
鴨川は夏空の下です。
空いっぱいの夏の雲。緑深い木々。足下には透明に光る水。
そんな中で写生をする人が。

50年近く友禅でデザインの仕事をされていた方。 徒弟制度の中で身に着けた仕事。
もう十分すぎるくらいしたから・・・、と今は仕事を離れて描いている。

子供のころ油絵をしていたことがあって、・・・・、油とは勝手が違うけど。
水彩です。

ずっと以前、ここより少しばかり下流のところでお会いしています。むろん写真も撮らせていただきました。
「確か、以前、お会いしたことがあるような・・・・でもはっきり思い出せないなあ。」
ただでさえ色々忘れてしまい、記憶が混じり合っている私ですから、「以前お会いしていますよね?!」とはなかなか口にできない。
結局、カードをお渡しする場面で、「会ってますよね。」とこの方から言われて、「えっ、やっぱりそうでしたか?!」という具合。
これからこれがますますひどくなるんでしょうねぇ。

私は本を読むときに傍線を引いたり、ちょっとした書き込みをするんですが、その時にもう漢字を書けません。
辞書を引き引きですが、その辞書も眼鏡を撮って目を凝らさないと読めない。寄る年波です。
まあ、「それもまた人生」ですよね。

この方の自宅はここからほど近いところに。
ご自身の庭のようなものですねぇ。広々とした景観で山並みがあり大きな木の並木があり川が流れる。向かい側は植物園ですから、京都府の乱暴な開発計画を阻止できればビルも経ちません。春夏秋冬楽しめる場所です。

私はすぐわきに腰を下ろしてしばし歓談です。
お互いもう急ぐような人生ではないし。

とはいえ、昨夜の友人の電話も・・・・やっぱりとても長い話になりましたが・・・・ますます新たな知見を得ている様子で、考えていることは若々しい。そうでなくっちゃね。


- 2023/07/27(木) 00:00:41|
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この犬はこの会場のオーナーさんの飼い犬です。10歳。
さすがに落ち着いて吠えることはありませんし、あまりはしゃぐこともありません。
星野尾さんは動物好きで、どちらかと言えばネコ科が好きなんだそうですが、もう何日も在廊していますから慣れたものです。

作品をもの撮り的に撮ってくれないかともいわれたのですが、色再現は難しいし、作品のほとんどはアクリル板がついていて映り込みは盛大にあるし、ちょっと僕の腕では難しいなあと、諦めてもらいました。
実際こういう作品を画集やポートフォリオのために忠実に撮るのは難しいですよね。ですから、「もの撮り」の人の技術には本当に感心します。まさに専門技術ですよね。

これだってホワイトバランスがおかしですもんね。
でも、私の「専門」は別のところにありますし・・・・。
いい感じの服を着てくれていることもあるし、ご自身の趣味の込められた絵の前ですし、何よりこの人の持っている感じが、とてもいいですよね。

とても「撮りたい」意欲を沸かせてくれる人です。
この部屋のどこに立ってもらっても絵になります。
ビクターの犬のように賢く座っています。

私がこの人を撮るとこういう感じで撮りたくなるわけで・・・。

ここは窓に近いのでいい光が入ります。

できるだけ立体的に撮りたいのです。
ペタッとした塗り絵のような写真になると人体の魅力が薄まってしまいます。
プラナー85ミリを手放さずに、あえてFマウント用のマウントアダプターを購入したのもそれが原因です。

プラナーの85ミリをマウントアダプターを介して使うと、電子接点が機能しませんからオートフォーカスも絞り優先とかシャタースピード優先とかの機能も使えません。私は露出はマニュアルですから別にいいんですが、視力の落ちた今ではAFでないと辛い面があります。
ピント合わせに時間がかかって人物撮りの「間」を乱してしまいます。
また練習して感を取り戻せばいいのでしょうが、練習しようにもお相手がいません。悩むところです。

それなのにプラナーに未練があるのは人物に立体的な奥行き、陰影が出るからです。
色合いも、・・・・記憶では、というかフィルも時代のですが・・・・ちょっと違うのです。
それでまた、この人の個展期間がもう少しだけあるので何か口実を見つけて伺おうかなと思っているのです。が、行動に移せるかどうか、アカンタレの私としては・・・・、どうなることか。
- 2023/06/07(水) 00:00:01|
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現在、@nowandthen_kyotoというお店で
『KANAKOSMITH solo exhibition 』を開いています。会期は5/27-6/11(11:00-23:00)(※ワンドリンク)
この人とは以前、別のギャラリーで個展をされている時にお会いしました。

私自身、絵は全然描きませんが、仮に、描くとしてもこの人のようなタイプのセンスを発揮することは、まず全く望めないと思います。
ですから、どこからどうしてこういうアイディアというかイメージを見つけ出すのか、そういうことが私にはわかりません。
それが、しかし、実におしゃれで気が利いているわけですから、私には『おしゃれで気が利く」という要素がないのだろうと思います。
この会場はお知り合いの方の紹介で知ったのだそうですが、ここの内装や椅子やソファなどのセレクトが・・・これはこのお店のオーナーさんの、ですが・・・これまた私にはちょっと無理な感覚です。
で、この人の絵とこの会場と、そしてこの人自身の組み合わせが実にいいんです。

