私の息子と同い年だそうです。
今回が、ここでの2度目の展示販売会。Knit Brand を立ち上げて郷里である京都での展示販売会です。

半時ほども話し込んだでしょうか。
自分のしたいことを明確にイメージされていて、今何に注力しようとしているかをしっかりと意識されています。

イタリアの撚糸に注目し、日本の編の技術を生かそうとし・・・・。

大量販売の短い流行の中で消費されていくものではなくて、10年着てもらえる品質とデザインを求めています。
ブランドを立ち上げて2年。まだ傍らバイトの身だそうです。
そこに我が息子の姿が重なります。
二人とも東京に拠点を置いての頑張りです。

「スーツ一着に2本のズボン」で〇〇円!! と言う様な、糊でくっつけプレスで無理やり型を付けて、途上国の低賃金を前提として作られた「スーツ」が売られています。
誰の体にも合い、だから誰の体にも合っていない服が街のあちこちにあふれています。
ボディーに着せられていてさえ皺が寄り、襟が波打つような服がウン万円で販売されています。
服の文化の貧弱な日本で、さらに理解をしてもらえるだろうかと心配になるKnitの「良いもの」を普及したいという情熱。

「今年流行するデザインは・・・」「今年のトレンドの色は・・・・」などという宣伝い文句にのせられて服は買われていく、着られている。
しかし、それでは飽き足らないという消費者が静かに増えているのも事実。そこに豊かさの質が問い直されている日本の消費文化の一面が現れてはいる。
非正規雇用が雇用者の半数になり、ブラック企業と言われる企業が当たり前のようにはびこる中で、よい消費者になるのはあまりに困難かもしれない。

彼は良い撚糸と良いニッターとをつなぎ、十年の消費に耐えるデザインを提案する。
例えば価格は8万円とか9万円。でも10年着れば一年につき1万円を割る。
つまらないデザインの貧弱な加工のものは、続けて着られる運命を持たない。それはコストパフォーマンスがよいと言えるだろうか。
かつて紳士のスーツは、やはり十年物だった。
流行で「あなたの個性」をお仕着せられる日本の消費文化はもう少し大人になる必要があると思う。
- 2016/03/30(水) 00:00:52|
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「量(的変化)の質(的変化)への転化」
2月も中旬ですね。 3月の末になると私がこのブログを始めて満5年になることになります。
未だに1000名の方を撮ったというところにまでは達成していませんが、まあ、少なくない方にお願いしてきたことは事実です。それで、ちょっと事態が変化し始めています。
とても分かりやすいところでは・・・・・。
ある日私のE・メールボックスに一通のメールが届きました。
手描き友禅の職人さんからです。 自分たちが公開の実演をしているから来てみたらというという事でした。
勿論喜んで伺いました。
この方が案内をくれた方です。 ユニークな方で伝統の絵柄とは違う意想外のものを描かれることがあります。

今回この場では帯に竜の絵を描いておられました。
「防染」をしないで、絹地に描く日本画とほぼ同じ手法で絵を描いていきます。
ですから防染をしてモノとは違うぼかしやにじみが使われて何とも言えない情感と品が生まれます。

私が職人に興味を持って写真を撮っていることを好感をもって見ていただいていて、その機会をやろうという配慮です。
この方の師匠にあたる方の写真を撮っていたことが一つのきっかけでもあるのですが。

注文によってイタリアの名車、フェラーリを着物や帯に描きこむというような、ちょっと先輩方が眉を顰めかねない図でも積極的に描かれます。
それにしてもそういう注文をする方もおられるのですねぇ。 フェラーリのエンブレムも取り入れるのだそうで、フェラーリの人からも注目されているのだそうです。
江戸期の円山派からの伝統も引き継ぎながら、方やそういう革新的な絵柄にもどんどん取り組んでいく方です。

