主体的で自律的なことを知りました。
私のように単線型ではないのです。


少しトーンが暗かったですから、ここでは明るく健康なイメージで。
この方の魅力を追いかけていくだけになってしまいそうです。

それではあまりに能がないということになりますが・・・、では果たしてそれに抗えるかというと、・・・。

どうも難しいようですね。

屋上に出ました。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/15(土) 00:05:39|
- 人物
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私がこうして撮らせていただく方のほとんどの方が「モデルは初めてです。」
私が素人写真愛好者で、被写体をしてくれる方もまた「素人」です。
そこで撮り始める時「モデルをしていただくことになった以上は覚悟を決めて『私はモデル』と思ってください(笑い)。」とお願いします。そして私も「フォトグラファー」だと自分に言い聞かせます。そうして変な照れをお互いがなくします。
やる以上は「(本格的に・・・何が本格的なのかわかりませんが)やるんだ!!」と思いこむわけですね。
などと言いながら次第にお互いの緊張をほぐします。

そういう点でこの方の飲みこみ方は実にすばらしい。
実はこの方は、変な言い方ですがご自身を「きれい、かわいい」系では考えていないようです。
「ちょっと変な、明るいキャラクター」なのだそうです。確かにその一面は、いえ二面も三面もありますが。

ここは京都駅の空中回廊?・・・と呼ばれているのかどうか知りませんが、面白い場所ではあります。

京都にはこうした、一般の者に公開されている、現代建築が少ないですから(大いに批判はありますが)、ときどきここで撮ります。
こういう点では京都はいまひとつ面白くありません。東京や横浜、あるいは大阪や名古屋と違う点ですね。
企業のビルはあります。が、そこに入って写真を撮るというのは、まだ私は試みていません。許可されるのかどうでしょう。

建築も現代美術、造形ですから、私企業のものではあってもぜひ公開してほしいものです。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/14(金) 00:00:29|
- 人物
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この方はとある大学の写真サークルの方。
私はいろいろな大学の写真サークルの写真展を気付く限り見せていただいている。
そこで展示されている写真について、話ができる空気を持った会場ではできるだけやり取りをするようにしています。 学生たちの意欲や試みに触れたいからです。
そこでお話しているうちに、こんな方に出会い、写真のモデルをお願いすることになりました。
文字通り素敵な方に出会ってしまいました。
待ち合わせは京都駅です。

今日は曇りがちで、人物を撮るには悪くないのですが、ちょっと気持ちの盛り上げが難しい、・・なんて予想をしていたのですが。
この方の明るいキャラクターが、そんな心配を吹き飛ばしてくれました。

これまでモデルの経験は?と聞くと「ありません。初めてです。」との答え。
写真サークルにいたということもあるので、ちょっと意外でした。
この大学には女性ポートレートに正面から取り組んでいる数人の学生がいることも知っていましたから。
ちなみにその学生たちは近々グループ展をするようです。きっと案内を頂けると思いますので、私はぜひ見に行こうと思っています。

「彼らに負けないような写真にしないといけないね。」と私。

この辺のポージングはごくありふれていますが、ありふれた画面でも魅力的になるのがモデルの力。

では、移動です。
とても賢い方で、こちらの要求をすぐに理解されます。
移動中の「ダべリング」からカメラを向けての瞬間で、すぐに反応します。そして指示したポーズの中で常に工夫してくれます。
「(モデルをするのは)本当に初めてですか?!」
「はい。」
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/13(木) 00:02:57|
- 人物
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七宝焼きの作品を販売する店の姿が減っている様に思います。
七宝焼きの職人さんもその数を減らしているそうです。

この方はもともと別に仕事をされていたのですが、今は七宝焼きを専業にされています。

平面に銀の線をはわせるのはそう難しくないとしてもこうした立体の曲面に銀線を沿わせてつけるのはなかなか難しそうです。
いろいろなノウハウがあるのだそうです。
ここは実演をして見せてくれる場所なので、窯に入れたりはしません。
私が撮影をお願いすると「じゃあ、実際の場合のようなわけにはいかないけれど、・・。」といってわざわざ制作に取り掛かってくれました。
実際の場合と違うというのは、デモ用の制作物と実際の作品とでは緊張・集中の仕方が違うということです。

そういいながらもあえて難しい壺で実演していただけたのはありがたいことでした。

自己流でいろいろな技術を身につけていくのは難しいということをいろいろなケース・・・たとえば温度管理や銀線の幅の広さ、鉱物顔料の一度に重ねる厚みなどなど・・・でお話しいただきました。
自己流で写真を撮っている私にも苦い言葉でした。

