素敵な人たちと

素敵な人たちと一緒に素敵な写真を撮ります。 なお写真のコピーはご遠慮ください。

素敵な人たちと   by 蒼樹   素敵な勘亭流   Ⅱ

 様々なイベントや公共機関の掲示などで掲示物や張り紙に大きく拡大されて印刷された文字が見られます。
 ワープロには実に多くのフォントがあります。楷書のバリエーションというのかどうか、明朝などの見慣れたものや行書体や草書体も見られます。 中に勘亭流の文字も見ることができます。

 よく年賀はがきなどではいかにも印刷文字では面白くないと考えてか、行書体のフォントをよく見ます。ところがそれが実に下手というべき文字なのに使われているのには少々驚きを感じます。

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 その一方で「味のある文字」という事で、丸まった字や妙に崩した文字が氾濫しています。
 色紙などによく見ますし、「あなたの印象を言葉にします」「とか「素敵な言葉を書きます」とかいう場合は大概、楷書や行書、草書ではありません。「個性的」な文字です。
 いわゆる「書」という世界でも、古典の臨書から離れて創作的で表現的な字を模索する傾向があります。それはそれで、私は大いに賛成なのです。
 ですが、一般的に言って、手書きの文字の多くが惨憺たるものだという事にも考えるところがあります。

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 万年筆は、一面ではもうすでに筆記具ではなくなっているように思えます。
 書きやすさを度外した豪華なつくりを追求したものなどは、まあ趣味で持つ人、持つことの満足を求める人、自分の飾りにしている人もいて良いのですから、全面的に否定はしませんが、そもそもそれをデザインし、作る人が、文字を書くことについてどう考えるのか、自身が書くことをしているのか大いに疑問を感じます。
 

 それで、無難にワープロのフォントを使うことがあまりに増えていると思います。
 学校や美術館などで、そうしたモノを見ると個々の職員の感性や文化についての思想を疑ってしまいます。
 手間も惜しむのでしょうね。

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 ある別のギャラリーで、自分の描きたいイメージに相応しい手書きの文字をフォント化するという展示をしていました。これはこれでとても面白いことだし価値があると思います。
 
 ですが、手書きの文字を鑑賞できる文化がすたれてほしくはないし、書く美しさを育ててほしいと思います。

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 フォントは一定の大きさのマスに均等に詰められた文字です。文字は単語となり、単語は文となります。多くの場合文字が一人独立はしていません。他の文字と列をなしています。ですから皆が同じ大きさでは文字の列は美しくならないのです。
 それでワープロのフォントを並べた掲示はどことなく違和感があるのです。リズムもなければバランスもありません。

 仮名の散らし書きなどとは対極です。

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 次の機会にはぜひ『実演』をしながら展示販売をされることをお勧めしました。
 画数の多い漢字、少ない漢字。漢字と仮名。その組み合わせを美しく見せるために線の太さ・細さ、色摩の梅方、字の大きさなどなど、様々に工夫をしているから手書きの分は美しいし、味わいがあるのです。

 こういう人が、「いい字だなあ。」と感じさせる文字を書いてくれてこそ、私たちの感性も磨かれますし、刺激を受けます。
 どうか次の機会にも出店してほしいものだと思います。

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  1. 2016/09/21(水) 00:00:47|
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素敵な人たちと   by 蒼樹   素敵な勘亭流   Ⅰ

 「京都アートフリーマーケット 2016秋」の会場でお見掛けしました。

 ここは「アート」と銘打っているだけに他の手作り市とは幾分趣が違う出店が期待されます。
 それを楽しみに出かけました。

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 勘亭流の書体で「直筆した作品」を展示販売されています。

 この字体を書ける人が少ないからでしょうか、またワープロのフォントの中でしか見たことがないからでしょうか、多くの方は「ワープロで書いたものを」デザインしてプリントしたモノだろうと思い込んで、あまり注目しないで通り過ぎてしまうようです。

 昨年の教訓を踏まえて「手書き」だという事を掲示しているのですが、それがとても控えめで・・・・。

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 もともとは継続して筆を執ってたというのではないのだそうですが、ある時から勘亭流の師匠について学んで身に着けたのだそうです。
 と言っても書き方を具体的に習ったのでも師匠の指導で書いていたのでもなく、ひたすら下働きのような仕事を手伝いながら「見ていた」のだそうです。

 
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 勘亭流は江戸期・安永年間に岡崎勘六という書道指南が始めたという事です。
 歌舞伎の招きなどに使われるあれですね。
 太い文字で、線と隙間とのある種の緊張感のある魅力的な文字です。で、意外にチラシなどに多く使われているケースを見ます。