そういうスタンスだからでしょうか、私など門外漢に対してもとても開放的でざっくばらんな一面を持たれています。
で、お誘いによって会場に着くと、その会場には6名の職人さんがおられましたが、なんとそのうちの5名の方は、すでにこれまでに別の場所でもお会いして写真を撮らせていただいた方々でした。
私の個展に足を運んでくださった方もお二方居られました。案内をくれた方も「この前の個展には行けなくて悪かったね。」と。
この女性は「金彩」の方ですが、やはり以前撮らせていただいて、その写真を以前の個展で使わせていただいてもいます。
撮影させていただいた後お会いできていませんでしたので、この偶然に手元に持ち歩いていたお写真を差し上げることができました。
娘さんも活躍されています。

この方幾度かブログに登場していただいていますが、いつも気さくに声をかけてくださる方です。
「あんたが小刀の刃の光という事を言うから、それ以降、それが見てくれる人に見えるように工夫しているんだよ。」と。
この方についてはもう断りもなしにカメラを向けるのが普通になってしまっていますが、この時には、その葉の輝きを撮るために集中させてもらいました。

短時間なんですが、こうして相互に通じ合って集中できる時間はとても楽しいものです。
芸子さんが舞を舞うように、そして裾を瞬時輝かすように小刀が動くのです。
ある種妖艶な瞬間を生みます。

題材は源氏物語です。
名人が投げてくれる球を打とうとするのですが、斯くのごとしです。
- 2016/02/13(土) 00:00:13|
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外での撮影が寒いので「コーヒー飲みましょう。温まりましょう。」と無言で訴えていたのかもしれませんね。
撮り始めると、撮ることにしか私の意識が回らなくなるところがいけません。

露出をいじると写真の時間帯が変わります。
それに合わせて表情も変えていただいて。

暖かい時期にはにぎわうこの場所も、さすがにこの寒さでは誰もいません。
「ただの定休日じゃない?!」
「オッ なるほどそういう事か、な?」
なんてとりとめのないことを話しながら、
もう少し暖かければ中に着ている青色の見える服でも撮りたいのですが。

背景に見える松林。
う~ん、ちょっとミスマッチだなあ。
葉の落ちた広葉樹の林だといいんですが。広がる枝たちに、何枚かのくすんだ赤や黄の葉が残っていて。

この写真はちょっとお気に入りです。
寒そうだけど、若い女性の一人歩きだけど、湖岸だけど、演歌っぽくなくて。
髪の吹かれ方がいい感じだと思います。

ちょっとドイツに旅行です。
地球は狭くなりました。 あっという間に裏側に行けます。

本当のドイツはもっと厳しい寒さなんでしょうね。
- 2016/02/03(水) 00:00:26|
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こういうところがこの人らしい楽しい面です。
年齢不詳の「魔女」です。 ご本人は「天使」だとおっしゃっていますが。

フォトマヌカンと撮影者は、コラボしているので、必ずしもいつでも、こちらが一方的に主導権をとるような性質のものでもないです。
ですから異なった感覚が互いに触れることで面白いものが生まれてきます。
この人からもいろいろな提案があります。
上の写真とこれでは、写っている人の年齢の印象がずいぶん違う感じですね。
何歳ぐらい違って見えますか。
私は実年齢を・・・・・未だに・・・・教えていただいていないので、どちらが適正?なのかわかりませんが。
私は下のような感じで撮りたがるし、この人は上のような感じで撮られたがります。

まあ、ファインダーを覗いてシャッターを切っているのは私ですから。

しかし、表情や仕草を決めているのはこちらだし・・・・、どちらが主導権を握るのでしょうか。
こういうところもこのようなタイプの「人を撮る写真」の面白いところですね。

背後の喫茶店も「あそこがいい。」とこの人が見つけたのです。

なるほどと思います。
こういうところの趣味的な部分がある程度一致することもまたフォトマヌカンと撮影者との関係で大切なことかと思います。
プロの仕事じゃありませんしね。

そのうえで指示に従って任せてもらえるという事でしょうか。
- 2016/02/02(火) 00:00:59|
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