「また撮らせてくれませんか。」とは言っていたのですが「忙しくて時間をとることは難しそうです。」というお返事でした。
確かにそうでしょう。
で、こうして個展を開いて、在廊している時には、ほかのお客さんが途切れたときに、ちょと相手をしていただけます。

ご本人は「個展の記録と思い出」、そしてできればご自身と作品の紹介のための写真が撮れればという考えもあってのことですが、 私にそれに対しての否やはあろうはずはなく。
じっさい、作品の入らないこういうカットも幾枚も撮らせていただいているわけで・・・。
でも、ちゃんと作品も入れて、撮りましょう。これもまた魅力的な一枚になりますしね。

会期中の毎日在廊できるわけではないし、私と言えば自転車が「足」ですから雨が降れば来られません。
それでくるくる変わる長期予報をにらみながら、途中「行きます」の日をひっくり返してまた変えて・・・。
台風は近づくは、大雨の予報は出るわで、・・・、でも思い切って換えたこの日の天候はバッチリでした。

失礼なことに、会場に一歩足を踏み入れるや否や、肝心の絵も見ないでカメラを取り出そうとする私です。
と、いうのも到着した時にはたまたま他のお客さんがおいでになっていなかったので、次にどなたかが来る前に・・・と、「チャンスは前髪を掴め」で。
この「チャンスの後頭部は剥げてるぞ!」の教訓を生かさないばかりに残念な思いをしたことが幾度も幾度もあった経験からの行動です。
が、この人から見れば「なんて人でしょう。」ということになりますね。
- 2023/06/06(火) 00:00:03|
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今ある団体の撮影クルーが来て話しています。
この場の「公用語」はフランス語です。私は、もちろん、残念ながら、寄っていません。

私の写真はよく傾きます。
だから当然ある方面からダメ出しが出るのですが、画面の中の気持ちに流されてしまうのですね。

85ミリだと全身を撮るのが難しい。
カッコいいですよね。

ミニコンサートのためにおいでの三味線演奏家さん。

今日は江戸時代の「新内」だったかな、を演奏されます。
あらゆるジャンルの曲を弾くそうです。
ですから現代音楽家の現代楽器ともコラボします。
京都にかかわる映像の背景で流れている三味線の少なくない部分がこの人の演奏なのだそうです。

撮影クルーの一つの目的がこの三味線の演奏なんですが、どうやらお国柄の時間意識があるのでしょう。
先乗りの方?は三人ほど来ているのですが・・・単に先着しているというだけかな・・・もうだいぶ待っているのですが、ほかのスタッフがまだ来ません。 先の3人に慌てている風はありません。

この方も忍耐強くお待ちになっていますが、私は、こういうのがだめな人間なんですね。
この人の演奏をぜひ聞きたいし写真も撮りたい。それが何よりのはずなんですが、我慢ができないんです。

わたしは関係者ではないし、ただ偶然にもここにいて「聞いていかれたら?」といっていただいただけの人間ですから、「どうなているのかなあ。」などとも言えません。
それに、陽が傾けば家に帰って洗濯ものを取り込む任務があります。
- 2023/06/03(土) 00:00:03|
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日本にきている外国人は観光の人ばかりではないことは言うまでもないですね。
ビジネスで、留学で、「研修」の名のもとに低賃金労働者として。
そして様々なジャンルの芸術家たち。 ダンスや音楽の分野はもちろんこの人のような絵画の分野の方も。
この人が作品を展示していたのは最近できたギャラリーで中国の人が運営しています。

私はこの近くの別のギャラリーに来たのですがその帰りに「おや、こんなところにギャラリーがあったっけ?!」と急停車です。
外から見ると額装した仏画のような作品が見えます。
中国の仏画や彫刻もまた絶品ですからね。見せてもらうに何のためらいがありましょう。
この方の絵は伝統的な色彩や記号的な図象を取り入れながら描こうとしているのは、まさに現代的な精神的葛藤です。

私は様々なところで見る龍や白虎やという絵柄についてはどちらかというと否定的です。
日本画の人だけでなくイラストの人たちも何かと言えば龍を描きますが、一部を除いて、あまり評価できません。
最近竜安寺で元総理大臣であった細川護熙氏の絵がいた龍の襖絵が公開されていました。幼龍、意気盛んな成龍、そして達観し自適な老龍を描いていました。ここにはただ単に伝統的な図象で、よく知られ人気のある龍を描いたというだけではない精神が見られました。

この人の場合にはもっと現代的で喫緊の課題に向き合う精神の葛藤が描かれていました。
中国で見る絵画は伝統の高度な技術的伝承が多くて、目を見張る巧みさには驚嘆しますが、しかし、そこに現代的精神の表現があまり感じ取れないというモノも少なくなかったように・・・・ごくわずかの見分でしかありませんが・・・思いましたが、一方で、イソップの言葉であったにしても、緊張感のある現実との葛藤の見える作品もまた存在しました。
「自由」の国だと自称しながら「自由」であるという錯覚に満足しているのとは違うなあと感じることが良くあります。
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- 2023/06/01(木) 00:00:05|
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