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 私は最近、多くの場所で手書きでない、こうしたワープロの印字・フォントで描かれたものを見るにつけ、つい首をかしげてしまいます。
 なぜ自分で描かないのだろう、と。
 そのせいで毛筆の字を見ないばかりか、いわゆる手書きのレタリングの字もあまり見ません。
 どうも安直だなあと思いますし、これでは文字に対する感性はどんどん貧弱になるなあと思います。
 出来合いのフォントもデザイナーが精魂込めているのですから、一面ではよくデザインされていますから、まあそれなりの見栄えもしますし、誰からも「下手だ」と言われる気づかいはありません。

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 でも、これでいいのかなあといつも思います。

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  1. 2016/09/20(火) 00:00:12|
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素敵な人たちと      「書」を書き継いで日本を歩く    Ⅱ

モバイル端末から何を書くかを探すんだそうです。

こういうところでも世の中大きく変化してるんですね。  小さく映る文字は拡大して・・・・・・。

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 この日はたまたま対面にカラースプレーで絵を描く人がいて・…こちらは明るく派手な絵ですから若い女性が集まります・・・・、またフォルクローレのアンデス地方から来た人たちがいて。

 集客条件は悪かったです。


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 私が高校2年生の時だったでしょうか、親しくしていた友人が突然、北海道の修道院に入ることを目指して旅立ってしまいました。
 私たち数人の友人は、今日は君が旅立つけれど、明日は僕たちが己の旅に出るぞと、一緒に相当興奮しながら送り出したものでした。
 彼の出奔は親にも内緒でしたから、周囲にはおおいに心配をかけました。
 修道院は親の承諾もなく事前の了解もなしにやってきた「未成年者」を受け入れはしませんでした。それで彼はその門前付近のラーメン店でアルバイトをして入院ができる日を待ったのです。

 その後引き戻された彼ではありましたが、親も学校も特にひどくは咎めはしませんでしたし、「共同正犯」の私たちに事情聴取もありませんでした。 私の両親も、彼のあまりに冒険的な行為に物心ともに援助した私(たち)を少しも叱りませんでした。 親としての心配と子への期待感を彼のご両親と共有していたように思います。
 青少年とはそうして大きくなるものだと言外に支援されていたような気がしました。


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 自分で登るべき煙突は自分で探し、梯子は自分で見つけるものだ。

 「子供の領分」があった時代だといえるでしょうか。   親たちの賢さを思います。

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 未来に対して怖じ怯え・たじろぐことは少しも恥ではないし、試みて失敗することもまた恥ずべきことではないと思います。
 

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 ただその鬱屈を他者への蔑みや罵倒の片言に隠すことが卑怯です。
 
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 彼は、歩いていくのだそうです。
 そして時に人の好意に支えられて車に乗せてもらうんだそうです。

 そして宮崎から福島へ。

 何を思いつつ・・・・。

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  1. 2015/10/22(木) 00:01:33|
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素敵な人たちと    「書」を書き継いで日本を歩く   Ⅰ

 宮崎を出発して、ヒッチハイクを繰り返し・・・・。

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 でも、なぜ「書」で?


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 私は書に関しても全く素人なのですが、素人ながらかなり上手な字だと思います。

 「どこで学んだの?」
 「独学なんです。」 
 「じゃあ臨書を相当してきたのかなあ?」
 「はい、中国の・・・・・・・。」

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 独学でこういう水準まで来れるんですね? ちょっと驚きです。

 ・・・・・・・・と、と・・・ 待てよ?!   

独学を「どうせ大したことはなかろう。」という先入見を持って論じるという事は、自分自身にも知らずのうちに、どうせこの程度という限界を作ることだなあ・・・・と気づいて。

 
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 こういう「書」は売れるの?   お客さんの寄り付きはどう?