作品を数多く見たとしても、その制作の過程を読み取ることは、恐らく作品の制作者以上の技量と制作観がなければならないでしょう。
優れた人の制作過程を補助するような仕事をしながら技を盗むなどということでもなければ、なかなかこうした職人技を学べません。
この方はご自身のノウハウを伝えようと教室を開いておられますが、職人の世界はまだまだ「秘密」が多いようです。
七宝に限らず、もやは技術を隠して我だけ生き残るような事態ではないように思うのですが。
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- 2014/02/12(水) 00:02:06|
- 工芸
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私にとっては絵画も難しいですが、こういう造形はさらに難しいです。
鉄の円盤に砂が撒かれ、そこにいくらかの苔が配置されています。中心はまるで人のふくらはぎのような、あるいは足の骨のような木製のオブジェです。
生命の朽ち行く姿と転生の姿でしょうか。
苔は枯らしてはいけませんから水やりがしてあります。展示会期間中この作品にはずっとこうした手入れが必要です。

大学の進級制作展です。

この方と話していて一番共感できたのは、『アイディアを先行するのではなくて、素材についての知識やそれを造形する技術の修練をとても大切に考えている』点です。

コンセプト、アイディアということが盛んに求められ、そのことで大いに思考が深まり学ぶところはあるけれど、どうも今一つ、自分の要求とは違う気がする、というのです。

彼女の出身地の大連は、私がしばらく過ごした瀋陽と同じ遼寧省ですから、それだけで私のほうが勝手に親しみを感じてしまっています。
ちょうどいま彼女の先輩がきました。
写真を撮ってくれているんだという彼女の説明に、その先輩が「僕も写真を撮っているので・・・。」とさかんにアングルなどのアドバイスをしてくれました。

また大学のほうにも行きますからね。
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- 2014/02/11(火) 00:05:09|
- オブジェ
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太棹の三味線を弾いておられます。
先入観で「激しいバチ捌き、指の動きをする。」と思いこんでシャッタースピードを上げてしまったのがよくありませんでした。その後に状況を見て修正できないところに私の弱点があります。

この辺りにもよくストリート・パフォーマーが出てきます。
ここは四条の高野川にかかる橋の上です。

前掛けの絵柄はご自身のアイディアだそうです。
外国からのお客さんもカメラを向けていかれます。もっとも私のようにしつこく撮る人はおられないようですが。

何を目指して、何を信じてこの寒風の中を路上に立つのか。
勇気なのか無謀なのか・・・・、こうしたストリートパフォーマーを見ると私の中の何かが妙な反応をしだします。

私の生き方はこうした人たちとは対極にあったといえます。ですからなおのこと胸が騒ぐのでしょうか。

じっと見つめる視線に向かって弾き続けます。
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- 2014/02/10(月) 00:03:14|
- 音楽
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中国に行って若者と触れあった時に驚いたことの一つが、日本の芸能やアニメが実に広く深く彼らをとらえているということでした。
コナンや「嵐」を知らない子はないといった感じでした。
嵐の誰が好き? ニノ!、オオノ君! などとすぐさま答えが返ってきました。
もちろんJポップスと並んでKポップスもよく知られていていましたが。
この方は京都のある芸術系大学の大学院で学んでいる方です。
中国安徽省の出身だということでした。

龍とその子たちについての中国の伝説をモチーフにした絵を描いていました。
伝説の中で龍の子たちに与えられたキャラクターや能力をイメージ化して表現しています。
たとえば仏像で薬師如来は薬の壺を持って表わされるように、それぞれに特徴的なアイテムを持たせたり情景設定をしています。そういう「調べ」が行き届いています。

こういう中国の伝統に根ざしながらも絵画的語彙の中には日本のアニメやイラストの流行が見て取れます。
この方も他の中国の若者同様日本のアニメやコミックをたくさん見て来ています。
こういうものを通じて良きにつけ悪しきにつけ日本という資本主義社会の価値観が中国に浸透していきます。
それは戦後の日本がアメリカナイズしてきたのと幾分似ています。

私が日本のアニメやコミックスに描かれている「女の子」像についてジェンダー論から見てどうなのかというような質問をぶつけると、即答する準備がないまでもそれを正面から受け止める強い知的な働きを感じました。
中国・韓国からの留学生の多くに感じる点です。
そういう問題を意識して来なかった自分、自分なりの見解を持てていない自分に気づいた時の彼ら・彼女らの反応は実に謙虚で、かつ能動的です。

