今日はすでにドイツについているでしょうか。
もうドイツに渡るまでに1週間もないという、そんな日に写真を撮りました。
前回はバレーのレッスンの様子を撮らせていただきましたが、今回は「その人」を写し取るつもりで街歩きです。
京都は狭い町ですし、私自身の行動範囲がとても狭いことも重なって、これまで何度も撮ってきた地域です。
でも、結論を先に言ってしまいますが、同じ場所で写真をとってもフォトマヌカンによってずいぶん空気の違う写真になるんだなあと感じました。

その人によってこちらの感性の引き出され方が違うんですね。
こういうことのできる人と出会えたら、よい場所を探してぜひ一度とってみたいと言う写真です。
しかも、「こういうことができるかなあ。」といえば「準備運動ができていないけどやってみましょう。」とご応じてくれる人が目の前にいるのに、…その条件が整っていることに心の準備が追い付かない私です。

素晴らしいジャンプを撮り損ねてしまいました。 ア~ぁ。
今度ドイツから帰ってきたらまた頼んでみようかなあ。 引き受けてくれるかなあ。

それにしても外国に行って自分の夢を実現しようとする精神力には大いに触発されるところがありますね。
私の住んでいる地域には大学があって、少なくない留学生がいます。彼らを見てもそう思います。

私自身、仕事に就いた時には世界的な歴史的な視野で・・・なんて思いながら自分の仕事について 考えていたのですがいつのまにかごくごくローカルにかつ近視眼的になってしまいました。
ですから、若い人たちの覚悟と決意のある飛躍がまぶしく感じられてならないのです。

私は時々、ネット上でポートレート写真を探してみているのですが、欧米の写真家たちの・・・・ひとくくりに欧米とは言えないのでしょうが・・・・写真を見ていろいろ触発されます。
デシタルになって、一層日本の多くの作品との違いがくっきりしてきているのかもしれません。
好みの問題としては、必ずしも受け入れやすいものばかりではありませんが、作者が明確にそこにいるという『作品性』を感じます。

日本では「あざとい意図」が見えることを嫌う傾向がありますから、それが「作品性」を弱めているのかもしれません。

前後に物語のある写真を撮りたいなあというのが今の私の課題です。
- 2015/01/21(水) 00:00:28|
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「な~さん」は無事に着かれたんですね。
また新たな挑戦の日々に不安を抱きながらも心躍っていることでしょうね。
彼女ならきっと大きな収穫を得て帰国されると思いますよ。また見違えるんじゃないでしょうか。
ママさんの「親ばか」ぶりは彼女も認めていて、「それだから頑張れる。」と言っていました。
いい娘さんです。
私には写真を撮ることしかできませんが、僭越ながら私も見守らせていただきたいと思います。
またお会いできる日を楽しみにしています。
- 2015/01/22(木) 07:43:16 |
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