 「府県によってずいぶん大きく違う感じです。  例えば熊本では人がどんどん集まって買ってくれる人も多かったのですが、・・・福岡ではさっぱりで・・・・。」

 「で、京都では?・…たぶんあまり足を止めないし売れないだろうなぁ。  殊にここ四条大橋ではほとんどの人が観光客だし・・・・、それに京都人は・・・・・。」
 「あまり、というか さっぱりです。」

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 「これからどうするの?」

 「寒くなって歩けなくなる前にはぜひ福島まではいきたいんです。」 

 「こういうことを始めるについてはご両親は心配しなかった?」

 「いえ、親のほうがぜひやれと背中を押してくれたんです。   で、退職して歩き始めたんです。」

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 今日は良く晴れて気持ちのいい日なのですが、長い紙を広げるのには風が強すぎます。
 先ほどからあれやこれやが舞い上がり跳んでいこうとします。なかなか落ち着いて書けません。が、それでもタイミングを見計らて書き続けます。

 「紙だって安くないのに描き続けて売れないと困るね。」
 「そうですねぇ。  」


 青年の飛躍というものは、そういうことを・・・・小さなことではないけど・・・・自分を挫けさせるほどの事ではないと意識できるんですね。
 だから青年は跳べるんです。

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 老いたるモグラも掘らねばなりません。
  1. 2015/10/21(水) 00:00:24|
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素敵な人たちと   高瀬川のほとりで  「書」  Ⅰ

 あるギャラリーのオーナーさんが「ぜひ一度足を運ぶといい。」とこのギャラリーを教えてくれたのです。
 それはかれこれ3カ月ほど以前のことだと思います。その後数度立ち寄ったのですが、なぜか空振りが続いて。

 こじんまりとした町屋を改装したそのギャラリーでは、この日、「書」の個展をされていました。

 そこでギャラリーのオーナーさんと、書の作者の方と、しばし歓談させていただくことができました。

  書の作品を展示されているのはこの方です。 

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 非常に上品で教養の豊かな方とお見受けしました。節度のある社交性と物腰のしなやかさを備えた方でした。

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 このギャラリーは今年の3月に開かれたもので、まだ新しいのですが、立地の良さに驚きます。
 遠方から出品のために来られた方は、この建物の二階・・・・ここも展示スペースなのですが、畳敷きにしてあるのです・・・・に会期中、宿泊できるのです。
 階下には高瀬川が足元を流れ、目の前は桜の枝が伸び、夜が更ければ今日情緒ゆかたかな料理屋などの並ぶ街並みがみられ、対岸から人のさんざめきを眺められます。


 この方みギャラリーのオーナーさんと意気投合して、オーナーさんの素敵な人脈を楽しんでおられました。
 そもそもこの方を交えてのお話は、・・・酒肴を交えれば、なお一層なめらかさを増して・・・楽しいものだと思います。

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 作品は自由闊達な運筆の中に思考の深さを感じさせてくれるものでした。
 一枚目の写真に見える人台にかけられた作品は10mもの絹地に墨痕鮮やかに書きこまれたものをドレスに仕立てたもので、パリでスーパーモデルが来て発表されたものだそうです。

 書は絵画的な面をもつとともに、ある種写真にも似た面があるなと、この時感じました。
 というのも書は文字や言葉を書きますから、その形や意味は与えられたものとして・・・無論自分が選ぶんですが・・・まず先にあり、それをいかにデフォルメし、構図を考え、墨色やにじみを工夫し、描く紙を選択し・・・などして表現していきます。
 写真も、写す対象は極めて具象的なものであることが多く、私のような場合は被写体となってくれる人の形や表情を抜け出すことができません。
 そういう制約性が書と写真に共通しているなあと、その時即興的に思いついたのです。

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 数え切れないほど筆をとって書きます。もはや無意識に「手が、身体が書く」というようになって、作品としての一枚に向き合うのだそうです。それまで研ぎ澄まされた意識をもって書きつくしてそれが無意識化するまで繰り返すのでしょうね。
 そうして自分の中で熟しきって、滲みだすように、ほとばしるように書くのでしょうか。

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 浮世絵の線がそうであるように、もはやそこには迷いも慾もなく線が走るのでしょう。

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 この方のたたずまいにもそれを感じます。

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 私などうかうかと時を過ごし、惰性で仕事をしてきたものには、到底及ばない空気です。
 柔らかくて、それでいて生き生きとした傍らにいてとても気持ちがよい空気です。

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 お茶までふるまっていただきました。

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  1. 2014/07/30(水) 00:01:38|
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プロフィール

Author:soujyu2
 人はいろいろな場所で様々な思いを抱いて頑張っています。そんな人々の素敵な表情を追いかけてみようと思います。
 「素敵な人たちと」の出会いが私をワクワクさせます。

People hold various thoughts and are doing their best at various places.
I think that I will pursue such people's great expression.
Encounter of "nice people"
excites me.


 大変恐縮ですが、無理をお願いして撮らせていただいている写真です。ご本人のためにも無断でのコピー、転載は固くお断りします。

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