1月の末は中国では春節でした。
日本での正月と同じように中国国民にとっては楽しい大切な行事です。
ですが個展をしている彼女は「帰国できないんです。」
で、中国の家族に送りたいのでという意味も込めて写真を撮りました。
中国の若者の親や祖父母を思う気持ちは大変強いものです。

それは教師に対しても同じで、一度でも教えを受けた教師には尊敬を込めて接します。

以前「教師の日」について書いたことがありました。私はそれを中国の儒教の伝統と結び付けて了解していましたが、この人の話によると『世界教師の日』といって旧ソ連の影響でもうけられて定着した日だということでした。

今日の到達点から次を見据えた作品も別の壁に掛けられていました。
若者の成長は早いですし『革新』こそ若者の属性ですから、大いに期待したいものです。
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- 2014/02/09(日) 00:02:35|
- 絵画
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若いということは良いものです。行動力が旺盛なことはやはり羨ましいことです。
このグループは「あぽろん」という名で活動している同じ音楽系の学校の仲間同士の若者たちです。

今日の京都は曇天で少々寒い日ですが、対岸にいても彼らの音が聞こえてきます。
2月18日に長岡京市で開かれる「結び ~音楽で広がる輪~ 」という音楽祭に出演するのだそうで、
「僕たちまだ全然知られていませんから宣伝を兼ねて来ているんです。」とのこと。
彼らの本拠地は関東です。
夜行バスを使ったとしても旅費もばかになりません。

四条の橋の上から手を振ったり写真を撮ったりする人がいます。
そうした人たちに手を振り返したり、ポーズをとったりもします。

ときどきこのグループのリーダーが「フライヤー(私たちの世代ではチラシですが)」を持って橋の上までかけていきます。
ピンクの服のお嬢さんです。

寒いこともあってここに降りて来て耳を傾けてくれる人は少ないのですが、一人の若い男性がもうずっと目の前で聞いています。

オレンジの方がメインボーカル。


来月のコンサートにはたくさんの人が集まるといいですね。
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- 2014/02/08(土) 00:00:26|
- 音楽
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正しくは「女優を目指す楊さん」ですが。
妖というか、幽というか、怪しい雰囲気を漂わせていた彼女ですが、買い物をするときには、こんな普通のお嬢さんです。

ここは私のお気に入りの喫茶店です。
このスタンドの下の彼女は「上海物語」とでも名付けたい場面を作ってくれます。

「少し強い視線をくれますか。」
物語が動き出します。


「君は将来女優をするんでしょ?」
「私の・・将来・・・・・ですか?!」

「女優になれたらいいんですけど、・・。」

「私に、成れると・・・思い・・ますか。」

ここでちょっと出し惜しみをします。
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- 2014/02/07(金) 00:00:26|
- 人物
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毎度書くことですが、人物写真はモデルの選考で80%が決まると思います。実はモデルを選んでいる時点で作る絵も選んでいるのですから当然かもしれませんが。

次の機会にはお嬢さんらしい可愛い写真も紹介しますので、その時にはこの方の表情のギャップの大きさを見てください。
忘れ物でしょうか。たまたま在った傘をそのままで画面に使わせていただきました。
可愛くきれいに撮ってほしいというようなそぶりはまったくありません。
モデルに徹してくれますのでとても撮りやすいです。

私の頭の中に映画のワンカットを撮るような『物語』が生まれてきます。
[本来写真を撮るということはそういうものでなければならないのかもしれません。]

で、こんなこともしてみたくなります。
この人がこの写真を見て「がっかり」はしないだろうと思えるからです。
満足はしないかもしれませんが、こういう試みを受け入れ、一緒に楽しむ力があるように思います。

そうなると撮る側としてのわくわく感はいや増しに増していきます。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/06(木) 00:00:23|
- 人物
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来日した女優の楊さんを紹介します。
なんて、いいたいほどの人です。

その人の立たされた場の空気に感応して表情やしぐさが見事に変化します。何か天性のものを感じます。

これから映画や舞台について学び将来は自らも演じながら、やがては映画の制作を、・・と志を持っています。

小柄な方ですが、存在感が感じられます。

とりたてて何も指示していませんが、期待する表情が出てきます。おそらくこの場を舞台にして自分自身で演技ができているのだと思います。

シャッターの音を区切りに・・・プロのモデルがそうするように・・・少しずつポーズが変わっていきます。

この場所で撮りたいと思った私のイメージが彼女によってどんどん絵になっていくような、そんな感じがします。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/05(水) 00:05:57|
- 人物
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「つばぜり合い」「切羽詰まる」
次第に聞かれなくなってきている言葉です。
刀の鍔(つば)といっても、切羽といってもすぐにイメージできる人が減っているからでしょう。
鍔の需要は?
「居合をする方などが求めてくれます。」

工芸品としても喜ばれるそうだ。
確かに江戸期に入ると刀は実用性を失い、武士にとって権威的・装飾的なものとなる。
無論すでに「安土・桃山時代」からもそうした傾向は広がるが、パクス・トコガワーナのもとでは、その傾向は一層強まる。

刀の鞘も派手になり、刀身のそりも大きく細身になる。重い刀は戦いには必要でもただ持ち歩くには不便だ。
小柄(こづか)が付き物だが、これにも装飾が施さる。目釘の頭を隠す目抜きも本来の位置からずれて目立つ場所へと動いて飾り目抜きになっていく。

私の義弟は地元で祭りの笛を吹く。ずいぶん腕がたって若いものに笛を教えている。その彼が目抜きを笛につける装飾品として好んで用いている。

作業をじっと見ていると実に静かです。
ここには別の宇宙があるかのように静かです。
それは仏師さんの場合も同じでした。


こういう静けさは嫌いじゃありません。
でも私がかき乱しているかもしれませんね。
テーマ:ある日の写真 - ジャンル:写真
- 2014/02/04(火) 00:01:22|
- 伝統工芸
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個展期間中の土日には「和服を着る」というので出かけて行って撮らせていただきました。
お手前のように見えても、・・・実は絵具を準備しているのです。

先日書かれていた絵がここまで出来ていました。
さあ、今日も続きを。

「夢二風の写真にしないとね・・・。」なんて言いながら撮ります。
いや、むしろ女の情念だとか、にほう色香のほうに、・・・?

外出着ですが、せっかく持って来ていたので、着てくれました。
なんだかますます女流画家という風情。

こういう時にはカラーもいいですねぇ。

最初の写真では足袋をはいた足先が入っていませんでしたので。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/03(月) 00:00:22|
- 絵画
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この方、実はパンを焼きます。
「パンの焼き方を教えてます。」とのこと。
いえ、「パンの焼き方も教えています。」です。

絵に描かれている方の多くが和服なのはこの人自身が和服をよく知っていてご自身も着るからです。
「自分で着つけはできるの?」
「はい、教えています。」・・です。
とにかく興味を抱いたことは、「教えられるぐらいはやらないと、・・。」と追求するタイプの人のようです。

何でも中途半端な私とは違います。
だから「個展」も自分自身のやる個展ということについてちゃんとイメージを持つのでしょう。
それだ大切だと思います。
「個展」だから「絵画展」だからといって他の人が作ったイメージを踏襲する必要はないわけで。
「私の表現」だからそこにたまたま絵があり、絵を描くパフォーマンスがあり蒲団に机を置いて応接する。
寛いでみてください、寛いで話しましょ、・・・と。

ある歴史上の著名人がいいました。
「私は個性がない人間には我慢がならない。」と。

私は高校生の頃学校新聞に「気障であれ」という論説を書きました。
人の気に障るような言動ができないようでは青年として人としてつまらないということを書きました。
その「人」とは権力者や富裕者のことですが。

コルクボードはそれほど高価なものではありません。これはうまいやり方だなあと思いました。
私の写真もボール紙に印刷するとよい感じなものがあります。次の個展ではちょっと工夫してみたいです。
対象に対する個性的な迫りかた。
考えてみなくちゃなりません。
ま、「平凡の偉大さに徹せよ」なんてことばもあるそうで・・・・。
テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/02(日) 00:01:50|
- 絵画
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ある方の個展で。

個展会場?!
蒲団が敷かれ座布団が四つ。テーブルに赤い布がかけられてがあります。

この方はコルクボードに絵を描かれています。
絵の対象は知人・友人、そしてご家族。
それぞれの人のイメージを描かれているのだとか。

今個展に間に合わなかった?最後の一枚を描かれています。
これだけ一つは大きなパネル。お母さんだそうです。

絵に描かれたどの方かもその多くは和服を着ています。
そして体には別の人間の頭部があったり、別人の足を抱きかかえていたりします。
奇妙といえば奇妙ですが、その方の特技や特徴も描きこまれているというのです。

人の顔や腕などはコルクボードの色ですが、案外落ち着いたよい感じです。
「コルクボードですから絵具はどんどんしみこんでしまいます。でも色合いは良くなっていると思います。」
それにしてもテーブルの上のこの赤い布はなんだと思いますか?
この「赤」のイメージは?

ちょっと昔の花街風?!
ですね、・・・。
まあ、個展としては個性的です。

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テーマ:女性ポートレート - ジャンル:写真
- 2014/02/01(土) 00:03:32|
- 絵画
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